第4回 (2007年6月9日)
大木 昌 (明治学院大学国際学部教授)

1972年、ブータンの王様が、政府の目的は「国民総幸せ量」(GNH)を増加することである、と発言しました。これ以後ブータンは、「国民総生産」(GNP)よりGNH、つまり物質的な豊かさより「幸せ」の方が大切である、という考えを政策の基本としています。このメッセージは、大きな衝撃をともなって、たちまち世界中を駆け巡った。多くの国に「GNH研究所」が設立され、国際会議も開催されるようになりました。
「幸せ」(happiness)という言葉を正面から持ち出された時、人びとは虚を突かれたようなショックをうけたにちがいない。なぜなら、「幸せ」という概念は、およそ学問や思想のテーマとはなりにくいけれども、私たちが最終的に求めているのは「幸せ」であることを本能的に感じているのではないでしょうか。
本講座のテーマである「社会の豊かさ」と「幸せ」とでは、多少のズレがあります。前者の場合、教育、福祉、医療、良い環境などを含めて、社会全体の観点から重要視されます。これにたいして「幸せ」は、社会的な視点だけでなく、個人の側からみて、もっと具体的・日常的な満足度にかかわっています。実際、社会的な豊かさが満たされたとしても、個人の幸せが保証されるとは限りません。私が「豊かさ」よりも「幸せ」にこだわるのは、最近の日本および日本人があまり幸せであるという感じがしないからです。
言うまでもなく、幸せの条件も不幸せの背景も、人によって千差万別です。ただし、いくつか共通することもあります。ここでは、主に個人の立場から、幸せの条件と、不幸せの背景を、人と人との「関係性」という言葉をキーワードとして考えてみたいと思います。関係性を強調するのは、私たちの日常生活が、家族、知人・友人との人間関係、職場や地域社会における人間関係によって成り立っており、私たちの幸・不幸は、これらの人間関係に左右されるからです。どんなに経済的にも時間的にも余裕があったとしても、もし、孤立していたら幸せは感じられないでしょう。現代の日本には、親和的な人間関係がますます弱まっており、そのことが、幸せを感じられない原因の一部となっていると思われます。ここでは、関係性の喪失あるいは弱体化の背景を考えてみたいと思います。
−大木 昌(おおき あきら)先生のプロフィール−
専門分野東南アジアの伝統医療、国民形成の社会史、インドネシアの社会史
論文・著書『病と癒しの文化史』、山川出版社、2002年 『西側による国家テロ』、アレクサンダー・ジョージ編、勉誠出版、2003年(訳書) 『関係性喪失の時代−壊れてゆく日本と世界』、勉誠出版、2005年 『稲作の社会史− 一九世紀ジャワ農民の稲作と生活史』、勉誠出版、2006年 『兵士になった女性たち−近世ヨーロッパにおける異性装の伝統』、法政大学出版、2007年(訳書)