第6回 (2006年6月17日)

『多民族社会とは何か:日本の国際化の現状と展望』

竹内 啓 (明治学院大学国際学部元教授)

1.
「日本は多民族社会か」という問に対して、そもそも「多民族社会とは何か」ということを改めて考えて見なければならない。
 簡単に、多くの民族の人々が共に暮らしている社会が「多民族社会」であると定義しても、その「共に暮らす」暮らし方や、そもそも多くの異なった民族の人々が同じ場所に住むに至った経緯にはいろいろなものがある。また「異なる民族」といっても、そこで民族nationとは何かという問題がある。それは人種raceや民族ethnicity、あるいは国籍citizenshipとはどのように違うのかということが問題である。
 民族の定義はさておいて「多民族社会」について一般的にいうと、複数の民族が同じ場所で暮らすようになった場合、歴史に記憶される以前から一緒に暮らしていた場合や、複数の民族が同時に同じ場所で暮らし始めた場合はほとんどないから、そこには先にいた民族(広い意味で先住民族と呼ぶ)と後から来た民族(後来民族ということにする)があるのが普通である。3つ以上の民族があるならば、その間に時間的な順序があるであろう。
 多民族社会の由来について、基本的には後来民族が先住民族を征服した場合と、後来民族が先住民族の中に平和的に移住した場合と、先住民族が後来民族を強制的に連行した場合とがある。
 歴史的には一民族が他民族を征服して、その場所に住み着いてしまった例は多い。また強制連行の最も明白な例はアメリカ大陸における黒人奴隷の輸入である。
 多民族社会の経過については3つの場合がある。1)共存;複数の民族が同じ場所で別れたまますみ続ける、2)融合;複数の民族が交じり合った結果一つの民族になる、3)絶滅;一方の民族が消滅してしまう。
 歴史的には長く他民族が共存した例は多くない。むしろ現在世界で「一民族」と考えられているものの多くは、歴史的には複数の民族集団ethnic groupが長い間に融合して成立したものである。イギリス人、フランス人、中国人(漢民族)、日本人、皆そうである。

2.
 ここで「民族」nationの概念について改めて考えてみる必要がある。それを定義するのはいくつかのレベルがある。
1. 共通の生活習慣や文化を持つ集団ethnicity
2. 生物学的に共通の特徴を持つ血縁集団(広い意味のrace)
3. 共通の言語を話す集団
4. 歴史的な「記憶」に基づく帰属意識を共有する集団
5. 1-4に基づいて一つの政治体あるいは国家nation stateを形成しようとする集団
 このような条件をすべて満たしている「民族」という概念は近代になって成立したものであり、歴史的にその概念を遡って適用するのは危険である。また民族は自然発生的なものであり、国家は人為的なものと思われやすいが、民族に基づいて国家が作られたというのは常に真実であるわけではなく、むしろ国家が民族を作りだした場合も少なくない。
 「多民族社会」について考える場合「民族」を固定的に考えないことが大切であり、そこには多くの違ったレベルの問題が含まれていることに注意しなければならない。
 例えばアメリカ合衆国においては、まず最初はアングロサクソン等白人集団がインディアンと呼ばれる先住民を征服し、ほとんど絶滅することによって成立した。その後アフリカから奴隷が輸入され、また19世紀以降、多くのヨーロッパ人――ドイツ人、アイルランド人、イタリア人、東欧系ユダヤ人等――がそれぞれ集団的に移住し、さらに19世紀末になって中国人さらには日本人の移民が始まったが、20世紀初頭に移民を阻止する法律が作られた。第二次大戦直前からユダヤ系の人々を中心とする移住者が増加し、20世紀の後半にはヒスパニック、さらには韓国人、ベトナム人の移住者や難民が増加した。
 これらの人々の由来についてはその移住の状況も、その人々の持っている文化的、社会的伝統も、全く多様であるので、「多民族社会」としてのアメリカのあり方は実に複雑である。それはいわゆる「民族のるつぼ」melting potのなかで多くの民族が融合して単一の「アメリカ民族」が形成されているとは到底いえない状況にある一方、多数の民族が、それぞれのidentityを保持したまま分立しているともいえない状況である。

