学生による履修報告 4

 

学生レポート 4 

中国へフィールドスタディーに行った事により、様々な中国に関しての固定概念をなくすことができました。その固定概念とは、食の安全の心配・治安が悪そうなどです。
実際は、生水や食べ物を買う場所に気をつければ、食中毒にはならなりませんでした。治安も、自分で荷物の持ち方に気をつけて持っていれば、強引にひったくられることもありませんでしたし、スラれることもなくて、良かったとおもいます。

1日目(7/31)
日本から北京首都国際空港に到着。その時に飛行機を出てから荷物受取り所に向かう間の移動に鉄道を使う事に驚きました。日本では、シャトルバスで済むような所を鉄道にするというのは、やはり中国は人口が多いのでバスでは入りきらないからなのかなと思いました。

空港から宿泊先にバスで向っている時、外を眺めていたら、Pizza Hutやケンタッキー、マクドナルドなど世界的なファーストフード店の他に、イトーヨーカドーやIKEAなど日本に馴染みのある店を発見しました。
実際にこれらのお店を回って、商品を比較してみたかったが、時間がなかったり、宿泊所から遠くて行けなかったりして、3日目の朝食のマクドナルドしか行けなくて残念でした。中国のマクドナルドも日本と同じくらいの値段でメニューも味も同じでした。ユニクロもスターバックスまだも日本とほぼ同じ値段で、有名企業はどこの国であっても値段は変わらないようです。
中国は日本の物価より安いのに日本と同じような値段で売るのは、あまり経営戦略的には良くないと思ったが中国国民にとっては海外からのブランドだから値段が高くても気にならないのかもしれません。

上海のデパ地下のスーパーでは、午後の紅茶という日本製の日本語で書かれている商品が通常の日本で販売されている価格の2倍近い値段で売られていました。
輸入するだけで、こんなに高く売れるのだなと思いました。しかし、円高なので、輸入する品は高く値段がつくのは、あたり前のことだと思いました。

2日目(8/1)
天安門広場周辺の散策の時、アイスクリーム売りやおもちゃ売りなどお店を構えず、通行人に声をかける物売りがたくさんいました。中国語がわからないので、無視して通りすぎましたが、なかにはしつこい人も多くいました。これほど、必死に物を売り込むのは、ここで物を売って生計をたてている人も多くいるからなのかなと考えました。
日本では、募金を集める人やアンケートをお願いする人が通行人に声をかける、という事はあっても物売りはほとんど見かけません。それは、日本人は怪しい人から物を買わないとうい事を親や学校から教え込まれているので、日本で物売りしても売れない。だから、日本には個人の物売りはいないのではないかと考えました。

また、観光地なのになぜこんなに物乞いがこんなに多いのかとずっと考えていました。歴史的な地にいて、感動している反面、中国の格差の厳しさを感じました。
その場にいて、貧しい人を見ていると心苦しくなり何かをしてあげたいと思いました。私たちができる事は、売っている物を買ったり、寄付をする事しかありません。しかし、宋先生がおっしゃった通り、見るからに貧しさを演じて、物乞いを職業にしている人がいて、そう簡単にはお金を寄付したりはできないと思いました。
やはり、その格差の問題を解決できるのは、中国政府しかないと思いました。人口が多いのでなかなか福祉がゆきとどかないのは仕方がないことです。
しかし、中国政府は付加価値税でたくさん税金をもらっていて、日本ほど財政が悪くないだろうから、もう少し社会福祉に力を入れるべきだと思いました。

3日目(8/2)
 農村部へ昼食を食べに行ったとき、農村地域に住んでいる人は都市部の人より格差が大きいのでみんな貧しいのかと思っていました。
実際、農村地域に行ってみると、家の外観はごく普通だったが、出でくる料理の数が普通の民家なのにレストラン並みの料理の数で驚きました。
その料理の野菜は、自家栽培なので新鮮な物を食べることができました。
伝統的な家庭料理を食べて、おいしいと料理もあり、日本人には合わない味付けもあり日本にはない料理を食べられて良かったです。

農業をするのと同時にレストランを開くというのは、産地直送でコスト削減になります。
都市部の人たちが農村部に来て休暇を過ごすようになり、それを利用して農村部の人々も観光ビジネスを始めるという、新たな中国ビジネスの変化を発見できてよかったです。 全ての地域を都市化するのが良いことではなく、田舎の農村も食をつくる重要な場だと改めて思いました。

