フィールドスタディC 優秀賞 : 綿引光春
中国から帰国して1週間が経とうとしている。さらにその2週間前、私は中国・北京へと旅立った。同じ2週間という時間でも、中国で過ごした時間と、日本で何気なく過ごした時間とではその充実度は計り知れないくらいの差がある。中国で過ごした2週間は、今まで20年間生きていた中でも、非常に貴重な時間であり、間違いなくこの経験は自分の財産になるだろう。
私たちが1週間滞在した北京大学は、日本の大学と比較してもとても「大学」には見えないくらい構内は広く、車が走りまわり、大きな池や大浴場、08年北京五輪で使用される建設中の体育館と、その規模に圧倒された。
中国の「大学」は学生が学ぶ場というよりも、学び生活する場だと思った。
北京大学の学生との交流では、彼女が日本のマンガ「スラムダンク」や「花より男子」(中国では流星学園という)が好きで、何冊か持っていると教えてくれた。それを聞いて私は、中国の若者に日本のアニメ・マンガファンが多いと聞いていたが現実になって、彼女にとって日本は身近な国なのだろうと思った。
彼女も王さんも日本のマンガを読み、日本語を勉強して上手に話している。
それに比べて私は中国語を1年以上も勉強しているが、中国語の本など1冊も持っていない。この差は何なのだろう・・・?本は持っていないけれど、この2週間で「私なりの中国」ができるだろう。
この2週間、中国の各地で買い物や市場調査をしたが、「店員と客」の関係が日本と中国では異なることを知った。物を買ったとき、払ったお金に対し、おつりがなければ怒った顔をしてこちらを見てくるし、「ありがとうございました」(謝謝)の一言もなくペッとおつりを渡すだけ。日本では高級店からコンビニまで、店員は客に対して礼を言うのは当然というか、常識だと思われているのだが。日本では「店員と客」の関係は「お客様は神様」と言うことばがあるように「店員<客」であるが、中国では最低でも「店員=客」で対等であってサービスの提供という視点はないようだ。
さらに、「中国の秋葉原」では店頭に並んでいる商品を見ているだけですぐに話しかけてくるし、手をとって自分の店につれてこようとする店員もいて、何だか落ち着いて見歩きすることができなかった。日本人的な感覚では、客はじっくりゆっくり商品を見ながら買い物を楽しみたいものだが、先に挙げた店員の態度といい、サービスに対する日本人と中国人の国民的文化の違いなのだろうかと思った。
「中国の秋葉原」でおかれているパソコンは、NECやPanasonic、Sonyなど日系企業のものが多かった。また、アップルのiPodも含め、どこのフロアにも置いてあり、どの店も同じ商品が置いてある感がしてそれぞれの店の個性がなかった。「中国の秋葉原」に限らず、似たような商品をあちこちで目にした。(例えば、七宝焼きのアクセサリーなど)
中国のスーパーで外資系の「カルフール」は食料雑貨品が並んでいることもあって、主婦や子供連れの買い物客で大変混雑していた。カートがアメリカサイズで日本の1.5倍はあったと思う。果物や野菜、惣菜は大量に積み上げられていて、好きな量をとって買うという量り売りの方法をとっていた。これはカルフールのみならず、後で訪れた西奴版納のスーパーでもその方法だった。日本では、だいたいの重さを決めてパックや袋に入れられて売られている。
私はナマモノの量り売りは、特に経済学的考えてリスクがあると思う。
あれだけ積み上げても売れなかったら古くなるし、物によっては腐ってしまうものもあるだろう。みんながみんな同じ量売れるわけでもないのに、同じように積み上げては売り手に商品を清潔に管理する視点がないのではないか。需要と供給のバランスを重視しなければ、量り売りは過剰供給のリスクが大きいのではないか。日本では適量並べて、売れて減ったら再び袋につめて並べる…というようなやり方があって、品質維持と売れ残りを最小限にとどめようとしている。量り売りは買い手にとってとても便利な方法であるが、売り手にとっては「好きなだけどうぞ」だけでは済まないのではないか。それとも中国では人口が多いから、1日中売っていれば売れ残るという心配はないのだろうか。
逆に、市場をよく考えて構想を立てていると感じたのが「北京現代」である。
中国自動車市場の1位を目指し、新たに5つの車種を製造するそうだ。5つとも中型車で、「小型車や大型車をなぜ造らないのか?」と聞いたところ、「小型車を造っても他社には勝てない。ならば、小型車は捨てて中型車で勝負する」という回答をもらった。なるほど、得意な商品の製造に特化して、苦手な商品を造らないということか。戦略を一本化すればムダを出しにくいのでやりやすいのだろう。
杭州の萬向グループ訪問はとても有意義だった。自動車部品メーカーとして設立したが、発展プロセスからグループ戦略として現在は農業、漁業、金融、保険など多様な方面にも進出している。これはある意味「北京現代」とは戦略が正反対で、メインである自動車部品製造とは全く共通点のない部門まで手を出している企業だ。
