第3回 (2006年5月20日)
孫 占坤(明治学院大学国際学部助教授)

1972年の田中(角栄)総理訪中・日中国交正常化以来、既に30年も経つ。この間、日中間は経済・貿易をはじめ、文化・学術、環境、人的相互訪問等あらゆる分野で交流が進み、現在、日中関係は双方にとって重要な二国間関係となってきている。他方、靖国問題をはじめ、南京大虐殺論争、戦後補償訴訟、東シナ海ガス開発、反日デモ、欧州対中武器禁輸解除、日米安保の強化等、近年の日中間は歴史、イデオロギー、利益・資源、安全保障等多くの領域において対立しあい、あたかも「日中全面対決」の時代が到来するかのような雰囲気が漂い、両国関係は国交正常化以来の最悪状態にあるとも懸念されている。
このような相互依存と反目の両面を持つ日中関係の現状を念頭に置きつつ、グローバリゼーションを促し、国境・人種・民族の垣根を取り払う「ヒト、カネ、モノ(の移動)」といった諸要素のうち、特に「人の交流」を主軸に、日中関係の歴史を振りかえ、混迷する現状を打開し、より健全で安定した日中関係の未来像とは何かを検討したい。同時に、日中における「人の交流」を通じて見える日本及び横浜の「国際化」とは何かを併せて考えたい。
上記の目的のため、当日の講義は以下の諸問題を取り上げる予定である。
(1)日中における「人の交流」前史。特に19世紀末から20世紀半ばにかけて、日清戦争、日中戦争といった不幸の時代の中で、日中間の「人の交流」、とりわけ「留日学生」の果たした役割は何だったのか。(2)国交正常化前の日中交流。終戦後或いは新中国が成立してから国交正常化までの20数年間における日中間の「人の交流」はどのような特徴を有し、いかなる意義を持つのか。(3)国交正常化がもたらす「人の交流」の特徴。1972年の「正常化」という国家(政府)レベルの出来事はその後の日中関係にどのような交流をもたらしたのか。友好(姉妹)都市・地区の締結、代表団の友好訪問等を通じて検討する。(4)改革・開放後の「人の交流」の特徴と意義。個人旅行、ビジネス、留学といった交流の多様化現象の役割を分析する。(5)「人の交流」のひずみ。国際結婚、密入国・外国人犯罪、「中国残留孤児問題」等を通じて近年における日中「人の交流」の「影」とその影響を考える。(6)日中間における「人の交流」の更なる拡大と意義。中国人の日本観光自由化とその日中関係への影響を考える。(7)日中関係における横浜の役割。中華街の意義、「民際外交」の老舗横浜の役割を考える。
講師略歴
1962年、中国河南省生まれ。1980年、北京大学法学部入学。1982年来日。熊本大学、名古屋大学を経て、1994年明治学院大学国際学部着任。現在、国際学部助教授。
専攻分野:国際法。最近の著作は、(翻訳)『最高裁物語』(山本祐司、北京大学出版社、2005年)、「分離と統合――中国における『自治』の諸相」(国際学研究28・29合併号、2006年)、「国連改革をめぐる法と政治」(PRIME23号、2006年)等がある。
−孫 占坤 (ソン センコン)先生のプロフィール−
専門分野国際法
論文・著書「中国から見る日米安保」、剣持一巳編『安保「再定義」と沖縄』、緑風出版、1997年 「自決と主権・領土保全の対立は乗り越えられるか―コソヴォにおける『自治』制度の構築」、明治学院大学『国際学研究』第21号、2002年 「分離と統合―中国における『自治』の諸相」、明治学院大学『国際学研究』第28・29合併号、2006年