第1回 (2003年5月10日)
大木 昌(明治学院大学国際学部教授)

人がどんな病にかかり、どのように癒すのかという問題は、大部分の人びとにとって最も重要な関心事の一つである。というのも、病の延長上には「死」の問題があり、病と癒しとの問題とは「生」と「死」の問題だからである病と癒しは、個人にとってだけでなく、社会にとっても最重要問題の一つである。この講義は、もし、このような観点からみると、歴史はどのように見えるのか、という問いかけに答えようとするものである。
通常、政治と経済が社会を、したがって歴史を動かしている重要な要因であると考えられている。しかし、歴史に影響を与えるのは、政治や経済だけではない。過去の歴史をみると、病によって多数の人びとが死に、それによって政治や経済 が大きく変化し、歴史の流れが変わった事例は多数ある。しかし歴史家は、このような視点をもっていなかったので、病が歴史に与えた影響を過小評価してきたのである。病から歴史をみることのもう一つの重要な意義は、歴史のある段階で、ある社会でどのような病が流行し、あるいは主要な死因をなしているかをとおして、その社会がどのような状況にあるかを知ることができる。また、適用される癒しの方法は、「いのち」や身体をどのように見ているのかという、その社会の根源的な価値観、つまり死生観や宇宙観を反映している。したがって、癒しの方法にかんする歴史は、こうした根源的な価値観の歴史としてもとらえられる。病と癒しの歴史は、これまでとはかなり異なる観点から歴史をみるヒントを与えてくれるはずである。
−大木昌(おおきあきら)先生のプロフィール−
専門分野東南アジア・インドネシア社会史
論文・著書論文・著書: 「ジャワにおける病と生活環境の変化」、『国際学研究』、第22号、2002年 『病と癒しの文化史』、山川出版社、2002年