4日目(8/3)
松下電工(パラソニック)の企業見学
中国で現地生産・現地販売をしているので中国向けの商品が多かったです。
文化の違いのせいか、日本では売れなくて中国では売れる照明のデザインがありました。
日本では、シンプルなデザインが好まれ、中国では柄の入ったデザインが好まれます。 コンセントにおいても、日本は白色の通常のコンセントが売れるが、中国では赤いコンセントなど、日本より少し派手なデザインが好まれるようです。
日本の企業だが国によってニーズに合わせた生産をすることがなることが大切なのだとおもいました。

工場の中は、多様な製品を少量生産するために、機械ではなく大勢の人が手作業で製品を作っていました。
多種類少量生産は、融通がきくことができて良いと思いました。在庫がなくなったら随時生産する仕組みは、無駄な生産をしなくて済みます。しかし、いつでも、どの商品も作れるようにするには、材料の在庫を確保しなくてはなりません。
常に材料をストックしておくには、広い保管場所が必要でありコストがかかるという問題があります。
私は、製品が売れ残るよりも、材料を保管しておく方が広さをとらずにコストは低いのではないかと思いました。

労働者は、年齢の低い同世代ぐらいの女の子が多いなと思いました。
広い工場で様々な部品が手作業で作られているのを見て、流れ作業で効率が良さそうでした。
雇用形態は直接雇用。労働契約法により、雇用期間が長くなったそうです。
正社員と非正規社員の違いは福利厚生の違いでした。例えば、通勤手当があるか無いかの違いです。

5日目(8/4)
新幹線で北京から青島へ
新幹線の窓から見た外の風景は、農村で畑にトウモロコシや野菜が植えてある風景が広がっていました。線路にそって木が植えられていたので外が木で見づらかったです。木で防音をしているのかなと考えました。

労山にある太清宮に行って、道教の寺院ということもあり、日本の寺院のような重々しい感じの雰囲気が漂っていました。道教は漢民族の伝統的な宗教なので、中国の人にとっては神聖な場所なのだなとしみじみ思いました。たくさんの、銅像や太極図グッツが売られていて、日本でいうお守りを売るのと同じ事なのかなと解釈しました。中国の寺院は日本の寺院よりも、色彩が豊かでした。

6日目(8/5)
宿泊先から日立海信へ行く途中、バスごと乗船する場面があり、車が上手い具合にきれいに整列していて、車の運転手さんはすごいと思いました。たぶん、私だったら曲がって駐車してしまうのだろうなと思いました。たくさんの車があったので、展望デッキよりも駐車上面積の方が広そうでした。

海信日立・ハイセンス
業務用の空調機・ルームエアコン・圧縮機・テレビ・冷蔵庫などの製造をしています。
経営者の話の中で、早めの商品開発をすることが大切だとおっしゃっていました。
やはり、電化製品にもトレンドがあり、北京で行った松下電工のように多種類少量生産は、理にかなっていると思いました。
雇用について、この会社の多くの労働者は一般的な作業員ではなく、多くの技術をもっている多能工だそうです。労働者を集めて勉強会を開いて多能工を強化しています。
新入社員のリウさんにインタビューして、就職活動の流れを聞く事ができました。
2年生の時から就職活動をしていて、就職が決まれば、3年生の時の大学の単位は免除されます。多くの学生は、日本の学生と同じようにインターンシップに参加してみて、企業研究をするそうです。

7日目(8/6)
昭和電工
危険科学品の製造をしている会社で、工場見学にはヘルメットも被り、一歩間違えると危ない所なのだなと思いました。
工場内では、作業員はほとんど男性で、働いている人の数も少ないように思われました。朝番・昼番・夜番に分かれてのシフト制で、24時間工場は稼動しています。それだけ、作る物は多いのだなと思いました。
研修を省くためあまり、新人は採用しないそうです。必要な人員を必要な時に採用するそうです。確かに覚える事が多く、危険を伴う職場は研修に時間がかると思いました。 研修では、2カ月間の研修でダメな人は不採用になったり、2~3年経っても成長しない人も解雇になったりと、厳しい環境でした。
販売は主に中国国内で、この業界は企業間の競争が激しいので、“速断速決”“臨機応変”さが必要だそうです。

