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学生による履修報告 : 石野浩之

北京

まず、計画書の目的としていた政治体制、企業、文化についての講義内容についてまとめてみることにする。政治体制と企業の講義では、中国経済は90年代初期には脱落者なき改革、社会民主主義的であり、90年代中頃には、アメリカ型資本主義へと移行して言ったのである。中国の企業のICT産業は2001年から利潤率が低下し、赤字となったのである。なぜ、生産性が上昇したのかについては、中国の企業は、有利に変化し、組み合わせ型が増加し、成長していったからである。製品アーキテクチャーには二種類あって、自動車、モーターバイク、ゲームソフトウェアのすりあわせ型、パソコン、自転車などの組み合わせ型がある。2004年には、経済競争力は回復したがSONY、東芝、松下電器は比較的悪いのである。

企業問題については、経済規模は米国8兆ドル、日本4兆ドル、中国2兆ドルであり、日本よりも規模は小さいのである。GDPのうち消費についてみてみると、家庭消費は日本が65%、中国が55%で個人と企業の割合は、アメリカは80%が個人、20%が企業、中国は20%が個人、80%が企業である。つまり、中国は企業にかかる税金のほうが多いという事である。中国の人口は、12.9億人で就業者数は7.5億人で、都市に就業したのは、2.5億人、農村の就業者数は5億人である。

文化についての講義では、特徴をまとめてみると、北京の人口は、1714万人で常住人口は1204万人、流動人口は510万人で、さらに今後は、流動人口は200万人増えると予測されている。面積は16410平方キロメートル、平地面積6338平方キロメートル、山区面積10072平方キロメートル、城区面積87.1キロメートル、北緯39度、東経116度である。地域の特徴は、政治性の建物が減少しており、文化、商用性の建物が増加している。飲食については、三大名菜として、北京ダック、焼肉、羊肉が主流である。

次にオリンピックの状況についてまとめてみると、どのような総合影響があるかというと、環境、経済、社会文化の3つが影響している。経済面では、自足発展、グローバル化、公共の3つが関係しているのである。さらには、オリンピック開催に向けては、環境面、交通の面の対策が行われている。まず、環境面においては、政府は、環境にやさしい、人にやさしい、科学を駆使した、オリンピックをテーマとしている。公共緑地、緑化を管轄する事は、北京人にとって切実な望みとなっている。これと同時に大気汚染の対策も必要である。というのは、暖房供給の時期、かつては、石炭を燃料に使っていた、だが、天然ガスの使用が増えたために、その様な風景はなくなってきている。交通面では、安全に、便利に、正確に、そして快適にである。オリンピック期間に向けては、選手村から、スタジアムまでの交通の便宜を計るために、専用道路が設けられ、関係者、選手の往復バスが30分以内に到着できるように計画されており、一般道路とは分離されるので全く影響はない。

観光したところについて、印象に残った場所の得た知識と感想をまとめてみると、まず、鉄鉱石を作る工場では、古い鉄板が燃焼され、鉄水が加えられ、加熱して、冷やして、形を作っている手順だった。そして、世界各国に輸出されているのである。製造する技術は世界トップレベルでこれらが輸出され日本は車の製造が進んでいるのであると思ったのである。天安門は最初の城門は永楽帝によって、1417年に建設され、1457年に落雷し焼失したが、1466年に再建されたが、1644年に明王朝が滅亡し、焼失し、現在の門は1651年に清の順治帝により建設された。ここで思ったのは、入場の時には空港と同じ様にボディチェックを受けなければいけないと聞いたので、観光地にしてはとてもルールが厳しいと思ったのである。門の前の建物はわずか10ヶ月建設されたと聞いて驚いたのである。万里の長城では、ここは、世界文化遺産に認められた場所であり、人類の価値の重要な交流を示すなどの5つの基準が満たされたのである。総延長は6352kmに及ぶのである。その大きさから、月から見える唯一の建造物といわれた。実際に上ってみて、階段の高さが異なっており、大きく踏み出さなければ上れないので非常にスタミナが消費されたのである。降りるときにも、同じ様に体力が消費され、階段がかなり急だったのである。人民抗日戦争記念館は、1937年に虚構橋事件があった場所でもある。これを見て思ったのは、戦争で亡くなった人がガイコツの状態で川に流されてしまう事を聞いて残酷だと思ったのである。この時代は、必ず誰か死んでしまうという悲惨な時代だと思ったのだ。

