ヘボン・スピリッツ エッセイコンクール

佳作(部門 II)

藤田絵里子 「他者への貢献-Do for Others.-」

私には、“知恵遅れ”“バカ”と呼ばれ続けている伯父がいる。読み書き計算もほとんどできない。私たちが考える“常識”も通用しない。知的障害者なのか、そうでないのか、その狭間で60年間生きてきた。さまざまなトラブルや問題を抱えながらも、伯父なりに一人で生活をしている。私は、誰に頼まれるわけでもなく、様子を見に行くために、車で1時間飛ばす。

伯父のことを考えると、亡くなった祖父と祖母を思い出す。死ぬ間際まで、伯父の今後を心配していた祖母。祖母が亡くなって、もう9年が経とうとしている。同じく、私が伯父と関わるようになって、9年。私は、本当に伯父の支えになっているのかと、今でも日々悩み、考えている。
手出しをしない親戚は、私が伯父の部屋の掃除をすれば、“本人がやらなくなる”と言い、病院に付き添えば、“一人で病院ぐらい行ける”と言う。私のしていることは、“伯父をただ甘やかしている”というわけである。この言葉に、ショックを受けた。自己満足の介護をしていたのか?今まで伯父のために何をしていたのか?自分自身を否定された思いだった。

でも、私は考える。“伯父のためにならないから、すべて伯父にやらせる”で、本当にいいのだろうか。伯父だって、病院ぐらい一人で行ける。でも、その先がいつもつまずいた。コミュニケーションがうまく取れない。先生に病状をうまく伝えられない。薬の管理ができない。このつまずきを少しでも軽減することが、私の役目だと思った。伯父が知らないこと、理解できないことを、無理にやらせてもできるわけがない。きっと私だってできないと思う。だったら、それを一緒にやってみたり、傍で見守ってみる。私が伯父に付き添うことで、周囲の人が伯父のことを理解してくれればいいとも思っている。そうすれば、伯父一人でできることが徐々に増えていくかもしれない。

先日、伯父が自分で薬の管理をした。めちゃくちゃだったので、結局私がやり直すことになったのだが、でもその自主的な行動がうれしかった。思わず伯父をほめたら、“お前がいない時は、俺がしっかりしないとよ。”という返事がかえってきた。

私がとってもとっても小さかったときのこと。
肩車をして、夏祭りに連れて行ってくれましたね。
そのとき買ってくれた、
木製のけん玉を今でも大切に持っています。

今度は、私が肩車をしよう。
おじさんはとってもとっても重いから、
代わりに、こころを肩車します。

おじさん、そこから何が見えますか?
私はずっとずっと、ここにいますよ。

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