ヘボン・スピリッツ エッセイコンクール

佳作(部門 I)

石井 千尋

最近、他人のために何かをする、ということができない人が増えてきています。例えば、電車の中でお年寄りの方が重そうな荷物を持って立っているのに、誰も席を替わってあげようとせずに寝たふりをしていたり、黙って本を読んでいたりしてばかりで、結局そのお年寄りの方は終点になって電車を降りる時までずっと立ったままだった、ということがありました。これでいいのでしょうか。私たちはこんなことをしていても気にしないというのはいいのでしょうか。辛そうにしている人を自分には関係ないからといって見捨てていいのでしょうか。この時、私も車内に立っていたので遠くからただ見ているだけで何もできなかった自分が、情けなく思いました。私たち人は人を大切に思うということを忘れかけてきました。
確かに、関係ないといって知らないふりをしている人たちの気持ちも分かります。あったことも見たこともない知らない人のために自分のことを犠牲にしてまで何かをしてあげても何の得にもならない、それなら何もしないことのほうがましだ、ということも完全に否定することはできません。そういう考えも成り立ち得ます。しかし、自分のことしか考えずに他人だらけの社会で生きていくことができるのでしょうか?自分という人間は一人だけであり、そのほかは友達でもなんでも皆他人なのです。人は人と関わりあって生きていきます。友達がいなければ楽しいということが無くなってしまうし、誰かが作らなければ生きるために必要な食べ物も服も何もかもないのです。他人がいるからこそ私たちは生きていくことができるといえます。そして、人を大切にしていくこととは、自分という人のことも自分以外の他人という人のことも大切にしていくということだと考えられます。他人なしでは生きていくことができないのです。自分が他人に支えられて生きているのだから自分も他人のことを支えて、助け合っていくべきです。

そして、現実には私たちの社会の中で他人のために奉仕している人は少なからずいます。災害があったときももちろん、日常的にも慈善活動が行なわれています。ここでひとつ疑問点が出てきます。「人が他人のために何かをするときになぜ人はその人にとって良いことかどうかわからないのに良いことをしようとするのか」ということです。どうして人は他人のことを助けようとするのでしょうか。人は何か強制されない限り、あまり利益のないことや自分が損をすることはやりたがりません。自分が損をすることが好きだという人はあまりいないでしょう。あまりやりたくないことをするのには必ず何かしら理由があるのだといえます。席を譲ったり、荷物を持ってあげたり、道案内をしてあげたりして他人のために何かをするということができるという人たちも、何か理由があってやっているのだといえます。なぜ人はそれを行なおうとするのでしょうか。考えてみてください。もしも電車の中にお年寄りの方が立っていたとします。自分はその方のために席を譲ろうとします。そのあと、お年寄りの方は座ってからなんと言うでしょうか。「ありがとう。」または「ありがとうございます。」の感謝の言葉をいってくれるのではないでしょうか。人が何か他人のためにするとき、理由はさまざまですが、やってよかった、と思える自分の利益というのは、この感謝の言葉ではないでしょうか。誰だって人から感謝されることはうれしいことです。そのうれしいということが他者への貢献ということの原動力なのではないでしょうか。そして、その感謝の言葉を言ってくれる人だけでなく、その感謝の言葉を聴いてうれしいと思う自分のことも好きだから、他人のために何かをしていこう、また何かしてあげたい、と思うのではないでしょうか。

ではどうしたら困っている人から喜んでもらえるようなことができるのでしょうか。世の中にはボランティアなどいろいろな分野で人のために何かをしていますが、その人たちは皆、他人の気持ちが分かるのでしょうか。いいえ、違います。それは、実際に人のために何かをしている人が特別に相手の気持ちを分かるからなのではなく、相手がどうしてほしいのかは誰だってわかりません。その人の本当の気持ちはその人自身にしか分からないからです。人のことを助けている人たちは困っている人たちが何をしてほしいのか完全には分からないけれども自分たちだけで一生懸命考えて助けようとしているのです。例えば、お年寄りの方に席を譲ることを考えています。本当はそのお年寄りの方は立っていたかったかもしれないし、別に座らなくてもよかったかもしれません。私も電車の中で小学校一年生くらいの小さな子供に席を譲ろうと思って席を立ったのに、その子は「座りたくない」といってどこかにいってしまい、いやな思いをしたことがあります。相手の反応が必ずしも良いとは限らないのです。しかし、分からないながらも、もし自分が相手と同じ立場だったらどうしてほしいか、と自分に置き換えて考えてみることで多少の違いがあっても相手の気持ちを分かろうとするのです。私たち一人一人は、さまざまな考えを持っており、本当に他人に喜んでもらえることをすることはできないかもしれませんが、それでも私たちはその一人一人の立場になってものを考えることができます。それならば、他人のためによいことをしていくことは価値のあることだと思います。

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