ベトナム「フィールド・スタディ (B) 」実施報告
教員による海外フィールドスタディ報告 : 原後雄太
少数民族ムオン人との交流風景
2004年度秋学期のフィールドスタディBは、2月13日~27日にかけて、学生10名の参加のもとにベトナムで実施した。スタディプログラムを企画したミー・ドアン・タカサキさんのコーディネーターのもとで、ホーチミンからハノイまで13日間かけてバスで北上。途中で急速な経済発展を遂げる一方で行政機関の腐敗・汚職や、ベトナム戦争の後遺症を大きく引きずる現在のベトナムの姿を経済・環境という視点を中心に現場視察した。ホーチミンとハノイでは、国立大学の学生らとの交流機会があり、同じ年代の若者達が英語で真剣にディスカッションする機会を得た。ソンミ村虐殺事件の現場では、生々しい証拠写真とガイド女性による緊迫した詳細な事実関係の報告を受けて、戦争を考える貴重な機会を得た。枯葉剤の影響で障害児となった子供たちの孤児院での交流会はとくに印象深いものとなった。また、海岸地帯でのエコツアー、JICAによる植林協力事業の視察、少数民族の世帯の交流会なども、他では得られない貴重な機会となった。
実施プログラム: 2005年2月13日—2月27日
| 2月13日 (日) | 午前 | 成田発 (10:00) |
| 午後 | ホーチミン着 (14:25) オリエンテーション | |
| 2月14日 (月) | 午前 | Can Gioへ出発 (8:00) Can Gio着 (9:00) UNESCO指定生態系保全地域のマングローブ林・エビ養殖地等の視察 |
| 午後 | ホーチミン着 (14:00) Nong Lam大学訪問 生態系研究局等でのベトナム南部の環境・開発問題等に関するヒアリング | |
| 2月15日 (火) | 午前 | Dalatへ出発 (7:30) |
| 午後 | Dalat着 (14:30) 海岸地域の植林プログラム、果樹栽培と農薬問題、日本の戦後賠償による水力発電所、日系企業による天然マツ林の商業伐採等を視察・ヒアリング | |
| 2月16日 (水) | 午前 | 市内見学 Cuゴルフ場とXuan Huong湖の視察 水源地の視察 |
| 午後 | 下水処理場 (デンマークによる協力事業) の見学 有機農業・近代農法による野菜・果樹栽培の見学 | |
| 2月17日 (木) | 午前 | Daklakへ出発 (8:00) Daklak着 森林消失・コーヒー栽培等の視察 |
| 午後 | Daklak発 Pleiku着 荒廃地再生のための植林事業等の視察 | |
| 2月18日 (金) | 午前 | Kontumへ出発 (8:00) Yaly水力発電ダム視察 自然保護地域の視察 |
| 午後 | 移動性の少数民族の定住地域の訪問・定住プログラムの学習 枯葉剤による被害村落・身体障害をもつ子供たちを訪問 | |
| 2月19日 (土) | 午前 | Hoi Anへ出発 (7:30) 米軍による虐殺 (1967年) 被害村落 My Lai訪問 社会経済開発プログラムの視察 |
| 午後 | UNESCO世界遺産 My Son寺院視察 ベトナム戦争で破壊・その後の修復プロジェクト視察 | |
| 2月20日 (日) | 午前 | Hueへ出発 (8:00) 日本移民の古都 枯葉剤被害による子供たちの療養寺院等の訪問 |
| 午後 | 歴史的な宮殿と復旧プロジェクトの視察 | |
| 2月21日 (月) | 午前 | Dong Hoiへ出発 (8:00) 非軍事地域 (DMZ 戦争による環境破壊地域跡) の視察 戦死者を奉るTruong Son墓地の視察 |
| 午後 | 南北ベトナムの国境線となったHien Luong橋見学 景勝地Phong Nha洞窟を訪問 | |
| 2月22日 (火) | 午前 | Ninh Binhへ出発 (8:00) 石灰石採掘事業地の訪問・ヒアリング |
| 午後 | 舗装石の切石事業地の訪問・ヒアリング | |
| 2月23日 (水) | 午前 | Quang Ninhへ出発 (8:00) 木炭生産事業地の訪問 |
| 午後 | Pha Lai地熱発電事業の視察 Quang Ninhで昼食 中国・ベトナム国境地帯の視察 | |
