第5回 (2005年6月11日)

『平和憲法を持つ国の「基地県」から』

高原 孝生(明治学院大学国際学部教授)

 私たちの神奈川県には、横須賀海軍施設、厚木飛行場、相模総合補給廠など、大規模な米軍施設が集中しています。さらに昨今の新聞報道等からご存知のように、米国ワシントン州にある米陸軍の司令部の一つを、座間に移転するという案が、日米当局の間で検討されています。この司令部は「米陸軍第一軍団司令部」といい、その管轄領域は米西海岸からアフリカ東岸まで及ぶものです。冷戦は終わったはずなのに、いったい何が起こっているのでしょうか。

 神奈川の米軍基地は、県民の大半にとって、生まれたときから存在しています。これらの多くは、1930年代後半から相次いでつくられた旧帝国陸海軍の施設が前身となっています。

 外国の軍隊が独立国家の領土内に長期駐留することは、国際常識として、戦前にはほとんど考えられませんでした。ところが日本は敗戦後、米軍を中心とする連合国軍に占領され、サンフランシスコ講和条約によって独立を回復した後も、日米安全保障条約にもとづいて、駐留が継続することになります。

 戦後日本の枠組みを規定することになったサンフランシスコ講和条約は、朝鮮戦争のさなかに結ばれました。また同時に忘れてならないのは、講和の条件の一つに、沖縄の他府県からの分離があったことです。引き続き米軍の統治下におかれた沖縄の返還がようやく約束されたのは、ベトナム戦争たけなわのことでした。

 こうして日本に駐留する米軍のありかたが決められてきたのは、まさにアジアで戦火が交えられていたときでした。そして今年2月に日米の「共通戦略目標」が合意されたも、違憲の疑いが濃い「対テロ特別措置法」によって自衛隊がアラビア海やイラクに派遣されているさなかだったのです。

 こうしたことが、私たちの平和憲法と、どのような緊張関係にたつのか。どういった別の道がありうるのか。私の担当回では、このような問題を考える上で前提とすべきことのいくつかを、お伝えできればと思います。歴史をふまえ、あらためて現実を再認識するための機会になれば幸いです。

 

−高原孝生(たかはらたかお)先生のプロフィール−

専門分野

 国際政治学

論文・著書
 「『人間の安全保障』をめぐって」、『研究所年報』、明治学院大学国際学部付属研究所、
  第5号、2002年12月、83-87項
 “Relations between the DPRK and Japan,”
  Peace (quarterly, Chinese People’s Association for Peace and Disarmament),
  No.71, June 2004, pp.19-21
 “Towards a Nuclear-Weapon-Free Northeast Asia,” in Shu Yuan Hsieh, ed.,
  Asia-Pacific Cooperative Security in the 21ST Century, Taipei, 2004, pp.117-128