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現代を斬る

職場からの喫煙者の排除をめぐる日米の動向

「喫煙者を一切採用しないことにしました。」―受動喫煙対策を強化する取り組みが国・地方自治体の双方のレベルで進められるなど、喫煙者を取り巻く環境が厳しさを増すなか、あるIT企業の代表取締役が喫煙者を不採用とする方針を公にしたことが話題を呼んでいる。従業員の採用基準の一つとして喫煙の有無を掲げる日本企業は増加傾向にあり、その姿勢を明示しているものに限っても相当数に上っている。

喫煙者を敬遠する米国企業・自治体

喫煙者に対する風当たりが強まっているのは日本だけではない。アメリカでは、喫煙者を採用しないというポリシーは日本以上に普及しており、喫煙者ではないことを採用時に誓約させる、あるいは、コチニン検査を実施するなどの方法によって喫煙の有無を調査し、喫煙の事実が発覚した場合には不採用ないし(採用後の発覚の場合には)解雇するという取り扱いが民間企業や自治体の間で広がっている。

このような実務の背景にあるのは、欠勤などによる損失(アブセンティズム)、生産性の低下(プレゼンティズム)、医療保険コストの増加など、喫煙者を採用した場合に追加的に発生しうるさまざまなコストへの懸念である。

喫煙者を保護する州立法

もっとも、アメリカでは、使用者によるこうした取り扱いが法的に無制約に許容されているわけではない。連邦レベルの規制はないものの、州によっては、職場外での喫煙行為を理由とする雇用上の不利益取扱い(典型例としては、採用拒否・解雇など)を制限する立法政策が採用されているのである。州立法の動きは早くも1980年代後半からみられたが、現在(2018年5月時点)ではおよそ6割の州がこの種の規制を有している。

立法趣旨や立法の背景は州によって異なるが、こうした規制の主な理論的根拠の一つとして挙げられているのは、使用者が従業員の私生活上の行為(ここでは、プライベートでの喫煙)に介入することは控えるべきであるという考え方である。また、職場外での喫煙を理由とする不利益取扱いは公正さを欠くという理由から、職場外での喫煙の有無などを差別禁止事由の一つとして位置づけ、差別禁止規制の枠組みを用いて制限を課すものもある。後者のように、喫煙者への不利益取扱いを「差別」として捉える立場のなかには、より広い視点から、この問題を「ライフスタイルを理由とする差別」の一種として論じるものもある。

日本では、喫煙者に対する不利益取扱いをめぐる法的議論はこれまでほとんどなされてこなかった。アメリカでの議論は、職場内での喫煙を制限するにとどまらず、プライベートでの喫煙をも許容しない企業の方針が無制約に認められるべきものなのか、検討の余地があることを示唆しているようにも思われる。

白金通信2018年7月号(No.495) 掲載

河野奈月 Kohno Natsuki

法学部専任講師。
専門は、労働法。
労働者の個人情報や企業の情報の取り扱いをめぐる問題に関心がある。
法律学科では労働法、社会保障法、演習などを担当。

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