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現代を斬る

経済学で考える大学進学の意義

昨年、文部科学省が国立大学の教員養成系や人文社会科学系の学部・大学院の「廃止」や、「社会的要請の高い分野への転換」を要請したというニュースが世間を騒がせた。また、安倍首相は同年五月のOECD閣僚理事会において、「社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う」と述べた。

要するに大学、特に文系学部で行われている教育は、社会的な要請とかい離しているという認識が政府にある。そして、この認識は社会でも広く受け入れられている。それは就職活動を見ればよく分かることである。企業側は、入学時の偏差値と学業以外の活動を主たる判断基準とし、学生を採用しているところが多いだろうから、学生側も専門分野の勉強よりも、サークル活動、アルバイトやボランティアについてアピールしているのである。

大学に進学するのはなぜか

そもそも、大学に進学することの意義は何か。経済学では、個人が大学に進学することの便益と費用を比較して、前者のほうが大きければ進学すると考える。

便益の代表例として、一般的に大卒者の賃金が高卒者などの賃金よりも高いことが挙げられる。学業自体の楽しさや充実感、部活動・サークル活動、人脈の形成等から得られる非金銭的な便益もある。一方、費用としては学費や教材費のほかに、大学に通わずに就職していれば得られた四年間の賃金(機会費用)がある。受験勉強などの進学の準備といった非金銭的な費用も含まれる。

これに加えて、社会に対する便益も費用も発生する。前者の例は、一般的に大卒者は賃金が高く失業率が低いため、税収が増大し、社会保障給付を節約できることである。後者は大学への公的補助等が挙げられる。

大学教育は役に立つのか

以下では、大学進学によって賃金が高まることを進学の主要な動機とみなして、議論を続けよう。問題は、大学進学によって賃金が高くなるのはなぜかということである。

経済学では「人的資本理論」と「シグナリング仮説」が有力な説明を与えている。前者は、大学教育によって生産性が上昇するため賃金が上昇するという。一方後者は、企業が労働者の生産性を知らない状況を想定し、もともと生産性の高い者が大学に進学することで、自らが生産性の高い労働者であるという信号を企業に伝達するという。生産性の低い労働者は、進学費用(非金銭的なものを含む)が高いため、無理に進学しない。この場合、大学は入試時点で生産性の高い労働者を選抜する機能を持つが、大学教育そのものは生産性を高めないのである。就職活動で学業があまり重視されない理由は、この説明で理解できる。

ただ、シグナリングのためだけに四年間を犠牲にするのはあまりに無駄であるため、これだけが賃金を高める理由だというのは無理がある。実際、進学率が高まり大学の選抜性が低下した現在でも、高卒者と大卒者の賃金格差はむしろ拡大しているという研究がある。仕事に役立つ能力は企業の訓練で身に付くが、その下地は大学教育で作られていることの証拠だと言えよう。

白金通信2016年10月号(No.486) 掲載

齋藤隆志先生

齋藤 隆志 Takashi Saito

明治学院大学経済学部准教授。
専門は労働経済学、企業経済学。特に企業内人事制度の経済分析を主要研究テーマとしている。
経済学科では労働経済論、計量経済学、入門計量経済学などを担当。

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