学生による履修報告 3
学生レポート 3
7月31日に私たちは中国に足を踏み入れました。中国の空港のデザインに中華の要素は全くありませんでした。先生いわく、フランスの方がデザインしたらしいので、それも当たり前だったのかもしれません。空港では日本でもお馴染みのピザーラがあり、中国にもあるのかとしみじみ思いました。また、ホテルまでの道のりでイトーヨーカドーがありました。中を見たかったのですが、中国に着いたのは夜遅かったのでそのまま北京市内のホテルへと貸切バスで向かいました。北京のホテルはとても綺麗で、選手村として使用されていたこともあったそうなので、キッチンやリビングもとても使いやすかったです。
8月1日、中国での初めての朝食はバイキングでした。席を確認せずにお店の人がどんどんお客をいれるので、席が足りず席を探すのが大変でした。そのことで、カク先生と宋先生が「これも競争社会のひとつ」という話しはとても説得力がありました。そこで初めて、中国のお粥をいただきました。日本で、というよりも自分の家で作るお粥には塩が入っているので物足りない気がしました。トウモロコシのお粥も頂きましたが、味の違いが分かりませんでした。
その日は天安門広場と、故宮へ行きました。天安門広場は大きく、いかに中国の人々が毛沢東を慕っていたのかが分かり、また永遠とこのまま続くのではないかと思うほど壮大な故宮建築は細かなところにまで凝っていてずっと見ていたくなりました。故宮をみて思ったのが、中国人と日本人の写真の撮り方の違いです。日本人は大抵ピースで、同じポーズをとるのに比べ、中国の人はモデルのようにひとつひとつのポーズを決めてとるのです。少し恥ずかしい気もしますが、羨ましい気がしたのも確かです。
8月2日は8時集合だったので7時に明治学院生で集まり、中国のマックで朝食をとりました。値段は7元で日本円とあまり変わらず、味も変わりませんでした。
その後、貸切バスで万里の長城へ。万里の長城は写真で見るのと全く違いました。ところせましに人が自分の名前を彫っているのは、なんとなくショックでした。万里の長城は階段が90度だったり、急な坂だったりと、かなり乱雑な感じで作られていました。どこまでも続く万里の長城は先が見えず、なんだか怖い気もしました。お昼は農村観光の村で食事をしまいた。とにかくどんどん量が出てきて、ほとんど残してしまって本当にもったいなかったです。
8月3日の朝ごはんは、昨日ホテルの近くで買ったカップラーメンを食べました。お湯を沸かしてから、箸がないのに気付きましたが、張さんに聞くとカップの中にフォークが入っているというので開けてみると確かにプラスチックのフォークが入っていました。とてもおいしかったです。
その後、全員で789へ行きました。789はもともと工場で、今は美術村です。ところせましに美術品があるというわけではありませんでしたが、ところどころにある像はとても素敵で、精巧でした。特に狼の像は、歯一本一本はもちろん、狼の姿勢までそれぞれ違い、一体一体時間を掛けて作られたというのが素人の私にもわかりました。また、美術館で日本のアニメのような絵を見つけ、説明文を読むと、やはり日本の絵を勉強した方の絵だと書かれており、どこに行っても日本のアニメの特徴は分かるものだと思いました。789でいただいたナスのパスタはとてもおいしく、もっとゆっくり食べたかったです。
その後、松下電工(パナソニック)へ。中国に進出した(パナソニックとしては)一号店は、トイレが北京の空港以外で一番綺麗で感動しました。中国のトイレは日本と大きく違い、嫌な思いをしていたので、日本とほとんど変わらない松下電工(パナソニック)のトイレはすごく嬉しかったです。
松下電工(パナソニック)製品のコンセントは日本では白色のものが売れますが、中東では金や銀のものが売れます。電球に関しては、日本では売れなかった電球に絵が入ったものが、中国では子供部屋ように売れているそうです。その国にあった製品というものを開発することが大事だと高見さんは言っていました。
また、工場内では両手でなければ操作できない器具か多くあるそうです。理由として、片手で操作できるものだと、怪我が多く、昔の日本では労災保険を貰おうとして、わざと怪我をする人たちもいたので、それを参考に、両手でしか操作できない器具を使用しているそうです。
