学生による履修報告 : 伊藤奈々子
フィールドスタディCについて個人研究の実施結果
今回、フィールドスタディに参加するうえでのテーマを見学・観察した地域の様子・開発状況やそこに住む人々から日本との違い、そして中国内での経済格差、生活水準の違いを知ることとした。また、企業の多い都市部と遺跡のある農村部を訪れるので、それらの地域間でどれほどの格差があるか、またそれにはどのような理由があるか現地へ訪れて直接研究することを目的とした。 その計画のもとに行動・観察した結果、知識や情報により考えていた中国と実際の中国とでは異なるものが多かった。訪れた地域で観察したことや感じたことをまとめると以下のようになる。
1、北京について
(1) 北京大学
北京大学と日本の大学とでは規模が全く異なる。大学内には生活に必要なことが出来る様に多くの店があり、面積が広いため移動手段として自動車も多く使用されていた。
・ 大学生だけでなく家族連れも多く、大学内には公園のようなところや湖、塔などもあり一つの観光地となっていた。
・ 校舎は学部ごとに異なり、外観は日本のようなものから歴史的建造物のようなものもあったが、内装は近代的であった。
・ 大学内は生活しやすく綺麗に保たれていて、道の舗装もすべてされていた。
・ 大学も寮もエアコン完備、水道、電気もしっかり通っていて、エレベーターも設置されていた。
・ 服装はラフで生活しやすさを考えた人が多かった。
・ 食事はファーストフードのようなハンバーガー類もあったが他に比べて人が少なかった。全体的に中華料理が多い。
・ 携帯電話の使用率は低く、使っている人をほとんど見かけなかった。公衆電話も多く設置されていたが使用している人がいなかったことから、電話自体する人が少ないのかもしれない。
(2) 鉄鋼会社とその周辺
・ 会社の歴史は長く、今から88年ほど前に設立された。中は古い機械と新しいコンピューター技術から成る。機械の方には従業員はいなく、その動きが正常であるかをコンピューター管理しているところで監視役の人が数人いる程度だった。貯水池は水質管理の場でもあり、魚を飼育している。定期的に解剖し、毒素が検出されないかを調べ、水質を良い状態に保っている。企業は2007年の末に220?先へ2年かけて移動をするが、工場は博物館として残ることになる。
・ 会社周辺にはそこで働いている人たちの家があった。家はマンションやアパート。さらにその周辺には生活用品を売っている店や、食事をするところが多かった。
・ 電気などの供給状況は日中に車での移動だったため詳しく分からなかった。しかし、会社内はコンピューターが多いことから不足はなく、安定しているといえる。さらに会社周辺のマンションにはクーラーの室外機が設置されていること、交通量の多さ、大型スーパーも何軒もあることから安定しているといえる。
・ 地下鉄があり道路も広いため、自家用車・バスが多く他に比べ自転車は少ない。
・ 服装はラクな格好の人がほとんど。大型スーパー付近は住宅地に比べおしゃれをしている若い人が割と多かった。
(3) 昔の民家
・ 今では人が生活しておらず、マンションに移り住んでいる人が家を貸して店となっている。ほとんどが土産品で観光客向けのものばかりだった。
・ 家の造りは屋根が瓦のようなもので低く、1階建て。全体は石やレンガで建てられていて入り口が広いが、道は狭く、家の隣同士がつながっている。
・ 昔から店として経営しているところは赤や青などあざやかで凝ったつくりとなっている。
・ 民家周辺の道は土でなく石畳のようなもので、車はほとんどなく自転車やモーターバイクが多かった。
(3) 晶平区周辺
・ 大きな道路に沿って電柱が設置されていた。
・ 所々道路を横切るように線路のようなものが何本か通っていた。
・ 道は広く、舗装されていた。しかし、その大きな道以外には舗装されている道はなく、周りは畑や田園、木々しかなかった。
・ 道沿いには食事の店が連なっているだけで、道を離れると1軒もなさそうであった。
・ 民家は道沿い、道から見える範囲にはほとんどなかった。
(4) オリンピック会場周辺
・ まだまだ開発工事中のところが多い。
・ 周辺は栄えて店が多いところでもなく、マンションや大きな道路の多い住宅地のようだった。
2、西安
(1) 駅周辺
・ 駅内は電気は通っているが薄暗い。
・ 駅の外は人がとても多かったが店は少ない。ケンタッキーやマクドナルドなどは、ほとんど見られなかった。
・ 駅周辺は交通量が多かった。
(2) 駅からホテル間
・ 時間で大体2時間ほどの距離の間で景色がずいぶん変化した。空港付近は荒地のような、やや廃れた感じであったが、そこから30分ほど走ると高層マンションや店の多い地区へ出る。しばらく走ると再び田舎のような地区になるということが何度か続いた。
・ 道路沿いにはトヨタやホンダ、北京現代、VWなど、何十mおきに、あるいは続けて車の会社が多く並んでいた。
・ ホテル付近は大型デパートや大きな道路があり、栄えていたが歩行者は少なかった。
3、成都
(1) 天府広場周辺
・ 電飾がかなり多く、噴水や大型ビジョンなど街の近代化している部分が多く見られた。
・ 電車などはなく、そのためか他の都市よりもバスが多い。自転車やモーターバイクも多かった。この地域の車は天然ガスを使用して走るため、二酸化炭素を排出しない。モーターバイクは電気で走るため、空気を汚さない。
・ デパート内にはブルガリ、ヴィトンなど、有名ブランドの店が多くあった。それ以外の店でも100元以上のブラウスが売られていたりしていたが、それでも需要はあるという。