8日目(8/7)
上海万博
今までで一番手荷物検査が厳しかったです。鞄の中の缶に入ったカロリーメイトでさえ、袋を開封しチェックされました。食べ物だと見てわかるものをわざわざ開封させて、過剰な検査だなと思いました。
いろいろな国のパビリオンを回りましたが、どの国の展示もパネルや実物・映像で紹介されていて、中国語が分からなくても、見て理解ができて良かったと思います。
南アフリカの間では、文化が少し似ている国がたくさんありましたが、ヨーロッパとアジアとなると、全く建物の外観から服装、人種まで違うのだなと思いました。
私達が行ったパビリオンは、発展途上国が多かったのですが、自然と共に文化を作りあげているという、先進国と違った良さがありました。
中でも、一生行くことがないと思われる、北朝鮮館のパビリオンは、日本を出発する前から期待を抱いていていました。実際行ってみて、まず、最初に見たのは、金正日ではなく、平壌にある主体思想塔と大同江の模型でした。北朝鮮なので、金正日を強く推しているのかなと思えば、そうではなかったのが予想外でした。しかし、主体思想塔は金日成の70歳の誕生日を記念して建てられたものなので、北朝鮮ではいつの時代も指導者に対して、信仰的なのだなと思いました。北朝鮮の人々の生活や文化は映像でしか見られなく、情報があまり得られなくて残念でしたが、少しでも、北朝鮮を知る事ができて良かったと思いました。

9日目(8/8)
金茂大厦(ジンマオタワー)の展望台からの景色を見て、上海の急激な発展を実感することができました。
東京のように、見渡す限り建物ばかりで、緑が見えず都会だなと思いました。
また、赤い家が一か所の区域に集中して建ててあったり、青い家の集団があったりと、同じ色の家が集団で建ててある光景があり、それらは、大規模なアパートではないかと考えました。赤や青など奇抜な色の家の集まりだったので上からみてとても目立っていました。

その他いろいろな場面で気づいた事
飲食店に割り箸がなく、ちゃんとしたお箸で出てきて何度も使えるようになっていて、環境にやさしい取り組みだと思いました。

スーパーやコンビニの袋が有料でした。日本も袋が有料になる日が近いなと思いました。まだ日本は、袋を要らないというとお買い上げ金額から2~3円の割引があるという消費者にとって利点がある制度で良かっです。

電車・バスの中で着信音を鳴らしたり、通話をしている人が多くいました。日本で通話が禁止されているのは、心臓ペースメーカーをしている人に害を与えてしまうからです。中国では大丈夫なのかと疑問に思いました。

ゴミ箱が、あっちこっちにありました。新幹線でさえ、ゴミを回収しに来た乗務員さんがいて驚きました。道端にポイ捨てをしないようにする良い対策だと思いました。

日本のようにスーツを着ている人をあまり見かけなかったので、電車に乗っていても毎日休日なんじゃないかと思うような光景でした。スーツを着るのは、銀行員ぐらいなので、スーツを着ている人を見かける確率は低くなります。

道路で車のクラクションの多さには、驚きました。横断歩道で上手く右折してきた車を避けられなかったりした時など、ちょっとした事でクラクションを鳴らされ、恐ろしい思いをしました。北京での最初の数日間は、横断歩道が怖いので極力、歩道橋を使うようにしました。

地下鉄に乗る度に必ず、手荷物検査があり、驚きました。やはり、上海万博が開催されているので、警備が強化されているのでしょう。中国にいる間、何が持ち込み不可能だったのかわからなかったので日本に帰って調べました。燃焼・爆発しやすい危険物(ムース、ワックス、マニキュア、香水、スプレー缶等の日用品を含む)及び刃物等を携行して地下鉄に乗車することはできないとされていました。買い物でこれらを買った人は、地下鉄に乗れないのかと思うと、不便に思いました。

まとめ
中国へ行って日本との違いをたくさん見つけることができました。
社会環境が、車優先、消費税がない、マナーが日本より寛大など、普通に生活しているだけでも、違いがたくさんありました。

マナーの寛大さには、戸惑うこともありましたが、慣れてしまえば気にならなくなりました。中国で生活をしてみて、中国では日本の生活習慣を忘れてその国の生活に適応させることが、大事だと思いました。

英語が通じないところもあり、大変でしたが、中国人は最後まで中国語で身振り手振りで私がわかるまで、伝えようとしてくれて意志が強いと思いました。言葉が通じなくても最後まで伝わるように努力するという大切さを学びました。

企業見学に行って、雇用や生産ラインの仕組みについて学ぶことができ経営に興味をもつようになりました。
中国は大量生産、大量消費というイメージがありましたが、見学に行った企業は無くなったら作るという方法で、在庫増加をなくす工夫がされていることを知りました。

また、中国はレジ袋の有料化、お箸の再利用で環境問題にもしっかり取り組んでいて、小さいことではあるけれども、日本よりエコだなと思いました。