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学生による履修報告 : 宮崎悟

日本に帰ってきて二日、三日が経った。覚えのある、前と同じ毎日がやってきて、前とじように毎日を過ごしている。中国にいたことが嘘のように思える。

あんなに濃くて充実した二週間は、私の今までの人生の中にはなかっただろう。これからもそうかもしれない。それくらい特別な時間であり、間違いなくこの経験は私の財産となった。全てのすばらしい経験は、両親を始め、フィールドスタディに携わってくれた方々、先生、そして仲間たちの支えがなければありえなかったことで、感謝の気持ちでいっぱいである。

フィールドスタディを通して、たくさんのことを学び、たくさんの新しいことに興味を持った。なかでも北京大学での一週間は、私の中に、確かな意識変化をもたらした。

塔があり、池があり、大きな図書館や食堂などのたくさんの施設があり、ものすごい数の学生がそこで寮生活を送っていて、北京大学は、まるで一つの「マチ」のようだった。そして、そこは、生活の一部に勉強があるというよりは、勉強が、生活そのものであるようだった。そこに、本来の学生の姿というものを見た。学校を見学して回っている間に、自分の学生生活がどれだけちっぽけで、無駄ばかりしているかを、改めて考えさせられた。本当に良い刺激になった。今後の学生生活に活かせればと思う。また、観光客で賑う正門を目の当たりにして、中国での北京大学の位置付けが相当高いということが伝わってきた。一週もの間、北京大学で学び、生活するということは、大変貴重なことであることをそのとき実感した。また、経済学という科目の魅力に気づいたのも、フィールドスタディで収穫したものの一つとしてあげられると思う。私は、法学部を諦めて、仕方なく経済学部に入学したので、経済が好きではなかったし、何が面白いかも分からなかった。しかし、普段気にも留めない買い物という単純な経済活動が、中国、異国ではこうも違うものだとは思いもせず、そこに魅力を感じた。その単純な行為を通して、買い手と売り手の関係から、政治体制、さらには文化の違いが見えてくるとは。経済学がどういう科目であるか、はっきりわからないが、経済が様々なことに複雑に関連するのを実感した。

収穫したものは他にもたくさんある。反省点というか、悔いが残ったものもその中に入ると思う。

みんなと比べ、行く前の、何を目的として行くかの意識が圧倒的に低かった。それが現地に行ってからも影響してしまったと思う。講義で思わずうとうとしたり、ガイドさんの説明そっちのけでついつい写真を取るのに夢中になったり、現地での調査に積極性が欠けていたり、本当に損をしたと自分でも強く思う。ただ、これを途中で気づくことができ、改善して行こうとする自分がいて、その点は収穫といってよいと思う。賢い情報の集め方を学ぶことが出来た。でもやっぱり惜しいことをしてしまった。

このように反省すべき点もあったが、今回私が目的としていた異文化を理解するということに関しては、現に私が中国を好きになって帰ってくることが出来たのだから、大成功だったと思う。偏見が先走りして、あんなに不安がっていた前の自分が恥ずかしく思う。だからと言って、もちろん中国の全てを見てきたわけでもない。私が見てきたのはほんの僅かな部分に過ぎず、まだまだ知らないことだらけだと思う。しかし、メディアで報道されているほど悪い国ではないのは確かだった。偉そうな言い方になってしまったが、本当に魅力がいっぱいの国だった。マスコミが、どれだけ偏った報道しかしていないのかが、よく分かった。

行く前の自分のことを思うと、先ほど言ったように、やはり偏見を持っていた。その原因となっているのが、メディアというのも確かだ。しかし、自ら知ろうともせずに、ただ悪く言うことは、本当に酷いことで、悲しいことであるのを、この二週間で学んだ。果たして私は、偽ディズニーランドやダンボール入り肉まんを笑う前に、中国の良いところを探そうとしただろうか。ましてや、日中戦争の事実を知ろうとしただろうか。抗日戦争記念館は、本当につらかった。何度も目を背けてしまった。そこにある事実は、残酷や非道なんてものではなかった。日本の兵士は人間ではなかった。このことを、過去の過ちとしてではなく、被害を受けた側の立場から、まじめに、冷静に考えたことがある日本人は、いったいどれくらいいるだろうか。そう思うと言葉が出ない。悲しみと同時に、怒りすら覚えた。中国を悪く言う前に、日本人である以上、このことは絶対に知っておけと、偏見を持つ人たちに言いたい。

