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現代を斬る

東中欧における「デモクラシーの後退」とEU 

「デモクラシーの後退」

「ベルリンの壁」が崩壊し、東欧の社会主義諸国で相次いで体制変革が起こった1989年から既に4半世紀を超えた。旧東欧諸国のなかでも、ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリー、スロヴェニアなど、東中欧と呼ばれる諸国は、順調に政治制度改革、経済の民営化を進め、2004年にはEU加盟も果たした。経済の側面からみると、2016年の年間平均賃金はEU内の経済大国の半分ほどのレヴェルではあるが、ギリシャ、ポルトガルには追いつきつつある。都市を観光で訪れたなら、旧西側諸国との違いはほとんど感じず、歴史と現代性の交錯する美しい街並みを楽しむことができるだろう。

しかし、東中欧諸国、特にハンガリーとポーランドは現在EU内で大きな注目を集めている。ハンガリーで2010年春に誕生したフィデス党のオルバーン政権と、ポーランドで2015年秋に成立した「法と公正」党のシドゥウォ政権が、憲法や選挙法改正(ハンガリー)、憲法裁判所を含む裁判所や検察、メディアなど政治チェック機構の封じ込め政策(両国とも)を展開し、これが「デモクラシーの後退」としてEUの批判の対象となっているのである。殊に、裁判官の人事権を政権に従属させる法改正には強い懸念が示されている。

両勢力の背後にあるのは、「国民」を文化的カテゴリーとしてとらえ、その「国民」を体現する勢力を自任する考えである。経済的弱者は保護し、個人に対しては、国民共同体に対する義務を果たすことを求める。対立する政治勢力に対し、競合しあう対等なパートナーとして尊重する姿勢を示さないのも、このような考えからきている。「国民」共同体への異質な要素として、マイノリティには厳しい姿勢を示し、EUの難民受け入れ割り当てにも反対の姿勢を示している(この点ではチェコ政府も同様である)。

 

多数派民主主義とEUの基準

強いナショナリズムと国内の経済的弱者の保護、裏返しとしてのマイノリティ、難民の排除という点で、フィデスや「法と公正」は、西欧諸国で存在感を増すポピュリズム政党と共通性を持つ。しかし、重要な相違点は、これらの政党が政権を取り、彼らの考えを議会での議決を通して実施していることである。なぜこれらの政党が選挙で勝利することができたのか、それ自体も政党政治をめぐる比較政治学の大きな課題であるが、多数派民主主義の枠組みの中で、これらの政権の正統性には疑いの余地はない。

これに対して、EUは民主主義であることの基準の一つとして「法の支配」を置いている。戦後西欧諸国の政治制度には、1930年代の経験を踏まえ、多数派の独走の危険をはらむ議会中心主義にブレーキをかける仕組みとして、「法の支配」、特に憲法裁判所による司法判断が組み込まれている。EUは「法の支配」への体系的な脅威に対しては、加盟国に対する制裁もやむを得ないという姿勢を見せ始めている。東中欧の多数派政権とEUの対立は、民主主義を巡る重要な論点を鋭く示している。

白金通信2017年7月号(No.490) 掲載

中田瑞穂 Nakada-Amiya Mizuho

明治学院大学国際学部教授。専門は東中欧比較政治史、比較政治。
特に「東中欧に視座を置く『デモクラシー』の比較政治学・比較政治史」を主要研究テーマとしている。
国際学科では比較政治学、現代史、演習などを担当

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