学生による履修報告 4

中国から帰ってきて、3日目やっと頭の中が整理されてきた。まず、中国へ行く前に大きな試練が課せられていた。台風である。正直、行く前は飛び立つのかが不安で仕方がなかった。結果的には無事に飛び立ったのだが、成田で大きな足止めを食らう事となった。中国では1時間の時差しかないので到着後は特に健康上は問題なく、むしろはやる気持ちを抑えることができなかった。中国についてまず驚いた事は、限りない闇の夜空、実家でもみられないくらいの真っ暗闇、24時間明かりが存在する日本の暮らしでは考えられなかった。中国での交通手段はほぼバスだったが、運転が荒い、バスの運転手も荒い事は確かだが、北京は何となく街全体がいきり立っているように思えた。br /> また、路面もガタガタでアマゾンの奥地にでも行ったかのような錯覚に陥った。br /> 最後に1番はやはりトイレ事情であった。私たちが宿泊したホテルはまだ綺麗な方で、ガソリンスタンドに立ち寄った際に入ったトイレは軽いトラウマになりそうなほどの衝撃を覚えた。トイレに関しては日本に生まれて本当に良かったと思えた。

翌日から本格的な中国での生活となった。北京大学は日本の大学とは比較にならないくらいの巨大な施設で、1つの街が形成されているように思えた。現地の学生に案内されキャッパス内を歩いてみた。巨大な池を見た際ここは国立公園なのではないかと思った。北京で思ったことは田舎な部分と都会的な部分が共存していて日本の京都と同じ匂いがした。2日目のプログラムは盧溝橋事の現場と日中戦争記念館の視察であった。盧溝橋に来た際、ここで実際に教科書で見た事柄が繰り広げられていたと知り、感慨深い気持ちになった。博物館では、実際の写真を見る事ができとてもつらい気持ちとなった。特に、後半にかけての写真は目を背けたくなるような数々で戦争のむごさ、残酷さを肌で感じた。また、互いの国の教育方針でこれだけの互いの国々で相違があることにも疑問を感じた。

相違の点で1番の驚きはやはりモノに対する価値観である。A級のニセモノブランド市場に行った時、悪ではなくてオリジナルであると正当化していてあまり気持ちの良いものではなかった。カルティエやプラダ、フェラガモなど高級ブランドのニセモノが破格の値段で売買されているではないか。店員はこれで生計を立てている人もいるので複雑な気持ちになったが、ニセモノが出回り多くの人がニセモノでも使えればいいという考えが蔓延する事は極めて危険ではないかと思った。
本物だけが発するオーラ、また、ブランドに対するリスペクトの気持ちが強かった私は賛成できなかった。

北京には798芸術区なるものが存在していて、チャイナアートの完成度の高さに度肝をぬいた。新新鋭の奇抜な作品がなんとも打ちぱなしのコンクリートに映えていた。水墨画や陶芸以外にもあることがわかり新しいアートの息吹を感じた。

北京でやはり1番の思い出は万里の長城である。体力だけは自信があったのだが、ほとんどが急な階段だったので尋常じゃないほどの汗をかいた。苦労して登った甲斐あって、2時間ほどでようやく頂上を登りきった。頂上の空気は澄んでいて、登りきったという満足感で一杯であった。その日は、体力も使ったので中華料理にもよく手が伸びた。

屯渓では気のいいガイド、王さんに案内された。屯渓は、交通も少なく町並み的にも穏やかな印象であった。古い村、に案内された時とても衝撃を受けた。今の日本では考えられないほどのアナログな暮らしぶり、やはり閉鎖的だったためだろうか。日本もペリーが来航して来なければ、もしかしたらこの村に近い存在だったかもしれない。しかし、閉鎖的でも繁栄を図ろうとしたため工芸品など卓越した腕を持った職人が存在してくるのだと思った。次の日は黄山への山登りの日であった。ロープウェイで半分以上登るのだが高所恐怖症の私は雄大な景色を見る余裕もなかった。ホテルまでひたすら登るのだが、涼しい気候だったので息も切らすことなく登りきった。山から見渡す景色は別格で、思わず2年生達とはしゃいでしまった。山自体はごつごつとした岩肌で、今まで見てきた水墨画の世界そのものであった。山が雲にかかっている姿はとても妖艶で龍が出てきてもおかしくない世界が広がっていた。翌日早朝から日の出を見に行ったのだが、格別であった。この世にこんな綺麗な世界が広がっていることを知り感動した。天下の名勝、黄山に集まるこの意味がわかったように思えた。

最後は、上海このフィールドスタディーで1番期待していた街である。期待通り街並は東京のようでとても都会的であった。また、来年の上海万博に向けてあらゆるエリアが工事されており来年への期待が高まっていた。ここでも昔ながらの村を視察したのだがこちらは前の村よりも裕福な様子であった。やはり、運河が発達しているので、外部とのコミュニケーションがあったため閉鎖的ではなかったのだと思った。船に乗った際に、おばさんが民謡を歌ってくれた際、昔の人々もこうやって聞いていたのかなっと思うと暖かい気持ちになった。

上海の博物館に言った際、やはりアートが気になり掛け軸などを見て周った。中国の墨絵はやはり力強さ、そして濃淡にあると思う。難しい事はわからないが、中国人にしか表現できない世界観があって特に色の組み合わせ方が大変勉強になった。最終日、とても憂鬱であった。なぜなら、このプログラムが終わればこれから現実が待ち受けているからだ。訪れた場所は、証券取引所で中国を動かしていると言っていいほどの重要な場所だ。新型インフルエンザの影響で外国人の出入りがかなり制限されていたので戦場は見る事ができなかったのだが外からでも熱気がつたわってきた。この後、最後の中華料理を腹いっぱい食べ日本に帰国したわけだが、2週間でここまで満喫できるとは思っていなかった。私は、現在内定を頂いているのだが、1年早ければ面接などでもっと実の詰まった会話が出来たのではないかと思った。やはり何事も経験することはお金には変えがたい。初めての海外旅行だったため悪い所も目に付いた。特に目に付いたのはマナーの悪さである。電車での通話、ポイ捨て、そして交通マナー、日本といちいち比較してしまった。教科書や本などでは発展していると書いてはいるが、上辺だけでまだまだ国を挙げて取り組まなければならない事はあると思った。しかし、ネガティブな部分ばかりではない798芸術区で数々の作品の、中国企業で見た太陽電池などこれから世界をも魅了する生命の胎動を目にして、ますます中国の成長を感じる事ができた。特に来年には上海万博が開催されるため2010年は中国に目がはなせない。最後に、この11日間の経験が自分の中で静かにろ過されて、これからどのような場でこの体験を昇華できるかはまだわからないが、日本という国が前よりもとても愛おしく思ったと同時に自分たちがどれだけ恵まれた環境下でいたかを知れるいい機会であった。