富山 英俊 教授

富山 英俊 教授

富山 英俊 教授

— アメリカ文学 (詩・批評)

専門は、アメリカ文学のなかの現代詩です。T. S. Eliot, Ezra Pound, William Carlos Williams, Wallace Stevens といった20世紀前半のいわゆる「モダニズム」の時期の詩人たちが、関心のひとつの焦点です。かれらについては、拙編著『アメリカン・モダニズム』 (せりか書房、2002年、三宅昭良・長畑明利・江田孝臣との共著) という本に、これまでの研究の中心的な部分をまとめたつもりです。

また20世紀後半の、そして今日にいたる多様なアメリカ現代詩人たちにも関心をもっています。その一部については集中的に読み、翻訳をし、論考も書いてきました。翻訳書としては、アレン・ギンズバーグの『アメリカの没落』 (思潮社、1989年) がありますが、いわゆる「ビート派詩人」に興味が集中しているわけではありません。Robert LowellやJohn Ashberyといったタイプの違う詩人たちにも惹かれてきましたし、論考も書いています。

さらに、「批評理論」と呼ばれる、文学作品を読むこと・研究することを原理的・理論的に考察する分野にも手を染めています。論文としては、「メタファーの考古学—ポール・ド・マンのメタファー」 (『現代思想』、1987年5月号) や、「ポール・ド・マンの「メタファーの認識論」の悲惨」、 (『英語青年』、1989年2月号) などがあります。

これまでの研究の詳細については、じつは個人サイトをつくっていて (更新はあまり頻繁でありませんし宣伝もしていないのですが) 、そこに一覧表や若干の論文テクストがありますので、もし (万一) 興味をおもちの方は、そちらをご覧ください。

講義や演習では、理論に偏重することはなく、あくまで作品を具体的に読むことに集中し、そのうえでアメリカ文化の一般的特徴や、近・現代の文学の一般的な特性などに話をひろげるようにしています。

そのほか、専門分野の文学作品しか読まないということはありませんから、各国のさまざまな詩人・小説家に関心があります。そのなかでとくに「はまっている」のは宮沢賢治です。いくつか論考を書き (「『青森挽歌』を読む,聴く」、『言語文化』第13号、1996年、明治学院大学言語文化研究所、など) 、とある縁で賢治関係の国際研究大会にかかわったつながりで、宮沢賢治学会イーハトーブセンターという組織に加わってもいます。

趣味というような方面では、仕事と嗜好の区別はあまりなく、授業と会議・雑務のほかは、濫読・濫読・濫読という時間の使い方が主です (教員は大体そうでしょうが) 。買った本や借りた本を積んだ山をまえにして、「読まなければなあ」という負い目をなにか感じて日々がすぎてゆく、というのが日常です。 昔聴いていて、いまでもあいかわらず聴いているのは70、80年代のロックです。とはいっても本当の通人やマニアではありません。いちばん聴いてきたミュージシャンは、Grateful DeadのJerry Garciaと、The BandのRobbie Robertsonでしょうか。

あと、かなりの時間を使って情報を集めたり工夫して使ったりするのは、小型のパソコン、情報端末などです。子供のころからガジェットには熱中するほうでした。論文なども、仕上げの段階は別として、はじめは小型の情報端末に手書き認識で書いています (この話をすると変人として感心されます)。最近はPDAでなくスマートフォンを使っています。

略歴

1956年生れ 東京都出身
1974年 私立開成高等学校 卒業
1980年 明治学院大学文学部英文学科 卒業
1983年 東京都立大学大学院人文科学研究科英文学専攻修士課程 修了
1984年 東京都立大学大学院人文科学研究科英文学専攻博士課程 中退
1984-87年 東京都立大学人文学部 助手
1987-90年 宇都宮大学教養部 講師
1990年 明治学院大学文学部英文学科 助教授、教授

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