古市剛史(明治学院大学国際学部教授)

アフリカ中央部のコンゴ盆地に住むボンガンド族の人々の事例を中心に、西洋医学と呪術医の役割について報告する。
アフリカでももっとも大きな勢力を誇るバンツー系焼き畑農耕民であるボンガンドの人々は、外来のもの、新しいものを積極的に受け入れる。薬草などの伝統的な薬を使う一方で、カトリック教会などによって提供される西洋医学にも大きく依存する。だが、彼らの考える病には、西洋医学が治せるものとそうでないものがある。実際に重い病気にかかって危なくなると、それがどちらの種類の病気なのかと悩みだし、教会の病院と呪術医のところを行ったり来たりすることになる。長年現地で生活するカトリック教会の神父や医師も、いよいよという時にはあとに悔いが残らないようにと患者を呪術医のところに送り、そこで死を迎えさせることがある。そんな柔軟な態度がまた、住民の共感を呼び、カトリック教会への信頼にもつながっている。
呪術には、病気を治したり、罪人を暴き出したりする「良い呪術」がある一方で、呪いにかけて人を病気にさせたり、死に追いやったりするものもある。そしてボンガンドの人々は、人の死のほとんどは誰かに呪い殺されるのが原因だと考えている。したがって、誰かが死ぬたびに、誰が呪いをかけて殺したのかということが問題になり、あれこれと憶測を呼んだり、親族内、親族間のトラブルに発展したりする。だれでも自ら、あるいは呪術者を雇って他人を殺せる呪術は、見えない刀である。これを防ぐには、究極的には「人の恨みをかわない」ということしかない。人を殺す呪術に対する恐怖は、彼らの社会の安定剤としても働いているのである。
−古市剛史(ふるいちたけし)先生のプロフィール−
専門分野霊長類学・自然人類学
論文・著書“Predation on a chimpanzee by a leopard in the Petit Loango Reserve, Gabon”,
Pan Africa News 7(2), 2000『性の進化、ヒトの進化―類人猿ボノボの観察から―』、朝日新聞社、1999年