私は「直接、ホンダやトヨタに提供できないのはなぜか?」と質問した。直接でないと輸送コストやらがかかって部品自体の価格が上がってしまい非効率的だからだ。すると、「直接取引はないが、日本の双日という商社を通して商品の提供をしている。意識的な問題があるからだ」と回答を得た。私は「意識的な問題」が抽象的でよくわからず、政治での日中関係が影響して経済的悪影響を及ぼしているのかと考え、少しイジワルだと思いつつ、「意識的な問題とは、政治での日中関係と関係があるのか?」と詰め寄ってみた。そしたら彼は「全く関係ない。日本と中国の文化的、企業文化の問題があるからだ」と回答してくれた。
なるほど。海外進出状況の説明では、欧米に進出したり欧米の企業を吸収したり、GMなどに直接部品を提供している等の説明を受けたが、その話とQ&Aがリンクしていたことがわかった。つまり、このQ&Aの回答は「日本企業は閉鎖的で、欧米企業は開放的だから」で説明できたのだ。日本人(企業)は島国という立場からか、物事を身内で固めたがる体質がある。自動車部品にしても、労働者にしても。それと対照的に、欧米は身内にこだわらない。優秀な商品を製造する企業がどの国であろうとも、優秀な人材がどこの国の人間であっても関係ないと考えているのだ。
この萬向グループの訪問によって、日本企業と外国企業の体質的な違いを知ってとても勉強になった。日本企業はこの閉鎖的な体質ゆえ、見えない部分で損をしているのだろう。しかも、グローバル化の進む世界では、この体質のままではいずれ通用しなくなるのではないかという危機感すら覚えた。
金さんの質問の中に、「自動車本体を製造しないのか?」というものがあった。世界最大の自動車部品メーカー(国内シェア:65%、国外5%)ならば可能ではないかという話だ。私もこの話には関心があって、自動車部品から本体完成までひとつの企業で製造すればとても強力だと感じたのだ。スタートからゴールまでの過程で発生するコスト(輸送や外部委託による費用)を最小限に抑えることができ、低価格で市場に出せるからだ。トヨタでは部品などを系列企業(子会社)に任せることでコストをおさえているのだ。しかし、回答は「現時点では無理だ。しかし、この夢はいつかかなえる」だった。自動車部品で終わっていてはもったいない。将来、もっともっと発展する企業だと思った。
玉府井や南京路では日本になじみのある店を見て周り、日本国内との価格調査を行った。まず、マクドナルドでは、20元そこらでバリューセットが食べられる。日本では500円くらいだから、かなり安い。また、ケンタッキーも同様に安い。吉野家は並盛りの牛丼が10.9元で、日本の約半分の価格である。味も、特別変わったところもなかった。反対にスターバックスコーヒーやハーゲンダッツ、ユニクロは日本とほとんど同じかそれ以上だった。
日本ではユニクロは最もリーズナブルな衣料品メーカーとして広く認識されているのに、中国ではもっともらしく日本のブランドとして店を構えていて、ちょっとおかしくて笑ってしまった。私も持っているiPodは、中国では1860元(約27,900円)という価格で驚いた。日本では21,800円なので、400元近くも高いのだ。比較的、日本よりも中国の方が物価は安いのに関わらず・・・。
私はこのフィールドスタディの研究計画書で「中国の携帯電話市場の実態」について調べてみたいと書いた。実際に2週間の間で「北京の秋葉原」の電気街、カルフールの中にあるショップ、南京路にある電気屋の3つの携帯電話ショップを調査した。
この3つのショップに、日経の携帯電話メーカーは「京セラ」と「NEC」と「Sony Ericsson」の3メーカーしかなかった。その他のメーカーは世界的なシェアを持つNOKIA、韓国系企業のSAMSUNG,その他にはMOTOROLA, AMOi, LENOVO, PHILIPS, BenQ-SIEMENS, GIONEE, ZTEなど、多くは外国系のメーカーの製品が並んでいた。価格もピンからキリまでで、一番安いものは600元(約9000円)前後、一番高いものでは5000元(約75,000円)前後もするようだ。だいたい平均的な機種でも2000元(約30,000円)前後だったので、かなりの高級品であることがうかがえた。日本では「1円」で売られているというのに、なぜこんなに高いのか不思議だ。
日本の携帯電話市場はご存知の通り、限界に来ている。国民のほとんどはケータイを所持している。メーカーはメーカーで、他社製品と差をつけるためにあれこれ策をこらしているが、おサイフケータイやスイカケータイに見えるように、ほとんどうまくいっていない。これらは残り少ない新規ユーザーに応えるための策だが、もともと携帯電話は「回転率」が低い(1~2年で1回買い換える程度)ので、需要はほとんど動かない。したがって日本の場合、過剰供給のためケータイをタダのように放り出し、代わりに基本料金や通信料を得て採算を取っているのだ。
