第5回 (2004年6月12日)
Gill, Thomas(明治学院大学国際学部助教授)

横浜市、中区。元町と中華街のすぐ近くに寿町という町がある。それは東京・山谷、大阪・釜ヶ崎と並ぶ、日本の「三大ドヤ街」の一つである。寿町に約100件の「ドヤ」(簡易宿泊所)があり、約6000人の住民が三畳の部屋で単身生活をしている。そのほとんどは男である。つい最近までその大半は日雇い労働者として生きていた。彼らは午前4時ごろから表に出て、「手配師」というリクルーターを通じて建設や港湾の仕事を探す。単価は一日約一万円(肉体労働)で、大工やとび職ならその倍以上が可能である。ところが、バブル崩壊と建設不況の影響で、仕事が劇的に減ってしまった。現在、寿町の住民の大半は生活保護で暮らしている。
現代日本において大体の男性は二つの契約関係に縛られている。それは「結婚」と「会社」である。この二つの関係にはそれぞれ物質的な面と精神的な面がある。結婚の物質的な面では男は妻に金を与え、妻から衣食住、セックス、「家庭」という生活の場をもらう。精神的には「愛情」や「忠誠」を交換する。結婚という長い付き合いを安定的で気分がいいと感じることもあれば、息苦しい、責任が重いと感じることもある。そして会社の場合は、物質的には労働の対価として金をもらい、精神的には「忠誠」を提供し、「安定性」をもらう。日本の会社は、他の資本主義国の場合よりも契約の続行が保証され、安定性が強いと言われる。しかし、会社と個人の間の力のアンバランスを感じたり、会社のために失った自由が気になることもある。「強制的な単身赴任」や「過労死」が社会問題になっているのはこの関係が難しくなっている印であろう。
寿町の男たちのほとんどは「結婚」と「会社」から離れている。「終身雇用」の代わりに「一日契約」。「50年間の結婚生活」の代わりに「売春婦と20分」。ミニマムな人間関係である。しかしその多くは結婚生活、社員生活を味わったことがある。彼らの主流からの離れ方は果たして「逃げた」という意味なのか、それとも「追い出された」という意味なのか──これは実に微妙な問題である。現実はさまざまであり、その現実を説明・正当化・曲解するナラティブ(語り)もまたさまざまである。この講義では、その語りの何点かを紹介し、現代日本の男性を定義する長い付き合いの外で暮らしている男たちの生活を分析する。
−GILL, Thomas (ギル・トム)先生のプロフィール−
専門分野社会人類学
論文・著書“ Men of Uncertainty: The Social Organization of Day Laborers in Contemporary Japan ” 、
「未確定の男たち:現代日本の日雇い労働者の社会組織」、 New York: SUNY Press、2001年“ When Pillars Collapse: Structuring Masculinity on the Japanese Margins ” 、「柱が崩れる
とき:日本の周辺における男らしさの構造過程」、 Men andMasculinities in Contemporary
Japan, ed. James Roberson and Nobue Suzukiに収録、London: Routledge、 2003 年 論文・
著書: 「ジャワにおける病と生活環境の変化」、『国際学研究』、第22号、2002年「不安定労働とホームレス―都市の産物」、『<都市的なるもの>の現在:文化人類学的考察』
関根康正編、東京大学出版会、2004年