第5回 (2007年6月16日)

『豊かさと環境問題―経済成長神話を超えて』

坂田 裕輔(近畿大学経済学部准教授)

豊かさの指標―主観と客観
 豊かさ、幸福、満足、貧困でないこと、金持ち。
 日本は、戦後実質GDPが8倍になり、世界でもっとも豊かな国の一つになった。貧困も克服されているし、平均余命も大幅に伸びている。一方で、この間、日本人の主観的な「幸福」評価はほとんど変わっていない。同様のことは他の先進国についてもいえる。「自分がどの程度幸福か?」ということに対する評価は、国民性の違いが反映されている可能性がある。
 一方、GDPの成長が主観的な幸福水準を向上させないということは、どれだけデータが日本人が豊かになったということを示していても、そこに住む我々は豊かさを自分の幸福として認識できていない。

経済学の目的は人々を幸福にすること
 GDPが人々の幸福水準を必ずしもあらわさないことは、多くの経済学者も理解している。それでもGDPという指標を利用するのはそれが便利で分かりやすいからである。
 そもそも、経済学というのは「お金の流れを分析する学問」だと言われることが多いが、本当はそうではない。マーシャルによれば経済学は「人生の日常の実務における人間の研究であり、人間の個人的、社会的行為のうちで、福祉の物的条件の獲得と利用にもっとも密接に結びついた部分を考察の対象にする」。そして、それが目指すところは、「人々を幸せにすること」あるいは、「最大多数の最大幸福」(ベンサム)である。この段階では、特に経済学がお金だけを扱う学問であるという認識はない。
 ただし、豊かではない国では、所得の向上が国民全体の平均的な生活水準を向上させることは知られていた。そのため、国全体の所得指標が、国の豊かさをあらわす一つの指標として採用された。
 19世紀から20世紀にかけての社会は、貴族や一部の商人は豊かであったかもしれないが、多くの人は非常に貧しい生活をおくっていた。この時代は、所得格差が大きいだけではなく、貧困の問題が非常に深刻であった。社会がこのようなレベルにある状態では、幸福水準の向上というのは、幼児死亡率の低下や、飢えの克服を意味していると考えてよい。(同じことは現在の開発途上国にもいえる)社会がこれらの問題を克服するまでは、人々の幸福水準は所得の向上によって高めることができことが一般に知られている。
 しかしながら、GDPの向上と幸福水準の向上が比例関係にあるのは、これらの問題が克服されるまでである。経済がそれ以上に成長してしまえば、GDPは必ずしも幸福水準を表す指標ではなくなる。

幸福水準と持続可能性を統合する試みが進められている
 GDP以外の幸福水準、豊かさを評価する指標の開発が進められている。その中で今後取り組みが進むと考えられるのが、持続可能性指標との関係である。
 両者を統合した「幸福で持続可能な社会」に現在の社会がどれだけ近いのかを示す指標の開発は、今後の経済学の課題である。
持続可能性の指標:グリーンGDP、エコロジカルフットプリントHPI、環境経済統合勘定
豊かさの指標:幼児死亡率、所得、幸福水準の評価

単純化した指標
 分かりやすい指標というのは、複雑な現実を単純化して示すものである。その過程で当然省略される要素がある。指標を用いる場合にはその指標があらわす要素と、あらわさない要素は何かということを考えなければならない。
 シューマッハは、このような経済学者の試みを、「測れないものを測ろうとしている」のだから、「せいぜい自分を欺くか、他人を欺くことしかできない」と痛烈に批判している。
 幸福水準を所得や職業(失業していないこと)、家庭状況などのいくつかの要素に分解して分析する手法も現在試みられている。

欲望の坂道
 その坂道を降りてゆく人々は、斜面の上を転がってゆく物体と同じ法則に従います。絶えず新しく生れる錯覚のとりことなって、彼らは自分に言います。ーーーわれわれの渇望をそそるあの物の方へと、もう数歩あるいてみよう、これが最後だ・・・・・・。それから立ち止まればいいのだ、と。けれども彼らは加速度に引きずられて、行けば行くほど、その加速度に逆らえなくなります。
(シャルル・ヴァグネル(大塚幸男訳、祖田修監修)『簡素な生活』講談社学術文庫、2001年、p.104)

人より豊かになることが幸福?
 幸福かどうかを人々が判断する一つの基準は、「他人より豊かであるか」である。つまり、多くの人は幸福水準に関して絶対的な判断基準を持っていない。
 人は、豊かになればなるほどさらに豊かになろうとする。仏教には、「足るを知る」という言葉がある。
 最終的には、どのような社会を実現したいのかビジョンを持ち、選択することが重要である。


参考資料
ブルーノ S.フライ、アロイス・スタッツァー、佐和隆光 (沢崎冬日訳)『幸福の政治経済学?人々の幸せを促進するものは何か』、ダイヤモンド社、2005年

坂田 裕輔(さかた ゆうすけ)先生のプロフィール−

専門分野

 環境経済学(ごみ問題、地球温暖化問題、持続可能な社会)

論文・著書
『ごみの環境経済学』、晃洋書房、2005年 
『ごみ問題と循環型社会』、晃洋書房、2007年
"A Choice Experiment Analysis of the Residential Utility of Waste Management Services - the Example of Kagoshima City, Japan", Waste Management, Volume 27, Issue 5,, Pages 639-644, 2007
"Is Individual Environmental Consciousness One of the Determinants in Transport Mode Choice?", Applied Economics, forthcoming. (with Junyi Shen and Yoshizo Hashimoto).