中国の携帯電話市場は、言うまでもなく世界一の規模を持っている。昨年、新規ユーザーだけで5000万人も増え、今年4月には利用者数が4億人を突破したそうだ。中国の人口が13億人なので、それを考えるとまだまだ発展途上の段階にある。つまり、需要はどんどん伸びていくと考えられる。しかし先に挙げたように、中国の携帯は高い。もしかしたら、中国では過剰需要の市場なのかもしれない。したがって私は、日本のように携帯電話の価格をさげ、新規ユーザーを増やし、それによって得る通信料に重視すれば急発展できるのではないかと思った。
メーカーの人気については、薫先生や王さんに聞いて調べた。人気のあるメーカーはNOKIA,SUMSUNG,MOTORALAのようだ。日本のメーカーは正直高くてあまり人気がなく、持っている人も少数のようだ。発展「途上」のこの市場に果たして日系メーカーは進出、成功する余地は残されているのか?それとも、「東芝撤退」「松下・三菱事業縮小」のように失敗したまま今後の発展過程を指をくわえて見ているしかすべはないのか?チャンスがあるとすれば先に述べた通り、安い価格で放り込むことだが・・・。
もし、発展「当初」から日系メーカーは中国市場に注目してまともに取り組んでいれば、「途中参加」することもなく、中国市場に日系メーカーが根付いたかもしれない。しかし中国市場の発展「当初」のころは、日本市場では発展「途上」だった。日系メーカーが国内重視するのは当然といえば当然だ。ただタイミングが悪かった・・・というしかない。
上海にある「WA!!」の調査はとても面白かった。店員しかおらず客が誰もいない日本ブランド店。なぜここが失敗しているのかというと、まず「WA!!」が意味不明なネーミングのせいではないか。多くの中国人に英語(アルファベット)は通じないのに…。同じ漢字文化なのだから「和!!」にすれば、中国人にとって興味の対象になったものを、欧米に店を出すがのごとく、アルファベット表記にしたこと。さらに欧米ブランドと違って、中国人にとって日本ブランドはたいしてブランド価値がないのに「専門店」を作ってしまった点。これでは日本ブランドに興味のある人「しか」店に足を運ばない。もし、欧米ブランドと日本ブランドが混ざっている場所だったら、欧米ブランドを見に来た人「でも」ふらりと隣にある日本ブランドの店に立ち寄って興味を持って、買う人もいるのに・・・。
皮肉なことに、日本ブランドと言っても私たちが知っているブランドは一つもなかった。皆知らないブランド名で、これが日本ブランドを集めた店かと思うほどだった。店は全然売れていないのに…というか、全然売れない場所なのに出店する「B級ブランド」の思惑と、ただ契約金とテナント料が入ってくれば売れようが売れまいが気にも留めない経営者の思惑がマッチしてしまっているという現状がおかしかった。
外国に出店して成功するにはまず、相手の文化を知った上で店を出すことが大事であるという必須条件を改めて認識した。
以上のように、2週間にわたる中国のさまざまな分野での市場調査は、とても有意義だった。この経験を生かして、今後経済を学んでいきたい。
さらにこの2週間を振り返ると、抗日戦争博物館に行って過去の戦争について「加害者日本側ではなく、被害者中国側の視点」で考察できたことは貴重だ。ここを訪れたことについてはまだことばで表現できない。また万里の長城を登りながら、よくぞ昔の人はこんな高さまで石を運んで「万里」のような長さの城を築いたと、身にしみて実感した。そして北京から雲南省へ移動し、現地少数民族との出会い、いろいろな民族・地方料理を食べた経験、日本の昔の頃を感じさせる麗江の古城を見て歩いた。
そこで私は骨折し、中国の病院事情を知ることになった。まず驚いたことは、外は寒いのに窓は開けっ放しで、どこでも(廊下でも診察室でも)お構いなしにタバコを吸い、ケータイの通話が自由だったということ。さらに医師のいる部屋しか電気がついておらず患者がいる廊下が真っ暗だったことだ。料金事情についてもレントゲン、診察、薬の部門ごとに料金を精算するシステムだった。日本では治療過程を終えた段階で一括して支払うシステムなのだが、前者のシステムでは患者にとって負担ではないか。ちなみに、帰国して診断書を持って病院に行ったが、診断書が英語ではなく中国語で書かれていたので担当医師は頭をひねりながらなんとなくしか理解できなかったのが笑えた。
そして最後の上海では高層ビルの群れにただ驚くほかなかった。万博に備える姿勢からも、街全体から「勢い」と言うものを感じた。これでは、経済発展都市「TOKYO」もかなわないなと思った。中国と言う国も、上海と言う街も、まだまだ発展途上であり、近い将来(08年北京五輪、10年には上海万博を迎える)どんな発展をしていくのか、目が離せない。
実際に中国の地を踏み、目で、耳で、舌で、肌で、五感全てを使って中国を感じ取った。日本のメディアの流す中国でない「私なりの中国」のピースがこの2週間でたくさん生まれ、それをはめ合わせ「私の中国」ができた。今回のフィールドスタディを機に、また中国へ行きたいと思った。行って、またピースを造って、そしてはめ合わせ・・・そうやって、私の「中国」をどんどん大きくしていきたい。
この2週間は私の財産になった。参加して、本当によかった!