中国の経済が今現在も急激に成長しているのは、街に出れば、誰でもそれを感じるだろう。まず、建設途中の建物や、超高層ビルが立ち並んでいるのが目に入る。しかし、そこには先ほども言ったようなアジアを思わせる道路があり、少し裏に外れると昔の趣が残る下町が存在している。このように、今と昔の融合というか、新しさと古さが混ざり合うというか、欧米とアジアが組み合わさったというか、ともかく、そこには私たちの知らない中国があった。私にはそれが妙に魅力的に思えて仕方がなかった。カメラを持って何時間でもいられるような気がした。なかでも、京都のモデルとなった西安は、どこを撮っても絵になり、感動すら覚えた。そしてなんといっても東京顔負けの大都市上海である。一応横浜育ちで都会っ子としてのプライドを持って臨んだが、そんなものはすぐに玉砕した。移動のことを考えると、上海にいたのはほとんど最終日だったにも関わらず、それを惜しむどころか、騒いで、はしゃいで、それはもう、ある意味最高の終わり方だったと思う。あの夜景は、今なお目と心に焼き付いている。世界は広く、自分は本当にまだ何も知らないことを実感した。

中国の魅力を語る上で欠かすことができないのは、やはりそのスケールの大きさと、歴史の厚さだろう。どこに行ってもその広大さと歴史には、ただただ驚かされ、圧倒されるばかりだった。天安門広場は教科書の写真などで見たことがあったが、あの毛沢東主席の顔がいつまで近づいてこないように感じた。鉄鋼工場だってこっちでイメージする工場の何倍もの大きさだった。万里の長城、楽山大仏に至っては、何百年も昔にあれをどう造ったのか、とてもじゃないが考えられなかった。他にも顧和園、故宮、二王朝、つり橋など、とにかく全てにおいて長い歴史、スケールの違いを感じた。なかでも兵馬俑は衝撃的だった。生前の始皇帝の生活そのものを、来世に持って行こうとしたもので、兵馬のみではなく、宮殿の実物大のレプリカや、文官や芸人等の傭も大量に発掘されたのである。これらの兵士の俑にはどれ一つとして同じ顔をしたものはないことや、秦の軍隊がさまざまな民族の混成部隊であったこと、かつての秦の敵国が存在した東方を向いて置かれていたことなど、本当に信じられない発見の連続だった。付け足しとして、第一発見者である副館長が握手やサインをしているのを見て、ミーハーな私は、映画の世界に入ったというか、歴史に触れたような気がして、とても舞い上がってしまったのを覚えている。

文化や生活に戸惑うこともあったが、それなりに理解することが出来たと思う。最初は、お腹のことを考えて探る程度のものしかできなかった食事も、実際日本で口にする中華の何十倍もおいしかった。慣れてきてからは、それはまあ食がよく進んだ。また、最初は、灯の少ない夜の街、そしてなんといっても、道を渡るという行為が怖くて仕方なかった。日本では見たことがないほど車線がたくさんあり、交通量も半端じゃなく多く、さらにはクラクションが鳴り止まず、追い越し、追い抜きが当たり前で、そこはまるでF―1の世界のように思えた。信号に関してはその存在価値がよく分からず、ましてや原付のヘルメットは存在すらせず、そこにアジアというものを感じた。しかし、それも慣れてしまえばなんともなかった。最終的には、夜出歩いたりや、道を何も臆することなく渡れるようになった。そういった経験を通して、いつしか堅苦しい日本よりも、どこか自由な中国の方が過ごしやすいように思えたほどで、自分でも溶け込んでいっているのを感じた。

環境に関しては、ホテルで洗剤の使用量を制限したり、工場で特殊な煙突をしたり、また、オリンピックが近いからか、北京市内ではごみ拾いをしている人をよく見かけた。しかし、厳しいことを言うようだが、果たして中国の人々に環境への配慮の意識が生まれているのかというと、少し怪しいかもしれない。それは、マナーやモラルに関しても同じことが言える。良い言い方をすると、確かにそれを自由に感じることもあるかもしれないが、中国が世界をリードするような国になるには、そこの改善は不可欠である。正直、ここまでは行く前にも分かっていた。ここからが、今回の収穫である。中国はもうすでに大きく動き出しているのを、農村調査で知った。中国は急激に経済発展しているにも関わらず、全体の約三・四割を農民が占め、その発展のなかで農村が遅れをとっていて、それが大きな問題となっている。私たちが行った昌平区の農村では、この打開策として、株式新農村という新たな政策をテストとして実施していた。これは生産発展や村民の生活向上を目的とし、そこから自治体としての共存の意識や文化が生まれ、モラルやマナー、環境への配慮に繋がるのではないかというものだった。地方官僚との関係、農村の管理体制など中国の農村の実態についてはほとんど知らないが、時間がかかるにしても、農村から意識を改善していくことは、良い国づくりに繋がるのではないかと思った。

中国には古い歴史があり、今なお残る建造物も数多く存在し、広大な自然もあり、先進国顔負けの都市もあった。偏見や悪いイメージで霞んでいたしか見えなかったものも、今でははっきり見える。本当の中国をこの目で確かめることができた。地図で見るよりも、近い距離になった。そして世界は広がった。十四日間、今思うと、あっという間だった。中国生活や人間関係に苦戦して、つらく思うことも少しあった。でもそれ以上に得たものが多すぎる。本当に参加してよかった。そして無事このプログラムを終えることが出来て本当によかった。出会いや思い出も含め、最高の宝としか言いようがない。