3.
 次に日本について考えよう。日本は「単一民族社会である」という考え方がある。これに対して「日本には在日の人々や、アイヌ民族なども住んでいるので単一民族とはいえない」という批判がある。しかしいずれにしても「在日」やアイヌ、場合によっては沖縄の人々を除く「その他の日本人」は、すべて単一の「日本民族」に属すると考えている。しかしこのような日本民族が何千年も前から日本に存在していたと考えるのは誤りである。「縄文人」と「弥生人」とは由来が異なるし、歴史上「蝦夷(えぞ、えみし)」と呼ばれた人々は「ヤマト」族とは別族の人々と考えられていたが、その子孫は東北地方を中心として現在の日本人の一部になったに違いない。現在の「日本人」も、いろいろな地域から移住してきた人々が次第に融合して出来上がったものであり、その確立は江戸時代初期というべきであろう。
 その後現在になっても、東北日本と西南日本の間では風俗、習慣、言語、文化の点で明確な違いが残っており、本来そこには少なくとも2つの異なる民族グループが存在していたことを思わせる。したがって歴史上日本は明確な他民族による征服、あるいは大規模な移民の流入の経路を持たないとはいえ、「日本人単一民族」論で割り切れるほど日本社会は均質でもなく、また地域社会において日本人同士の間で、部落問題を除いても「よそ者」に対する差別意識も少なからず残っているのである。

4.
 そこで現在の日本にいる「外国人」ついて考えよう。
 日本にいる「外国人」には次のような種類がある。
1. 観光客などの一時的滞在者(日本を訪れる外国人が少ないことは問題になっているが、それは「日本社会の国際化」とは別個の問題である)
2. 外国に本拠を持ちながら日本で活動している人々――ビジネスマン、外交官、やや意味が異なるが留学生、など
3. 外国に根拠を持ちながら日本の場で仕事をしている人々――広い意味での出稼ぎ、招聘された専門家・技術者等。
4. 日本に生活の場を求めて移住してきた人々
5. 何らかの理由によって日本に来なければならなかった人々――強制連行、難民、亡命者
6. 4または5の人々の子孫(二世あるいは三世)
このほか
7. 元外国人であって日本国籍を持っている人々、およびその子孫
さらに
8. 外国人と日本人との間の結婚によって生まれた子孫(mixed)
これらの人々と日本社会との関係については、それぞれについて分けて考える必要がある。これらの人々が日本社会に求めるものがそれぞれに異なっているからである。例えば観光客として日本に来る人々が求めるものは、自らの生活習慣を変えることなく、快適かつ安全に過ごすことができ、そうして自分の国にはない“exotic”なものを求めることができること、そうしてそれを(自分の国の通貨で)できる限り安くまかなえることであろう。このようなお客さんに満足していただくことも重要であるが、それは日本に本当に同化したい(あるいは同化しなければならない)人々に対する適切な態度とは別である。
 2,3の人々についても、基本的に望むところは、日本にいる間にうまく仕事をすることができ成功裏に故国に帰ることが目的であるから、日本社会に望むことは仕事がうまくいくような条件を整えてくれることであろう。したがって日本に同化することは必ずしも望んではいないであろう。日本側として必要なことは、これらの人々に対して仕事上公正fairと思われる条件を作り出すとともに、生活上もできる限り安楽に過ごせるような状況を作り出すことである。
重要なのは4-6の人々、さらに7,8の人々についてである。
 4-6の人々は、日本で生活の場を確立することを望む人々である。その場合その人々が日本社会の中に入って他の日本人と同じように暮らすこと、つまり日本に「同化」することを望むのが、日本社i会に組み入れられても一つのグループとしてのアイデンティティを保ち続けることを望むのか、あるいはあくまで異質の存在として、日本社会の外にありながら日本に居続けることを望むのかという問題がある。
 7,8の人々については、これらの人々は一応「日本人」となっているのであるから、自動的に日本社会にまず組み込まれていることになる。その上でこれらの人々がどれだけ他の「日本人」と自らを区別して意識するか、あるいはさせられるかが問題である。
日本における国際社会の問題は、日本社会あるいは一般の「日本人」と「外国人」に対し、何を期待し、何を望むかも問題である。両者の方向性が食い違うとき問題が生ずることになる。その場合日本社会も多様であり、「日本人」もさまざまであって「外国人」との間の関係や外国人に対する意識も多様であることに注意しなければならない。