・ 繁華街を抜けると10元で靴を売っているような安い店が多かった。
(2) 楽山までの道周辺
・ 店は全くなく1本の大きな道路があるだけ。その周りは全て畑や田園。
・ 人は農作業している人たちが数人いる以外は、見られなかった。民家はまとまってあるところよりも1つであるところの方が多い。
4、上海
(1) 浦東開発区
・ つくりがモダンで高いマンションやビルが多い。
・ 道路は舗装されていて綺麗だった。歩道が広く、広場のようになっている所も多かったが歩行者は少なかった。大通りを抜け、横道に入ると狭い道になる。
・ 日本ブランドも多く進出していて、服装に気をつけている人も多い。
(2) 南京路周辺
・ アパートのような木造つくりの家が何軒も続いていた。
・ いすに座って話をしたり、寝ている人がたくさんいた。
・ 上海は都会というイメージが強かったが、実際は下町のようなところの方が多かった。進んでいるのはまだ一部で少し横道に入ると下町のような商店街になる。そこの方が人が多く、栄えている。
中国全体の問題点
各地域を訪れると中国としての様々な問題点が思い浮かぶ。大まかに
・無駄な労働力が多いこと
・ 交通事情 ・ 地域による発展状況の違い ・ マナーや考え方 が挙げられる。改善策
無駄な労働力が多いことに対しての改善策は、とてもむずかしい。働く人を減らすことは職の無い人たちが増加することになる。それは経済的に見ても、社会的に見ても治安の悪化につながるため良くない。しかし、このままでは従業員は多いのにまともに働いている人が少ないことで、店やものの質が下がる。今の中国は従業員の質が悪く、効率も悪い。人が多い分1人1人の仕事をきちんと確立していくことで、個々の意識の上昇や店にとって効率も良くなる。そしてそれが中国全体に広がることで中国としての質も高められ、結果としては経済状況にも多大な影響を与えることとなる。
交通事情の改善策としては、マナーやルールを見直し、自動車だけでなく歩行者や自転車の人たちにも徹底することが必要。ルールを守ることで交通もスムーズになり、それが事故防止や治安維持にもつながる。しかし、近年中国で自動車所有率は上昇しており、それによって発展が進むこと、生活水準の上昇は確実である。そのため交通事情の問題は言い方を変えれば、発展する上で必要なので途上国である中国には良い状態になってきている、とも言える。 地域による格差についての改善策として、貧困地域の人々についての労働的問題と制度づくりを考える必要がある。労働については工場や店を増やし、貧しい人々に働く場を与えることが1番早い解決方法であるが、それには問題点が多い。工場を建設するのに費用がかかること。今の中国市場の状況から見て、設立した工場に需要はなく利益を得ることは難しいということなど。その結果として無駄な労働力の増加に繋がる恐れもある。それを防ぐためには中国や外国を対象とする新たな需要を増やすことが必要になる。需要が増えると供給も増え、それにより金のめぐりがよくなり、全体的な経済発展へ繋がる。そして、需要を増やすためには労働者に対して高度な技術の習得が必要である。例えば、今日の中国市場にも進出している外資系の企業などから技術を学ぶことができれば、安価で安定したものを大量に生産させることができる。それは中国にとっても日本などの先進国にとっても大きな影響を与えるため、需要が増えると考えられる。 もう1つの改善策として、制度づくり。特に雇用制度の問題については格差問題にとっても経済発展にとっても大きな妨げとなってしまっている。自由に戸籍を移動できるようになれば、例えば市外と市内で違う大学の入学金の問題も、労働のための出稼ぎの問題も解決することが出来るようになる。教育を受け、知識を身につけて、働きたいところに行くことが出来れば格差も今ほどではなくなり、安定した社会になる。感想
フィールドスタディに参加することで世界文化遺産をまわったり、中国の企業を見学できたりと、普段行けないところで貴重な体験がたくさんできた。それにともない色々なことを感じ、考えることが多かった。北京大学では日本との規模の違い、文化遺産では歴史について、経済特区や開発区では各地域の特徴や問題点について。そして、1番考えさせられたのは戦争記念館である。 日本の戦争記念館にも行ったことがなかった私にとってはショックが大きかった。爆撃による大量死。瓦礫の中で1人で泣いている子供。写真を見て感じたのは恐怖や哀れむ感情ももちろんあったが、考えていたのはそういう思いを持てる自分の境遇についての方が強かった。もしその時代に生まれていたら。今でも戦争が続いている国に生まれていたら。生まれた時代や場所が違っただけで殺されるか、敵を憎んだり“生きる”ということに命をかける状況になっていた。ここに展示してある写真に写っていたのは私だったかもしれない。そう考えて怖くなった。今中国を訪れることが出来るというのはとても大変で、すごいことだと、改めて今の自分の状態に感謝や感動することが出来た。
もちろんそれ以外にも、経済的知識を得て、中国の生活に慣れたことで積極的に行動でき、大切な友達も増えて、とても意義のある2週間となった。このフィールドスタディで得た知識や考え方を普段の生活や学校生活に生かしてこそ意味のあるものだと思う。 中国経済が発展していく過程を自分の目で見て、考えるという貴重な経験が出来たことを忘れず、これからの経済の勉強に役立てていきたい。