夜は北京ダックのお店へ。まさに中国のお店という雰囲気で、赤を基調としたお店でした。料理は抜群においしかったです。飲み物で飲んだ、ココナッツジュースも甘くてのみ安かったです。
夜は張さんにストリートバーのようなところに連れて行ってもらいました。お店がずっと続いていて、中ではその店にあった曲を歌っている人がいます。なんだか、夜の街に飛び込んだみたいでどの店にも決められずにいると、湖でボートに乗船できるところがあり、みんなでボートに乗りました。最初はどの人もうまく出来ませんでしたが、だんだん遠藤さんがうまくなり、遠藤さんが助手席に座り、みんなを指導するという形で運転しました。
その後は時間も遅くなったため、お酒も飲まずにみんなで帰宅しましたが、最後に出店のようなところで、児玉君がジッポを購入していまいた。張さんにお店の人と交渉してもらい、40元が25元になったそうです。やはり日本語を話すと値段が高くなるので、お店では一切日本語は話さず全て張さんにお任せでした。
8月4日は5時半集合と、とてもハードでしたが時間に間に合ってよかったです。新幹線の乗り場は空港のように天井が高く、広く感じました。新幹線の乗るときもでしたが、地下鉄などに乗るとき荷物チャックがあり、宋先生に尋ねると北京オリンピック以来続けているそうです。多少めんどくさいと思いましたが、それで、危険が防げるのならば大切なことだと感じました。ただ、それが、毎日の通勤でごったがえす日本の電車では不可能なのではないかとも思いました。
そのまま新幹線で青島へ。青島の町並みは下町という雰囲気が漂っていました。少々怖いとも思いましたが、もっとゆっくりと観光したい場所でもありました。夜にいただいた海鮮料理はとてもおいしかったです。ハマグリの蒸し焼きはもちろん、ホタテのわさび味もとてもおいしかったです。私はホタテが嫌いだったのですが、食べてみたらとてもおいしく、青島に来たら是非またこのお店に来たいと思いました。
8月5日は海信日立工場へ。海信日立工場は高速道路でも行けるのですが、時間短縮のためクルーザーで行きました。あいにくの天気であまり遠くの景色までは見られませんでしたが、日本でもなかなか乗ることのないクルーザーはとても爽快な気分になりました。
海信日立工場ではおもに、空調機を製造しており、中国市場でも人気の就職先だそうです。工場では、入社したての方と班長の方に話を聞くことが出来ました。特に印象に残ったのは、班長さんの夢です。班長さんの夢は、誰もがもつ社長になることだそうです。しかし、そういうポストの地位があまり上にいくことが出来なくなったら、家の近くで家族と商売して、そこそこ楽しい生活ができればいいという話も聞けました。それは、日本人も中国人も変わらない、人としてあたりまえの夢なのかもしれません。
夜は青島から上海へ。飛行機が1時間ほど遅れ、空港で待つことになりました。最初は4人で始めていた大富豪に、先生が混ざり、明治大学の院生が混ざり、最終的には7人で大富豪を。とても盛り上がって、楽しかったです。中国では、大富豪はないのかもしれません。今度、中国のトランプ遊びをぜひ教えていただきたいと思いました。
8月6日は昭和電工へ。昭和電工ではサントリーの烏龍茶がだされ、苦く感じました。中国のペットボトルのお茶には基本的に砂糖が入っており、砂糖を入っていないペットボトルを探すほうが大変なんだそうです。中国にいる間、ずっと砂糖入りのお茶を飲んでいた私は、味の感覚が甘党になっていたらしく、日本では感じなかった烏龍茶が苦く感じました。
昭和電工は毒物を扱っていることもあり、工場見学ではじめてヘルメット着用が義務付けられました。どんなものなのかと緊張しましたが、工場内は今までの工場よりもごてごてしていなく、どちらかというとすっきりしていました。
昭和電工の藤岡さんの話では、中国での事業運営はとても難しいそうです。即断即決、臨機応変が大事で、朝令暮改の考えでついていけないそうです。BMC、VE、EMと従業者の仕事時間もまちまちで、その仕事にあった時間に業務をこなしています。例えば、VEは原料の関係で包装を最初の手順でやらなければならないが、EMは最後でもいいのでその分、従業者の夜勤を減らし、8時半から17時に業務を集中させているそうです。また、昭和電工では、一ヶ月に遅刻を3回すると半日分の給料を減らすという規則があるそうです。半日分と聞くと少なく感じますが、中国の人にとってはそれはとても大きな損害なので、皆遅刻はしなくなるそうです。
