学生による履修報告 : 岡野晴貴
中国という国に触れて
1 はじめに
2週間中国へ行って、私は中国という国を自分の肌で感じることができた。特に今回の個人調査の主軸であった「中国文化」は予想以上に偉大なものだった。そこで今回のレポートは中国滞在中に見た文化遺産に重きを置いて進めていこうと思う。
2 北京の文化遺産
A、頤和園
この頤和園は皇帝の離宮として作られたもので、杭州の西湖を模した大庭園である。この中には数百メートルも続く回廊があり、三国志や七夕など日本人にもなじみのある題材の絵が描かれている。また庭園の大半を占める湖はなんと人工的に作られたもので、12世紀に造成が始まり、完成したのは清朝の末期だった。
天安門事件で有名な天安門広場は、学生運動などの政変の際の中心地だ。門の左には国会、右には巨大な博物館があり、この広場は中国の象徴といっても過言ではない。この門の先にあるのが故宮博物館。旧紫禁城であるこの建築物は実に立派で、太陽時計などの技術に触れることができた。また博物館近くの景山公園から見るこの城は非常に美しかった。 天安門広場は入るときに持ち物検査をしないとは入れないぐらいで、「やはり政府はこの場所に相当注意を払っているのだなあ」と感じた。あと故宮博物館は建物は立派だったが、蒋介石が貴重な貯蔵品を全て台湾に持ち出したため、展示品は少なかった。私はこの博物館を見ながら、台湾の博物館のことが少々気になった。 C、万里の長城
万里の長城は中国でもっとも有名な世界遺産である。世界最大のこの建造物は秦によって作られたと考えられているが、春秋時代以降に異民族の侵入を防ぐため各地で作られた長城を秦が連結したというのが事実だ。春秋時代から17世紀の明代まで作り続けられた長城は「月から見える唯一の建造物」とまで言われ、その末端は朝鮮半島にまで至る。まさに長城なのである。 ここを歩いての感想は「長い」。自分の肉眼で確認できるだけでも相当な長さだ。しかもそれは全体の何百分の1なのだから本当に気が遠くなる。もはや中国文化の偉大さを感じるとかそういう次元の代物ではなかった。私たちが登った居庸関長城はほんの一部に過ぎない。長城のすべてを見ることは難しいが、今度中国に行くときは別の長城も見てみたい。
3、西安の文化遺産
A、兵馬俑
世界遺産兵馬俑は秦始皇帝の墓の近くにある人形群のことで、世界8番目の奇跡といわれる。現在展示されているのが全てではなく、保存技術が発達し、遺跡を破壊することなく発掘ができるようになるまで発掘はしないという。ここにある像はすべて違う人物に似せて作られており、一つ一つ顔が違う。また、元々像には彩色が施されており、発掘後に酸化して色落ちしてしまったのだという。
この塔は7階建ての巨大な塔で、648年に建てられた大慈恩寺の中にある。この寺の初代住職は玄奘三蔵法師で、この塔は彼がインドから持ち帰った経典を保管するために建てられた。そのため、この塔はインド式の作りになっている。 この塔は今でこそ7階だが、則天武后の時代には10階まであったという。法隆寺の五重塔で5階までだから、その倍である。7回までしかない現在の姿でも70メートルはゆうに超えるというから、本当にすごい建築物である。
4、成都の文化遺産
A,楽山大仏
唐の時代、修行僧たちが90年かけて作ったのがこの楽山大仏である。高さ71メートルの楽山大仏は世界最大の石仏であり、奈良の大仏の5倍もある。中国の仏教文化を象徴する建造物であることは間違いない。
ワシントン条約でも保護規定されているパンダの繁殖・飼育を行っているのが、このパンダ基地である。昨年度はこの基地で9匹のパンダが誕生。絶滅危惧種であるパンダの数を増やすには欠かせない場所だ。
このパンダ基地は保護区というよりも動物園に近く、パンダとの記念写真(有料)などなかなか商売っ気があった。外国人客も多く、パンダ基地としてだけではなく成都の重要な観光資源にもなっていると感じた。 C、三星堆
成都市の北に位置する広漢市で見つかった遺跡で、青銅の仮面や像など今まで見つかってきた殷周時代の青銅器とは違うものが発掘されたことで有名だ。文字の記録も無く、謎の多い文明ではあるが、この文明の存在が歴史を変える可能性は高い。 三星堆博物館には見たことの無い青銅器や細工の細かい青銅器、金の杖などが良い状態で保存されていた。日本が縄文時代を迎えていた頃よりも数千年も前の時代に、このような技術を持っていたのは凄いことである。この文明は発掘が始まってまだ20年ぐらいなので、今後の発掘で何が見つかるか非常に興味深い。 D、都江堰
この都江堰は成都の北西にある世界最古のダムで、約2200年前に造成が始まった。数世紀かけて作られたこのダムによって、成都は水資源に富んだ豊かな国となった。またこの都江堰は、2000年以上経った現在でもダムとしての機能を果たしている。
ここに来るまで見てきた万里の長城や大仏はその大きさに驚愕したのに対し、この都江堰は見た目よりも「2000前の人々の英知」に感嘆させられた。2000年以上も通用する技術などそうあるものではない。当時の人々がいかに知恵を絞り、いかに努力してこのダムを作ったかが想像された。
5、経済検証
A,北京オリンピック
今後の中国経済を考える上で欠かせないのが北京オリンピック。全部で33もの会場を使用するこの一大イベントは、鉄資源の輸入の増加や流動人口の増加をもたらし、中国の経済成長にも大きく貢献する。数日間のイベントにしか過ぎないオリンピックは、一国を変える力を持っているのだ。
北京現代自動車は、2002年に着工された中国を代表する自動車メーカーのひとつだ。年間70万台の生産を目指すこの会社は、経営理念や性能が先進国のそれに近い。この会社を見て中国の先進国化・市場経済化を垣間見ることができた。 工場に入ってみて気づいたのはその綺麗さ。どこも清掃が行き届いており、日本の自動車工場さながらだった。中国の工場に対するイメージがここを見たことで大きく変わった。 C、西部大開発
今回の経済調査の中の主軸だったのがこの西部大開発。中国を左右するこのプロジェクトは、経済発展を考える上で最も重要な事柄である。 西部の特徴としては資源の豊富さや土地の広さなど、良い条件がそろっている。しかし、資源においてはその利用効率が悪く、産業においても農業など一次産品への依存度が高い。また外資や民間資本が弱いことなども起因して、他の地区よりもGDPが低いのだ。中国全土の約7割を占める西部がこういった状態にあるのはやはり問題だろう。 西部大開発によって得られた成果は大きく、1999年には7.25%だったGDP成長率は2005年には12.7パーセントまで伸びた。2000年から2006年の間に西部のGDPは約2倍になり、西部経済は飛躍的に発展した。また、教育や環境などにも改善が見られ、西部大開発は様々な場面に良い効果をもたらした。 しかし、これですべての問題を解決したかというとそうではない。衛生面や保険の分野はまだまだ不十分であり、工業排水などの問題も解決されたとはいえない。また、中央政府による産業調整も滞っており、まだまだこの政策を推し進めていく必要がある。西部大開発の話を聞くと、中国の人々がどれほどこの計画に尽力しているかがわかる。 私はすでに経済・教育・食料などに恵まれた国で育ったから気づかなかったのかもしれないが、自分が生活している環境も前の世代の人々の努力によるものなのだなぁと、西部大開発を進める人々の姿を見て感じた。今後もこのプロジェクトが進み、次の世代の人々がより裕福な生活を送れることを心から願いたい。