ヘボン・スピリッツ エッセイコンクール

佳作(部門 II)

大塚 真理

「偽善者」 私 空っぽ
全部あげる
私 とってもいい子
うふふっ
みんなホメてくれる
私 すごくいい子
あったかくて うれしい
私 本当は偽善者なの
私 悪い子?

「優越感」
僕はいろんなものを持っている
お金に地位、それにやさしい心
だからみんなに
分けてあげられるんだ
だって僕はみんなより全部
優れているんだもの

貢献とは、全ての行動・言動の結果論である。だから例え偽善的行動からの始まりであっても全てが結実するならば良いのではないだろうか?
 子供の頃、大人達がホメてくれると嬉しくてたまらなくなった事が誰しもあるだろう。自分のした事が良い事だと理解していなくても。

他者への貢献をする場合、優越感というものが見え隠れする。
 例えば、自分より優れている人への助けというのは、かなり難しい。しかし、自分より劣る人への助けはしてあげたくなるものだ。
 「偽善」と「優越」、この二つの感情、これは一見非常に醜い感情かもしれないが、貢献するうえで全く無くても気味が悪いのではないだろうか。

「未来」
全く分らない
けど頑張ってるよ
どうなるんだろう
ボク すごく頑張ってるんだ
みんなはもっと解らない
ボクはすごいのに
きっとみんなを「あっ」と
言わせてみせるんだ

「自尊心」
大勢の人・人・人
たくさんの笑い声
お金 仲間 家族
そして愛
私 ひとりぼっち
おなか空いた ツライ ツライ
淋しい 楽になりたい

今、懸命に何かを成し遂げようとしている人の心の中には二つの顔がある。
絶対に成功して貢献という結果になると信じる心。もう一つは、今自分のしている事は単なるマスターベーションにしかすぎないのではないかという不安な心。
どんなに悩み考えても結果が全ての世の中だが、結果に辿り着くまでには大切な過程がある。
何か新しい事を起こす革命者は白い目で見られやすい。そして結果のでない者は時として変人で終わってしまうこともある。でも、五年、いや何十年、何百年後に認められた貢献者も数多くいる。
何よりも大切な事は、目標に向い、一生懸命に頑張る事である。結果は必ずついてくる。

世の中には、こうしている今も貧困や悪質なイジメに苦しんでいる人達がたくさんいる。悲しいことに、その人達の本当の痛みは、自分自身で体感してみないと理解できない。他人の痛みを理解するのは困難である。
しかし、人それぞれ大なり小なり悩みがあるはずだ。そして乗り越えなくてはならない。
今、助けを求めている人が、もしかしたら明日、誰かを助けることが出来るかもしれない。自ら死を選ぶことほど、貢献に背くものはない。どんな環境においても自尊心のない人には、他者への貢献など出来るはずがない。

「心の声」
ちっぽけなボク
偉い人になりたい
そうしたら今より役に立つよ
どうすればいいんだろう
何ができるんだろう?
ちっぽけなボクに
また朝がやってきた

健全に生きている人ならば、誰かの役に立てるということは誇りにもなる嬉しいことだ。だから困っている人を助けたり、悲しんでいる人を励ましたり、障害者に手を差し延べたりといった当り前の行動が自然にとれるはずだ。これらの行動は貢献とは言いがたい。極まれに「私はボランティアをしているの」と錯覚を起している人もいるが。
 しかしそれも又、前提で述べた「偽善」や「優越」であるならば許されるのかもしれない。

「才能」
ねっ上手でしょ?
私 歌 上手なの
ねっ元気になるでしょ?
とびっきりの笑顔
何かある
あなたにも
きっと かくれんぼ

日々の厳しい練習や特訓を重ね自分の才能を生かし活躍するスポーツ選手達。その姿は人々に活力そして勇気を与えてくれる。頑張っている姿を見て人々は感動し涙する。 人はそれぞれ、すばらしい才能を持っている。その才能を生かし貢献することが何よりも簡単なことかもしれない。

「差別」
白 好き 黄色 普通
黒 私 嫌い
くりくり二重
かわいいね
私 一重
中卒 高卒 大卒
健常者 障害者 
差別なんて いっぱいある
でも みんな同じ人間
この世に誕生した大切な命

この世に名前を残された偉大な貢献者と呼ばれる人達。彼らの共通する点はただひとつ、差別をしなかったことだ。ありとあらゆる面において差別をしなかった。

彼らの貢献も全て結果に基づくものだ。しかし私達はその過程の辛さや苦しみを知らない。単純に心から平和を望む精神、人々の喜びの声が彼らに力を与え動かしたのだろう。きっとその時彼らは、ほんの少したりとも見返りを求めなかったのだろう。心に疚しい気持ちがあったならば、この様な偉大な結果を成し遂げられなかったであろう。

では何故その様な心を持てるのか? 最初に貢献とは結果論であると断言したが、究極、辿り着く答えは精神論になり、「人間が好き」ということだ。あまりに簡単であっさりしすぎるかもしれないが、考えられるのはただそれだけだ。 「好き」という感情は、何においても大きな力となる。好きな人、大切に想う人の為ならば、きっと誰しも自然に貢献が出来るはずではないだろうか?  他者へ貢献とは、決して難しい事ではない。

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