学生による履修報告 2

 

学生レポート 2 

 今回、フィールドスタディーCにおいて、中国では非常に多くの発見、驚きがあった。もちろん、その中には、感動したことや、勉強になったこと、逆に嫌悪感を覚えたこと、いろんな感情を使い分けなければいけないほど、内容の濃い体験ができた。

 私がまず中国に行くことに関して不安だったのが中国人の反日感情である。尖閣諸島の問題や2004年のサッカーのアジアカップなどで、中国人の反日感情は明らかだったし、歴史的な背景から見てもそのことは顕著に示されているからだった。日本人である私たちを中国人は歓迎どころか受け入れようともしてくれないかもしれないとさえ当初は考えていた。
 しかし、いざ中国へ行ってみると、その考えは全てが正しいものではないことがわかった。露店やコンビニ、スーパーなどの店員は私たちが日本人であると判断するなり、日本語であいさつしてきたり、日本語が分からなくても、英語や表情、ジェスチャーなど、何かしらの方法でコミュニケーションをとろうとしてくれたりもした。また、北京大学の学生の話によれば、中国人男性は日本人女性が大好きらしく、日本人に対する壁もほとんどないように感じられた。北京大学での日中関係に関する講義では、中国人の日本人に対する印象は決して良いものではないものの、日本との関係を重要視しているというのも事実であり、若い年代に至っては、日本のアニメや漫画などの影響から、日本を好きな国の一つに挙げたりもしている。このような点から、中国人の反日感情は私が思っていたほど深刻なものではなく、経済や文化の繋がりを通して、むしろ友好的な一面もあるのだなと実感した。

 中国には、非常に多くの人口を抱えると同時に、貧富の差も、目で確認できるほど明確だった。もちろん、中国人の階層を細かく判断できるわけではないが、一般市民と貧困層の違いは明らかだった。中国ではまず、どの都市、どの町へ行っても売り子や物乞いをする人々が数多く存在し、中には自分の子供を包帯でぐるぐる巻きにして、いかにも衰弱しているかのように装い(定かではないが)、募金箱のようなものを置いてお金をもらおうとする人や、箱だけを持ってお金がもらえるまでどこまでも追いかけてくる人もいた。このような現状を見ると、日本ではやはり考えられない事実であり、世界第2位の経済大国としてどうなのかと考えさせられるものだった。
 また、中国の中でも割と内陸に位置する成都は北京や上海などの沿岸側の大都市に比べ、やはり格差を感じた。成都と言っても、古くは三国時代、蜀の都にまでなった都市なので、もっと華やかな都市なのかなと想像していた。実際は多くの百貨店などが立ち並ぶ繁華街は非常に栄えているものの、少し外れの方へ行けば、夜道は暗く静かで、車の通りも少なかった。しかし、古き良き街並みというような小さい商店街が数多く存在し、中には非常におしゃれなBARなどもあり、とても住みやすい町(四川料理を除けば)だと思った。
 今回は中国の中でもより西側の地域には行けなかったが、成都のような、決して観光で訪れることのない地域に行けたことは非常に良い経験になった。

 中国は世界第2位の経済大国であり、今後アメリカを抜いて世界一の経済大国も射程圏内に入っている。そんな中での、北京や上海など、中国国内の大都市の見学は非常に有意義なものだった。まず、北京は首都と言うだけあり、街の様子は東京をはるかに凌ぐほど発展していて、賑やかだった。それに加え、日本人も含めた外国人観光客も非常に多く、万里の長城や天安門など、観光スポットも多いため、経済的に潤うのも頷けた。町全体としては、外国の店が多く存在し、セブンイレブンをはじめ、ピザハットやスタバ、吉野家などもあり、日本をはじめ、多くの国が中国という大きな市場を有効活用していることが感じられた。
 GDPが国内最高である上海は言うまでもなく、非常に栄えていて、超高層ビルや変な形のビルなど、バスをタイムマシンに見立てて、未来を遊覧しているかのような景色だった。また、南京道路は日本の銀座のような街で、店や看板などの照明で、夜でも昼間のように明るかった。
 また、天津は近未来型のスマートシティの建設が進んでいるだけあり、模型で見てもその経済力や技術力の高さが窺えた。
 しかし、いずれの都市も、先ほども述べたように、売り子や物乞いが多く、それに加え、異臭などの衛生面が徹底されておらず、日本では百貨店のトイレは確実にきれいだが、中国の百貨店のトイレはまるで異空間であり、個室のカギは壊れ、床は水浸しであり、とてもゆっくり用を足せる場ではなかった。
 中国では交通インフラは整ってきてはいるものの、衛生面の問題が未だ顕著であり、表向きは世界でもトップクラスの経済、技術力が目立っていても、そのような負の面が中国の印象をガラリと変えてしまうので、それこそ日本を模倣したきれいな街づくりを徹底できないものだろうかと感じた。

 今年の3月11日、日本では東日本大震災が起こり、今なお震災の傷跡がはっきりと残されている。今回、四川省の文川において、2008年に起きた四川大地震の震源地を見学できたのは非常に貴重な体験だった。
 四川大地震から3年の月日が流れているにもかかわらず、未だ震災の傷跡がしっかり残っており、崩壊した道路や倒壊した学校など、まるでゴーストタウンのような静けさだった。また、遺族の方々からも貴重なお話を聞くこともでき、非常に心の痛むものだった。文川では他の大都市と比べ、やはり建物の耐久性が乏しく、それがこのような多くの犠牲者を生んだ要因であるようで、やはりここでも都市間による経済的な格差を感じた。
 私は直接被災したわけではないけど、同じ大震災を経験した国民の一人として、他人事とはとても思えず、日本人として四川大地震、また東日本大地震とどう向き合っていくかを改めて考えさせられた。

 今回のフィールドスタディーCでは多くの分野に渡って非常に良い勉強になった。伊勢丹の松元さんの話や、上海ジェトロの訪問はもちろん、何より言葉の通じない相手に対してコミュニケーションをとることの難しさ、重要さを実感した。日本語がほとんど通じないので、日本では考えられないほど英語を積極的に話したり、それでも通じないときは簡単な中国語の単語を連呼したり、または筆談したり。とくに値引きの交渉の際には勢いに任せた日本語交じりの中国語や英語が以外にも通じてしまい、それをきっかけに積極的にコミュニケーションをとることができた。これから、日本人が世界に進出していくためにはなによりより広い意味でのコミュニケーション能力が重要であり、それは語学力ももちろん大事だけど、語学を超越した積極性や感情表現の豊かさなどが大切だと感じた。
 今回のフィールドスタディーをただの思い出に終わらすことなく、就活やその後の人生にしっかりと活かしていきたい。