学生による履修報告 4

 

学生レポート 4 

 近年、テレビのニュースを見ていても「中国」というワードは昔より明らかに頻繁に聞くようになった。政治問題、経済問題、ジャンルは様々ではあるが、「中国」は日本で生活する私たちの耳に頻繁に入ってくる。私は以前から「中国」という国に関心を持っていた。留学も、イギリスやアメリカに行く人が多いが、私は留学するなら中国と考えていた。ゼミも、中国経済について研究するゼミに入った。でもなぜ中国なのだろう。その理由が明確な訳ではなかったのである。私にとって今回のフィールドスタディは不安もあったが、私の中国への関心の理由を明らかにすると言った意味で期待の方が大きかった。

 中国は全体的に歴史の国だと感じた。円明園、万里の長城、故宮など、世界的産物をたくさん見て歩いたが、すごく歴史を感じた。日本でも京都や奈良で歴史を感じることはできるが、日本では感じられないレベルであった。万里の長城は自分の足で登ってとても過酷だったが作った人のことを考えながら登り、頂上に着いたときはその景色の壮大さに息をのんだ。日本にはこんなものはないし、当時の中国の国事情と技術の高さ、労働量を感じた。他にも遺跡を回ったが日本にはまずあのような遺跡はない。少しヨーロッパに似ている。田子房や新天地を見ても感じたが、フランスのようなレンガ造りであったり街灯、カフェなど中国を感じさせない場所も多々あった。それは中国の植民地時代を表わしているのだろう。日本に比べて、面積はもちろん歴史の幅も広く深い。まだまだ歴史を感じる場所はあるはずなのでもっと見て回りたいと思った。

 歴史を感じるとともに文化も中国特有で色も濃かった。同じアジアではあるが、日本とはまるで違う。人々は日本に比べて個人の主張が強い。切符を買うときやレジなど、子供が並んでいたとしても大人が平気で抜かして行く。悪く言ってしまえば「自分良ければすべてよし」の国だ。また、町中車のクラクションの音が絶えない。日本ではクラクションを鳴らすことなんて、ごく稀のことである。中国人の個人主張の強さを感じた。だが、中国のスポーツの強さを見ていて、その強さはこの中国人の個人主張の強さ「ハングリー精神」が金メダルの数の理由なのかもしれないと思った。中国人の人間性とオリンピックでの成績は大きく関わりがあると思う。

 私が中国に行って一番強く感じたのは貧富の差だった。どこの国でも貧富の差はある。それはたしかにそうだ。もちろん日本にもあるし、中国だけが特別な訳ではない。しかし中国のその問題に関して強く心に衝撃を受けることが多かった。まず貧困層の貧困のレベルがかなり低い。生活に必死だという気持ちがすごく伝わってくる。お願いだから買ってくれ、ひとつでいいから買ってくれ、少しでも高く買ってくれ、思わず同情して買ってしまいそうになるくらい、その想いが伝わってくるのである。また、いわゆるホームレスといった者達もたくさん見た。この人たちはこの先どうするのだろう。日本のホームレスを見るより、その想いが強かった。中国にも低所得者、または貧困層への最低限の生活保護制度はあるようだ。だが、これで生活保護ができているのか。最低限生きていけるよう保障しているのではないのか。そう思った。さらに一番衝撃だったのは、こじきである。駅の階段で両腕がない人が裸足で何度も土下座をし、お金を下さい。と頭を下げていたのを見た。また北京では、明らか病気であろう人を抱え、座っていて前に紙コップを置き、お金を下さい。とただ何も言わずじっといているのを見た。また時には、ただお金をくれ、とついてくるお婆さんがいたり、新幹線の駅では、小学1年生くらいの子供とまだ5歳くらいの子供がお金ちょうだい。と言った目で足元の服を引っ張ってきた。このなんとも言えない気持ちはなんだろう。これが現実なのだ。子供が外国人観光客をターゲットにお金を求めて同情を誘ってくる。黒幕はきっと大人だろう。それもすぐに分かった。きっと貧しくて家計が苦しくて、大人がこの行動をしても効果が望めないから子供にやらせているのだ。お金を求めてくる子供はたしかにかわいそうだった。そう思った。でも果たして何がかわいそうなのか。貧しいことがかわいそうなのか、それとも、大人にこんなことを指示されて身につけて、そのことがかわいそうなのか、なにがかわいそうなのかわからなかった。そして悲しかった。また、障害者のふりだったり、病気のふりをしてお金を求めて近づいてくる人もいた。最初は、あの人病気なんだ、お気の毒に。と思っていたのだが、病気のふりをしている人も見かけるようになってからは、誰が本当に病気でかわいそうで、誰が病気のふりをしていてかわいそうじゃないのか、わからなくなった。そういった意味ではすごく怖かった。人の同情を誘ってお金を欲しがる中国人が。本当にかわいそうな人が誰なのかわからない。その現状がとても悲しく、虚しく感じた。

