第1回 (2006年5月6日)
Tom Gill(明治学院大学国際学部教授)

「日本ほど人種的な同質性のある大型産業社会は他にはない。」Roger Buckley, 1990、ギル訳
「血液の<純粋さ>を自慢にする日本人の自画像には民族性が大きな意味を持つ。」Edwin O. Reischauer, 1988、ギル訳1980年代の末まで、欧米の学者が熱心に日本の「経済奇跡」を説明しようとした。そして多くの学者が日本の社会の「同質性」に着目した。日本は単一民族、単一文化、単一言語だから、社会がよりスムーズに機能する。それに対して、アメリカは代表的な多民族社会で、たくさんの人種・民族・言語があるから、コミュニケーションが難しく・摩擦や誤解が多く・犯罪率が高く、あらゆる面で社会がうまく機能しない(とされた)。70年代、80年代、この同質性によるスムーズに動く社会は日本の高度経済成長に大きなファクターだとよく指摘された。場合により、その同質性は自慢にもなった:
「日本は単一民族だから差別は存在しません」(中曽根康弘首相、1986年)
中曽根の日本像では国民=民族、マイノリティーがいない。美しい「和の国」、大和である。現在の代表的な国粋主義の政治家は石原新太郎だが、彼の日本像には「純粋な民族、日本人」は「三国人」や「中国のギャング」など、危険とされる外国人に襲われているというテーマが見られる。バブル崩壊後の経済不調は日本人の同質性を脅かす外国人のせいにするという印象が強い。
それに対して、ここ数年間、この「単一民族」・「同質国民」の日本像がさんざん批判されてきた。「単なる事実」ではなく、国家権力に都合のいい「国粋主義な神話・イデオロギー」ではないかという指摘が出ている。日本人の学者には別府春海、杉本良夫、そして小熊英二は単一民族の概念を強く批判している。そして90年代の後半に入ると外国人学者には日本社会の「多言語」「多文化」「多民族」の性格を訴えるジャンルが見られる:Multilingual Japan (1995) (『多言語の国ニッポン』) John Mayer 他 編。
Multicultural Japan (1997)(『多文化の国ニッポン』)Donald Denoon他 編。
Multiethnic Japan (2001) (『多民族の国ニッポン』、John Lie 著。こういう「マルチ日本」の学術書はいずれも日本の社会における在日外国人の役割を強調すると同時に、琉球人やアイヌ人という「国内マイノリティー」にも着目するが、果たして日本を「多言語・多文化・多民族」の社会だと言っていいでしょうか。冷静に考えればこの国に「日本人」と「非日本人」はそれぞれ何人ぐらいいるでしょうか。「非日本人」の一番狭い定義(日本国籍を持たない人)を使うと約2百万人、総人口の約1.5%となる。琉球人とアイヌ人を含むとその倍ぐらいの約3%である。民族マイノリティー率ではイラン(55%)、マレーシア(40%)、アメリカ(25%)、ロシア(15%)、中国(10%)、イギリス(5%)等を大きく下回る。国粋主義者は「純血」を大げさに話すが、「マルチ日本」の論者は逆に「多民族性」を大げさに強調するではないか。当分、私を含む在日外国人は大きなマジョリティーを共存する小さなマイノリティーであることには変わりなさそうである。
さて、「単一民族国家」と「多民族国家」は両方問題があるとすれば、いったいどの日本像が正しいでしょうか?まず「民族性」と「同質性」の定義を冷静に考える必要はあるだろう。民族性に関して福岡安則(社会学)が「血統」、「文化」と「国籍」を三つの基準にして、8つの「類型」を提案している:
類型 1 2 3 4 5 6 7 8 血統 + + + - + - - - 文化 + + - + - + - - 国籍 + - + + - - + -(出所:福岡安則(著)『在日韓国・朝鮮人:若い世代のアイデンティティ』1993年、中公新書)
例えば日本生まれ育ちで日本の教育を受けた在日コリア人は類型6で、その人が日本人に帰化すれば類型4に入る。「中国残留孤児」は類型5、アイヌ民族の人は類型7かもしれない。つまり、「日本人」の定義は白黒ではなく、かなりファジーである。
「同質性」はさらに定義しにくい。「純粋な日本人」でありながら周辺化されている人がいくらでもいるではないか。被差別部落民、失業者、ハンセン病患者、孤児、同性愛者、被爆者、体の不自由な方、貧困者、精神患者、ホームレス等。つまり「同質性」といっても、「民族性」だけではなく「階級性」、「生活水準」、「地方性」、「ジェンダー」、「性的関心」、「教育レベル」、「健康状態」等も、参考にする必要があるではないか。
最後に、横浜の場合を考えたい。日本という国家は「血液の<純粋さ>を自慢にする」ことがあったとしても、横浜はここ100年間国際的なイメージを自慢にしている。横浜は特殊なのか。自分の研究と8年間の横浜滞在を元にして考えて見たい。私は日本の国民ではないが、横浜の市民である。
−Tom Gill (トム・ギル)先生のプロフィール−
専門分野社会人類学
論文・著書“Men of Uncertainty: The Social Organization of Day Laborers in Contemporary Japan”、「未確定の男たち:現代日本の日雇い労働者の社会組織」、New York: SUNY Press、2001年 “When Pillars Collapse: Structuring Masculinity on the Japanese Margins”、「柱が崩れるとき:日本の周辺における男らしさの構造過程」、Men andMasculinities in Contemporary Japan, ed. James Roberson and Nobue Suzukiに収録、London: Routledge、2003年 「不安定労働とホームレス―都市の産物―」、関根康正編『<都市的なるもの>の現在:文化人類学的考察』、東京大学出版会、2004年