| 2月24日 (木) | 午前 | Ha Long湾地域の観光業・環境問題等の視察・ヒアリング |
| 午後 | 歴史寺院等の見学 Ha Longで昼食 Hanoiへ | |
| 2月25日 (金) | 午前 | ハノイ市内見学 古都Thang Long見学 |
| 午後 | 市内見学 | |
| 2月26日 (土) | 午前 | 自由行動 |
| 午後 | 自由行動 ハノイ発 (23:55) | |
| 2月27日 (日) | 成田着 (6:40) |
学生によるレポート : 大久保圭子
フィールド・スタディを終えて、見えた姿
今回私たち10名は、13日間にわたってベトナムの南から北にかけてフィールド・スタディへ向かいました。そもそも、ベトナムという国は、過去に枯葉剤を散布された、というアメリカとの「ベトナム戦争」という大きな傷を受けました。そのような悲惨な歴史を持つ国に行くにあたり、私たちは事前から様々なことを学び、現地へと向かいました。
現地に降り立つと、私たちを迎えたのは予想だにしない強い日差しと、街の華やかさ、人々の温かさでした。私個人が持っていたベトナムのイメージを、見事に崩してくれた瞬間でした。
ホーチミンからスタートした、フィールドスタディの前半では、国立公園内のマングローブ林の視察。孤児院訪問。世界遺産に指定されている、遺跡の見学。そして自然科学大学の学生との英語でのディスカッション。ディスカッションに関してはある程度の覚悟はしていたものの、さすがに英語でのディスカッションは大変でした。しかし、彼らは自分たちの国の過去を受け止め、その上で環境問題となっているものにとても意欲を持って学んでいることを、一生懸命こちらに伝えようとする姿を見ていると、私は頭が上がりませんでした。彼らとの交流で得たものは、国の歴史を知ること、勉強への意欲と英語の大切さ(これは本当に)でした。
6日目。私の中で一番記憶に残っている、とても印象深い日です。
この日訪れたのはとある小さな村のあったところ。大筋だけを書くと、いつもと変わらないはずだった1968年3月16日早朝。9台のヘリが突如村に舞い降り、訳もわからずにアメリカ兵に殺されていく村民。生き残った人々は20人弱。あまりにも残虐なこの事件が公になるまで1年半もかかった。その経緯を、資料館にある写真の1枚1枚を見ながら聞くのは、とても辛く悲しいものでした。未だに癒えることのない歴史に触れ、様々なことを考えさせられた・・・そんな1日でした。
ベトナム戦当時、国を2つに分けていた北緯17度線を越えて、旅は後半へと入りました。ここでもハノイ大学の学生と交流をし、また違った意見を交換し、帰国前日にはある村を訪問し、いろいろな交流をしました。村を訪問したときは、全く言葉の通じない村人たちと、どう接すればいいのか?と考えてしまうこともありましたが、行ってしまえば言葉なんて関係ない!と思えました。環境への慣れは、本当に凄いと私自身ひしひしと感じました。
フィールド・スタディはただ、『事前に行く国のことを知り、実際のことを現地で知る』というものだけでは、決してないと思います。私が思うに、それだけが目的であるならば、間違いなく普通のツアーで訪れることをお勧めします。それだけ、この旅でしか味わえないようなことがたくさんありすぎます。
最後に。もし、あなたが国は違えどもフィールド・スタディに参加する気持ちが出来たのならば。そのときは思い切って成田で自分を捨てて、今までとは違った自分を見つけて、また成田に戻ってきて欲しい、そう思います。
PHOTOレポート
ベトナム北部と南部の二箇所におけるマングローブ林の保全・再生状況を視察した。
リゾート地ニャーチャンでのスナップショット。紺碧の海でシュノーケリングとパラセーリングを楽しんだ(1)。
リゾート地ニャーチャンでのスナップショット。紺碧の海でシュノーケリングとパラセーリングを楽しんだ(2)。
ホーチミンの障害者向け孤児院での交流風景。心を通わせて交流した。
北部ホアビン省での少数民族ムオン人との交流風景。地酒を振舞われ、民俗舞踏を観賞し、屋外では夜遅くまでバンブーダンスをして楽しんだ。
ソンミ村の虐殺事件の追悼碑。証拠写真に残された家族や父子などをあしらっている。
ベトナム南北を分断していた北緯17度線に引かれた国境線にかかる橋。歴史に残る遺物として保存している。