5.
 複数の民族が同居する社会において、勝手に、後来の民族は先住民族あるいは支配民族の要求に無条件に従い「同化」すべきであると考えられてきた。アメリカにおいても移民は英語を身につけ、アメリカに帰化naturalizeすることが求められたのである。最近になってこのことが批判され、マイノリティとしての後来民族や、かつて征服された「先住民族」がそのアイデンティティを保持する権利が認められなければならないという主張が強く出されるようになった。
 それは正統な物と認められるかもしれないが、しかし一つの「国」が社会としての統合を保っていくためには、そこに住む人々の間に共通する政治的、経済的、社会的、文化的枠組みが必要であり、その中で一定の連続性(伝統)が維持されなければならない。それを作ったものが先住民族あるいは支配民族、多数民族であったとしても、後来民族や少数民族がすべてそれを拒否して自分たちの枠組みを押し通そうとすれば、社会は分解してしまう。
 もちろんこれらの枠組みについて多数民族がすべて在来のあり方に固執し、少数民族や後来民族にそれを採用し「同化」することを強制することも許されるべきではないであろう。このような枠組み自体も、時代により状況に応じて変化して行くべきものであるから、それを固定してしまうことは社会の発展を阻害することになる。新たな民族を受け入れ、それとともに考え方や文化の上で影響を受けることは、その社会を新たな方向に発展させ、文化をより豊かにするきっかけとなることが少なくない。
 大切なことは多数民族と少数民族、先住民族と後来民族の間で、一方的な「同化」でない「融合」が成立することである。その努力は双方の側に要求されるのである。

6.
 このような点から考えるとき、日本における最大の問題はコミュニケーションの不足、およびそれに基づく相互の誤解であると思う。
 江戸時代以来、基本的に「閉ざされた社会」であった日本では「暗黙の了解」によって成り立っていることが少なくないし、また正式にあるいは法的には存在しない制度が、実際には大きな意味を持っていることが多い。例えば全国ほとんどどこでも存在する町内会や自治会がその顕著な例である。もちろんこのようなことは他の国々にも存在するが、問題はその内容が国によって全く異なる点である。中国や韓国などの東南アジアでは、同族関係が大きな意味を持っているのに対して、日本では(少なくともこれまでは)職場の集団や地域社会が重要であった。大都会ではそれも失われつつあるが、その中で人々は強い「孤独」に陥っていることが少なくない。
 外国人はこのような日本社会の非公式なコミュニティから排除されることによって「疎外」される場合と、逆にそこに強制的に引き込まれることによって「迷惑」を感じる場合とが起こりえる。また外国人が、日本社会の中で主として同じ国の出身者からなるコミュニティを作ろうとする場合もあるが、その場合そのようなコミュニティと日本人の非公式なコミュニティとの関係をどのように構築するかが問題である。
 日本社会が、多様な背景と要求を持った他民族の人々に対して、それぞれに通じたコミュニティを作ることができるような「開かれた社会」になることが必要である。そのための試みはいろいろな形で行われているが、なお一層の努力が必要であることはいうまでもない。

−竹内 啓 (タケウチ・ケイ)先生のプロフィール−

専門分野
統計学(特に統計的推測理論)、計量経済学、日本経済論、科学技術論
論文・著書
『高度技術社会と人間』、岩波書店、1996年
『統計で見る世界 ―21世紀の展望』、東洋経済新報社、1999年
『現代経済入門』、新経済学ライブラリー1、新世社、2001年