 中国に入ってからずっと感じていた空気の悪さ。外を歩いているだけで喉が痛くなり鼻が詰まる。そういった環境面で、問題を感じた。NHK上海支局でPM2.5のお話を聞いた時、自分が感じて思っていた以上に、中国の環境問題の危機を感じた。そこで問題とされるのは中国政府の対応である。中国政府は、空気は正常である。と発表していたのに対してアメリカは中国の大気汚染はとても危険な状態「danger」だと発表した。それに対し国民は中国政府に対して不満、不信感を抱くのは当然であり、一時は中国のSNSを騒がせた。当り前である。中国政府は現在、PM2.5を真剣で危険な問題としてとらえ、対策に取り組む、と発表しているが、アメリカが真実を公表していなかったらどうなっていただろうか。中国の環境問題は悪化するばかりである。

 近年のインターネットの発達、SNSやFacebookの発達は、こうした面で良さを発揮していると思う。国民の意見、不満、いわゆる世論が、簡単に誰でもわかるし、世界中が繋がっているので政府は、悪く書かれることを恐れ、警戒するだろうし、変な行動はできないのだ。良い意味で、世界中のSNSやFacebookなどインターネットの発達は政府の行動を左右する大きな国民の声となるだろう。これは中国にとっても大きな一歩である。

 中国の経済発展はたしかなものだ。上海に行って特にそう感じた。人件費の安さ、広大な土地、世界との交流も増え、国内GDP成長率も日本を上回るほど、大きくたしかなものだ。だが、それは中国のほんの一部であって、中国全体の経済成長が著しいのではない。個人GDPはまだまだ低い。これは極度の貧富の差を表わしている。すごく成長発展しているひと、土地があるのと同時に、生活に困っているひと、土地もまだまだたくさんあるのだ。むしろ後者の方が多い。中国の経済発展は世界的にも期待され、中国国内でも波に乗りたいところではあるが、まだまだ国として成り立っていない。私から言わせてもらうなら、中国の経済発展はすごい。というより、上海などの都心部の経済発展はすごい。なのだ。中国全体が発展しているのではない。国として成り立ち、日本やアメリカに追いついてくるようになるには、抱えている問題が多すぎる。PM2.5などの環境汚染問題や、貧富の格差問題、事故の列車を埋めたり、冷凍餃子に針が混入していたり、国としてある程度のレベルまでいくにはまだ時間がかかりそうだ。小さな中国政府はきっと中国という広くて大きな国を抱えきれていないのだ。人口が多く面積が広い。メリットでもありデメリットでもある。人件費の安さは企業からしたらメリットだが、製品の質、信頼面で言ったら、人件費の安さというのはデメリットになるだろう。中国製品と日本製品、同じ価格だったらどちらを買うだろうか。迷わず日本製品である。私たち日本人だけでなく中国人も日本製品を選ぶ。信頼の問題だ。

 たくさん問題点を挙げたが、問題がたくさんあるということは、まだまだ可能性があるということだ。改善の余地がそれだけある。私は中国に期待したい。初頭にも述べたが、私は中国に強く関心を抱いている。それは、それだけ中国に期待しているのだ。改善の方向さえ間違えなければ中国は大きく変わるだろう。そして将来的に世界の経済の中心となるだろう。まだまだ中国に関して研究することは多い。今回のフィールドスタディでは、実際に見たり行ったり教科書で勉強するより、身を持って勉強することができた。「百聞は一見にしかず」である。今後のゼミでの研究、自分の研究に役立ていきたいと思う。