学生による履修報告 : 北條理絵
このフィールドスタディCで私は多くの財産となるものを得ることができた。以前では経験できなかったようなとても貴重な体験をし、そして毎日がとても内容の濃い生活であった。私がこのフィールドスタディにおいて目標としていた「中国内部での経済格差がどれほどに深刻なものなのかを直接、見て聞いて感じること」は、ある程度達成することができたと思う。北京大学・西安・成都での講義や、農業委員会訪問、市場調査により、地域格差のついての多くの知識を取り入れることができ、いろいろな発見をすることもできた。また、自動車工場見物や上海開発区考察で中国の経済成長の状況もよくわかり、2008年北京オリンピックによる影響についても知ることができた。その内容について、まとめていきたい。
所得と物価の関係
所得格差は、以前から知っているようにかなり大きく、北京大学生間でも90食あたりの費用が下は87元の人もいれば、上は1450元の人もいるということがわかった。中国の経済状態は、沿海地域の裕福な層と貧困層、内陸地域の裕福な層と貧困層の4つに分けられ、この地域間格差が毎年拡大している。やはり、所得格差は深刻であるといえる。
しかし、所得格差が大きくても、それと同等の生活水準格差があるというわけではないことを知った。なぜなら、その地域の所得水準によって物価が変動するからである。今回私達は、北京や上海の沿海地域と、西安や成都の内陸地域の両方に訪れ、物価などを比較してみた。その結果、北京や上海よりも西安や成都の方がかなり物価の安いことがわかった。たとえば、タクシー料金を見ても、北京や上海では初乗り運賃が約15元(約240円)で1~2km毎に2元(約32円)だが、西安や成都では初乗り運賃が10元(約160円)以下で1~2km毎に1.5元(約24円)だった。
つまり、所得水準による需要と物価(供給)が地域によって変動し、均衡しているのである。西安や成都は内陸地域でも発展しているほうで、内陸の貧しい地域にはいくことはできなかったが、私が想像していた程、生活水準の差はないということを知った。
西部大開発の成果
西安や成都などの西部地域は、沿海地域よりも経済成長が遅れていた。しかし、自分が想像していた状況よりはるかに発達していた。西部地域は人口に比べ、土地がかなり広く、資源貯蓄率が国内トップレベルである。そのため、2000年1月から始まった西部大開発で、かなりの成果が出ていた。固定資産投資の増加、都市・農村収入の増加、東西差の拡大比率の低下などが主な成果である。同時に、問題として、産業構造の変化、衛生保健制度の変化、生態環境の変化が未だ達成されていないということがある。西部大開発の未来としては対外開放を主基調とし、加工産業を発達させていくそうだ。これからさらに西部地域は発達していくだろう。西部大開発がこれほどまでに成果を出していたことを知った。
産業開発と環境問題
昌平区の農業委員会に訪れ、新農村改革についての話を聞かせていただいた。ここでは、農業生産性や文化・環境の発達を目標としているが、株式改革に重点を置いている。メリットとしては、所有権により計量化され、株主として農業を経営できることである。昌平区は、農村の中でも農業が発達し、裕福な地域であった。
また、鋼鉄工場や北京現代自動車工場を見学し、中国の重工業はかなり進んでいるということを知った。最近の中国では、国有企業が多く、非国有企業への就業者数の3倍以上の就業者がいる。自動車企業では、日本のトヨタなど海外の企業と合併する企業が増加してきている。街中でも、北京現代や上海一汽などの自動車がよく見られた。
このように、中国は工業化が今現在も進んでいるところである。そんな中で、中国では環境問題について配慮されている部分が多々みられた。たとえば、ホテルではシーツやタオルの洗濯を必要最低限にしていたり、街中ではバイクではなく充電式モーターバイクが多く走っていたりするのがみられた。数年前までは中国は自転車大国だったが、最近は自動車の普及が進み、排気ガスなどへの配慮は必要不可欠である。そのため、中国では今回いろいろな場面で見られたように、環境問題への対策が多くなされているのだろう。
北京オリンピック
北京オリンピックについては、やはり経済、社会、環境に対しての影響が重視されている。中国の人々からすれば、商売のチャンスが増えることになるため、西部の地域でも街中でオリンピック商品を目にすることが多々あった。また、このオリンピックによって、開催地に対する土地環境の発達が要求されるため、2008年オリンピックに合わせて修復工事を行っているというところがたくさんあった。つまり、中国人に対して世界から情報が入るとともに、世界の人々も中国を注目して見ることになる。16日間のオリンピックでどれだけの影響があるかが楽しみである。
貧困層の人々について
私が計画していた各地域の貧困層についての観察は、やはり直接は困難であった。私たちが訪れた場所には、路上生活をしている人々は比較できるほど見られなかったからである。天安門広場などの観光客が多く集まる場所には、ペットボトルを集める人やお金を乞う人が多く見られた。聞いた話によると、それほど貧しくない人が貧しいふりをしている場合もあるらしく、本当に貧困層であるかもあいまいであった。
また、寝台列車に乗るときに訪れた北京と西安の駅には、多くの出稼ぎ労働者と見られる人々が多くいた。西部の地域から職を求めて、沿海地域に出てきたのだろう。
成都のパンダ基地に向かうバスから見えた町は、とても住環境が悪く貧しい生活を強いられているだろう事が容易に想像できた。
このように、この15日間で多くの知識を取り入れることができ、同時に今までの固定観念が覆された部分もたくさんあった。もちろん、中国の政治や経済についてだけではなく、4000年以上も前から今に至る歴史に触れることもできた。私達は、多くの世界遺産をまわり、いろいろなものを見て、聞いて、感じることができた。特に感動したのは、秦の始皇帝時代の兵馬俑博物館であった。
私は以前、家族で中国を訪れたことがあり、今回行った場所にも以前訪れたことがあるというところが多々あった。しかし、以前と今ではまったく感覚が異なっているように思えたのである。なぜなら、以前訪れたのは私がまだ小学生の頃でただ両親について行くだけで、好奇心というものがまったくなかった。今回のフィールドスタディでは、いろいろなものに関心を持ち、観察していた。ゆえに、自主性が有るか無いかによってこれほどまでに見え方が違うということを思い知った。
そして、このフィールドスタディで得た最も大きな財産は、宋先生を含め、14名の「仲間」である。私がこのフィールドスタディに応募する際、実は少し迷いがあった。フィールドスタディのほとんどは2年生で、3年生はほとんどいないということは知っており、その中に溶け込めるかどうかに不安があった。しかし、たとえ一人でもフィールドスタディに参加しようと思い切って応募した。今となっては、本当に参加してよかったと思っている。他のメンバーは皆心優しい人が多く、何事も無く私と接し心を開いてくれた。たった15日間でまるでずっと前から親友だったかのような関係になった。このハードスケジュールと慣れない環境の中、私達はともに励ましあい、助け合い、毎日を乗り越えてきた。ここでできた仲間との関係はこれからもずっと続いていくだろう。
最後に、宋先生をはじめとする、このフィールドスタディを支えてくださった北京大学の方々、旅先で出会ったガイドさんや現地の方々に、心より感謝の意を表明したい。このようなとても貴重な体験をできたことを誇りに思い、今回得た財産をこれからに活かしていきたいと思う。