自分には何ができるのか悩みぬいた5ヶ月間

「国連ユースボランティア」で国連スタッフの一員として、ウガンダで活動してきた住岡さん。日本を飛び出して、一人の人として何ができるのか必至で向き合ってきた5ヶ月間を振り返って感じていること、これからの抱負を語ってくれました。

住岡尚紀(国際学部 国際学科3年)
参加期間:2015年9月~2016年1月
「国連ユースボランティア」に参加し、ウガンダの国連事務所で国連スタッフの一員として、広報活動等の仕事に携わる。大学外でもインターンシップなどの様々な活動に取り組む傍ら、次年度には協定留学を目指して、勉強に励んでいる。

奄美群島の喜界島から明学、そしてウガンダへ!

奄美大島の隣にある離島の喜界島で育ちました。人口は7,000人ほど、きれいな海と空に囲まれた自然豊かな島で、島に帰れば、みんなが声をかけてくれる、家族みたいに温かいところです。島は大好きですが、高校生の頃から海外や東京に強い憧れを持っていたので、関東の大学に進学することを決めて、明学を受験しました。大学に入って、まず驚いたのは、同世代の人たちが、こんなにもたくさんいるんだということ。とにかく毎日が刺激的でした。

もともと協定留学を考えていたのですが、2年生の春学期のある授業で「国連ユースボランティア」のことを知りました。実は、その時すでに、応募締め切りの1週間前…。僕なんかが受かるはずはないと思いながらも、英語の履歴書と面接があるから、留学に向けてのいい練習になるかもしれないと応募を決めました。そしたら、なんと合格。5ヶ月間、ウガンダの国連事務所で活動することになりました。

ウガンダで1人のスタッフとして働くということ

ウガンダの国連事務所では、主に広報活動を任されました。僕がウガンダに行った年は、国連サミットで「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択されて、次の15年(2030年)に向けて国連が大きく動き出す時でした。現地ではさまざまな国連のイベントに趣いて、その様子をSNSで発信したり、会議の議事録をとったりするのが仕事でした。

与えられた仕事以外にも、同時期に他国に派遣されていた17ヶ国のユースたちと連携して、各国のFacebookで毎日記事を掲載してシェアし合う企画を展開したり、広報動画を作って発信したりというチャレンジもさせてもらいました。

この5ヶ月間を一言でまとめると、「どうやって自分の考えを相手に伝えるか」です。広報活動では、どうすれば人を動かせるのか、どうすれば伝わるのか考え、悩むことの連続でした。それに、上京するまで18年間、海外はおろか、外国人と会話をしたこともなかった僕が、ウガンダで日本人がいない環境で生活して、国連職員として働くのは決して容易なことではありませんでした。日本語ではこんな簡単に伝えられるのに、違う言語では伝えられないもどかしさを常に感じていましたし、時には、コミュニケーションがうまく取れずに仕事を任せてもらえないという、厳しい現実に悔しい思いをすることもありました。


自分にはいったい何ができるのか

ウガンダに行くまでは、海外での滞在目的は、英語習得や、日本で経験できないことをしたい、という自分が中心の考え方でした。実際に行った当初は、空き時間に英語の参考書で勉強もしていました。でも、ウガンダで生活するうちに、それではもったいないと思うようになって。世界で活躍する人になりたいなら、今こそ実際に世界で活躍している日本人に直接話を聞けるチャンスだと気づいたんです。

それから、休日にはウガンダにいる海外青年協力隊の方や、現地で起業している日本人の方にコンタクトを取って会いに行くようになりました。どの方も、ウガンダのためにできること、将来やりたいことを熱く語ってくれました。野球を通じて知り合った方が、英語なんて全然できないけど、身振り手振りで野球を教える姿は本当にかっこよかった。みんな、語学が堪能でなくても、思いを持ち、現地の方たちからとても信頼されている。そんな姿を見て、ある思いが込み上げてきたんです。僕は「ウガンダのために何ができるのだろう」と。

発信し続けること

たった数か月間の滞在では、どんなにウガンダの為に働いても、ウガンダ人や、ウガンダという国を変えることはできないけれど、これから僕がこの状況を発信し続けることで、僕の周りの人たちからでも少しずつ動かしていくことができるのではないかと今、思っています。一人でも多くの人が情報を発信する人が増えれば、情報も増えていくし、そういう人が増えれば、変わっていくと思うからです。

将来は、ジャーナリストとして世界中を取材してまわり、リアルな世界の状況を発信し続けたいです。これまで、生きてきて、親や友達、先生、社会からすべて与えられて育ってきました。これからは、恵まれない人や知るチャンスすらない人に、様々な情報や、機会を与えられる人になれたらと思っています。

その前に、やるべきなのは留学を実現して、海外でジャーナリズムなどを学ぶこと。また、ウガンダに行って、例えば情報の少なさなど、生まれ育った喜界島の状況と通じる点も色々と感じてきました。今、ゼミで学んでいることも生かして、出身の喜界島の活性化につながるような施策や提言をまとめた卒論を喜界島にも伝えたいなんてことも考えています。まだまだ学生として色んなことにチャレンジし続けたいです。