西安

まず、現地経済の発展状況の講義内容をまとめてみることにする。十二省、西部地域は、120省の自治区から成り立っている。総面積は71.5%である。経済資源は、水82.5%、石炭36%、資源の種類は、120種類。国民所得GDPは33390億元(2005年)である。陝西省は、常住人口3720万人、GDP3674.75億元である。自然は豊富だが、社会と経済が他の地域より遅れているのである。2005年には、国有資本が主な株式を占めており、外国資本も45.8億ドル資源依頼、高いのである。中国は2000年1月に西部大開発を打ち立てた。目的は固定資産投資拡大のためである。特徴は、モンスーン住民と都市が増加し、東西地域の格差は拡大しているが、幅は縮小しているのである。今後の計画は、経済構造の中で外国資本が不足しているので、開放する経済にしていく事が目的である。そして、その成果として、エネルギーが開発されたのである。しかし、環境汚染、所得格差の2つの問題がある。

観光したところで印象に残った場所の得た知識と感想をまとめてみると、まず兵馬俑については、これは、本来は古代中国で死者を、埋葬するのに兵士及び馬をかたどったものである。これを見て思ったのは、皇帝がどれか区別するのが非常に難しかった。というのは、どれも形が似てるので、複雑で見つけにくかったのである。

楊貴妃のお墓では、温泉にお金を入れて拝むというのはとても不思議に思いました。日本だと神社で賽銭箱にお金を入れて拝むので文化は違うものだと思いました。

成都

まず、現地経済の発展状況についての講義内容をまとめてみると、四川省は中国で豚の生産が一番多く、価格が上昇している。豚の養殖は伝統産業の一つでもある。農業では、農村の7分の1は農業を重視しており、他の7分の6は都市化に伴い産業労働者となっている。生産面においては、国防産業が重視されており、政府の財政も支援されており、80年代までには、近代産業が発展してきたのである。90年代には、政府の支援がなくなり、多くの工場は、負担となっている。特徴は、資源輸出が悪い、旅行資源No1、歴史的遺産も多い、楽山大仏、パンダ保護区であり、山が多いなどがある。また電子関係ソフトが発展したのは、人材が多く、技術人材も多いため外国からの発注を受けている。成都は、中国の中で株式の取引は3番目の都市である。成都は消費が好きな街であるために、値段を高くしても、多くの消費ができる。多くの外資企業が値段を高くしても売れることがわかったのである。

観光してみて印象に残った事をまとめてみると、まず、楽山大仏については、この大仏は、水害を治めるために海通が寺院、凌雲寺に隣接する崖に石像を彫ったのが始まりである。さらに、大量の砂を川底に投入する事により、川底が浅くなり水害が減ったのである。最近、酸性雨による染みも目立っている。これを見て思ったのは、初めてみたときには本当に天然のように見えるくらい自然な造りに見えた。更にどういう意味で作られているのかもわかった。これがあれば、水害は起きそうな気はしないように思ったのである。

パンダを見て思ったのは、生後三ヶ月のパンダは小さいが、成長が早いと思った。更には、四本足で歩いている動物が二本足で立っているのを見て驚きました。木から下りるのは非常に大変そうだった、というのは、逆に降りるほうが急だからである。人間も山から降りるときには降りるほうが怖く感じるのと同じ事だと思うのだ。

三星堆は実際見てみて、3000年以上前のものだとは知りませんでした。仮面、青銅器が当時は機械もなかったのに、形が崩れずに良く掘れたと思うと、本当に驚いたのである。教科書で見たのとは違って素晴らしいとお思いました。来年、三星堆が世界文化遺産に登録されるので、基準は完璧に満たしているように見えるので問題ないと思いました。

上海

上海の街の考察では、日本の外資企業がかなり浸透している事がわかりました。Nikkon、EPSON、RICOHなど有名な会社が揃っていて、六本木のような大都会だと思いました。店員にも、日本人が結構多く、日本と似たような環境もあったので、日本から近いだけ、色々な外資企業も伝わりやすいのだと思ったのである。

全体の感想

まず、全体で思ったのは、コンセントを使用していて、ipod、デジカメは充電できたが、携帯は充電できなかった。というのは、できた二つは世界共通の会社でコンセントの中に変圧器が含まれているからだと自分は思ったのだ。携帯は、日本独自の会社で海外対応ではないためである。本当に二週間あっという間で、でもかなり自分が目的としていた事が調べられたので充実した2週間でした。最後に、中国で二十歳を迎えられたのは感無量です。