夜は先生と小龍包のお店へ行きました。そこで、初めて中国の小龍包とラーメンをいただきました。横浜の中華街のラーメンよりも数倍おいしかったです。
それから、和平ホテルの前で去年のフィールドスタディー参加者の足立さんと大江さんと合流しました。たった一歳差なのに、とても大人に見えました。そして、全員で上海といえば・・・電波塔!ということで、電波塔へ行きました。きらきらとしたミラーボールのような電波塔は、上海の町並みのように輝いていました。その後、宋先生のおごりで去年の先輩達のフィールドスタディーの様子やさそりの話をビールやジュースを片手に聞けてとてもたのしい時間でした。私の入っているサークルはあまり活発ではないので、先輩達とのつながりが出来たことがとても嬉しかったです。そのまま楽しく話していると、終電を逃してしまってびっくりしました。上海なのに終電が11時は早すぎです。なかなかタクシーが捕まらず大変な思いをして、やっとついたホテルで死んだように遠藤さんと眠りました。
8月7日は楽しみにしていた上海万博へ!混んでいるところは本当に混んでいて、2時間待ちというのは書かれていないようでしたが、それだけ待つのは容易に想像できました。
私たちはすいていて、すぐ入れるところをひたすら攻めていきました。
お昼もせっかくなので中華風のお店へ。隣の席の円卓で、中国人の方がケンタッキーを中華と一緒に食べていたようでゴミが沢山円卓に残っていました。中国人のマナーの悪さとも思いましたが、それを片付けるお店の人は心底いやそうな顔をしていたので、数名のマナーの悪さのせいで中国人すべてを否定することは出来ないと思いました。
そして、午後はイランや北朝鮮などの館を見て周りました。北朝鮮館は中国の援助のもとで出展している部分もあると聞いたので中国と北朝鮮の関係を調べてみたいというきっかけにもなりました。上海万博ではただ楽しむだけだと思っていましたが、思わぬところで他国と中国の関係が気になる場所にもなりました。
夜は広東料理のお店へ。鳥のご飯をいただきました。日本の炊き込みご飯のような味で、とてもおいしかったです。
. 8月8日は森ビルの隣のビル、金茂ビルへ行きました。金茂ビルを下から見上げたときは森ビルよりも大きく見えましたが、実際金茂ビル88階から森ビルを見てみると、森ビルのほうが高くてびっくりしました。下から見るのとは全く違った景色でした。
夜ごはんは日本人が好むというお店へ。坦々麺はやはり辛くて食べれませんでしたが、経験するのにはもってこいでしたし、他の魚料理は辛くなく、芋の甘い、春巻きはとってもおいしく、日本でも売れると思いました。どの料理もとても食べやすくおいしかったです。
8月9日に飛行機で帰りました。10日間は、本当にあっという間で、帰るときすごく残念でした。初めて、中国の地に足を踏み入れたとき期待と不安でいっぱいで、最初の頃はお腹が痛くなったり、日本と違ったトイレに気分が悪くなったりしましたが、日増しに中国に慣れ、どんどん中国という国に興味を持ち始めたときに帰国。本当に残念でした。行く前に、中国に特に悪い印象を持っていかないように中国に行きました。それは、先生に何度も言われたことでした。実際、日本にいるだけでは分からなかったことがたくさん分かりました。あふれるような情報の中で全てを読み取るのは困難です。その中で私たちはいつだって、自分の都合のいいような情報しか見ていなかった気がします。今回のフィールドスタディーで見るものすべてが変化した気がします。
この旅行で、私はさまざまな事を学べました。それもこういった環境を整えてくださった宋先生や、安心してともに学べた明治学院大学の仲間をはじめ、明治大学の人のおかげだと思いました。本当にいい旅行は、ともにいった仲間で決まったりするもので、今回は本当にいいメンバーに恵まれました。
フィールドスタディーに参加してよかったです。ありがとうございました。