vol.12 人生に、決まったレールなんてない。

名門校や難関校で世界中の人と一緒に学べるのは、明学の協定校留学のメリットのひとつ。今回ご紹介する藤井唯歩さんもまた、フランス文学科からフランスの歴史ある有名校・エクス政治学院へと旅立った1人です。しかし、勉強するばかりが留学ではないのも真実。昼は多国籍クラスでディスカッションに勤しむ一方で、夜は居酒屋でのアルバイトを見つけ、仕事の楽しさに開眼した藤井さん。国際的な環境での学びと、日本の食文化を伝える仕事、2つの経験を通じて藤井さんが実感したこととは?

藤井唯歩 (2014年3月卒業)

留学期間:2011年9月-2012年9月
文学部フランス学科から、フランス語つながりで名門のエクス政治学院に協定留学。それまでは政治経済オンチだったものの、多国籍なクラスで、プレゼンとディスカッション中心の授業で揉まれて国際人としての成長を遂げる。とともに、居酒屋的日本料理屋で人生初のアルバイトで仕事の面白さに開眼。プレゼンから料理の説明まで、多様な表現力を身につけて帰国する。

文学部だけど政治学院

明学では仏文ですが、フランスでは政治学院を選びましたね。

はい(笑)。フランスにある明学の協定校には、エクス政治学院とリモージュ大学があったんですが、リモージュは文学部のみ。エクスは政治学院とは言うものの、経済、国際関係、メディア、社会学など、他の講義も充実していて、いろいろな分野の授業を受けられるのがいいなと思ったんです。

何より決め手になったのは、知名度と立地ですね。エクスはグランゼコール(※1)でしたし、Sciences Po Aix(シアンスポ・エクス)の愛称を持つ名門校。それに、学校のあるエクサンプロヴァンスの街の佇まいや雰囲気もよかったんですよ。ちょっと物価は高い街ですが、おいしいクレープリーやイタリアンがあったりもします。

そもそも私が明学でもフランス文学科を選んだのは、高校時代、イギリスに留学していたときに、フランス人がいちばんよくしてくれて、好みが合ったからなんです(笑)。その後、しばらくメールやFacebookで交流していたんですが、留学で、また彼女に会いたいという気持ちもありました。

授業が異文化コミュニケーション

文学部出身として苦労したことは?授業はどんな感じでしたか?

政治経済の基本的な用語をあまりにも知らなかったことです。例えばNATOは日本語・英語ともにNATOですが、フランス語ではOTAN(オタン)、国連は英語でUN、フランス語ではONU(オーエヌユー)と言う…とか。なので、ともかく最初は基本的な用語の習得に励みました。

留学生の授業は、国際政治学と国際関係学が必修です。国際政治学では外国から自国がどう見られているか、また自国が諸外国をどのように見ているかを学び、国際関係学はヨーロッパを中心とした国々の関係性を学びます。例えば、日本はヨーロッパをどう思っているか、ヨーロッパ文化がアフリカにどのように浸透しているか、ユーロの使い道は今後どうなるか…などですね。それから、フランス文明も必修。文明というと堅苦しいですが、簡単に言うとここでは「フランスとは何か?」ということを学びます。フランスではなぜ女性に優しいのか、というようなこともこの授業のテーマです。

授業はプレゼンテーションとディスカッションが中心で、テーマについて討論を進めるというやり方。ここは明学の授業と大きく違っていて、自分で積極的に調べて参加しなければ授業が成り立ちません。

アジアの一員としての自覚

世界中から多くの学生が集まると、おのずと国民性も見えてきたりするのでは?

私のいたクラスは50人でしたが、ざっと挙げてみると、アメリカ、カナダ、スウェーデン、ドイツ、ベルギー、オランダ、スペイン、イタリア、ブラジル、中国、台湾、日本…と、留学生の国籍は本当に多彩でしたね。プレゼンでは、まったく違う国の人たちと無作為に数名のチームを組むことになるので刺激になります。
例えば、フランスの合言葉「自由・平等・博愛」について論ぜよ、とお題が出されて、クラスの中からランダムにアメリカ人、スウェーデン人、ブラジル人、私がチームになって、「何でフランスはこういう言葉がキャッチフレーズになったんだろう?」ということについて論じ、1週間で90分のプレゼンテーションを作り上げる…といった感じ。ディスカッションを通じて国民性の違いを知ることもできます。
こうしていろんな人と交流を余儀なくされるのですが、ここで気付いたのが「自分はアジアの人なんだな」ということです。日本に住んでいると、中国や韓国とは衝突が多いような印象を受けますが、ヨーロッパにいると、意外にアジア人同士という連帯感がなんとなくあるんですよ。また、アジア地域の留学生は日本人にフレンドリーでもあります。実際、私自身も一番仲良くなったのは中国人でしたしね。逆に、ヨーロッパの人からは「私たちはEU」という意識や連帯感を感じました。

アルバイトが食生活を変えた!

ところで、南仏の方では日本的な食事を味わう機会がほとんどなかったのでは?

私は最初の1ヶ月間は主に寮で自炊をしていたんですが、食材や設備の問題から日本食が作れないこともあって、けっこうひもじい想いをしていました(笑)。その食生活が変わったのはアルバイトです。バイト先は、エクサンプロヴァンスにある日本料理屋、いわゆる居酒屋風の店で、日本人のご夫婦がオーナーシェフとしてやっていた店でのウェイトレス。これが、すっごく楽しかったんです!
お店はけっこう流行っていて、人気があったのはお好み焼き、鶏のから揚げ、餃子など本当に庶民的な料理。様々な年代のお客様がいらしたので、いろんな方と話せるのが楽しかったですし、フランス人にまだ見たことも味わったこともない日本の味を知ってもらうため、伝えたい内容をフランス語で創造したり、表現力を磨いたり、お箸の使い方を教えたりと、自分としても勉強になりました。
もちろんまかないもおいしくて、授業が終わったらバイトに直行。最後には週5日通うようになっていて(笑)、ごはんは毎晩ここで食べていましたので、本当に食生活は充実しました。私は日本でアルバイトをしたことがなく、フランスに来て初めて働く経験をしたんですが、できたらもう一度ここで働きたいくらい大好きな場所ができました。

決まったレールなんてない

1年間の留学を終えて、今想うことは?

まずは、自分はアジア人なんだ、という実感を持ったことですね。世界の中で見ると、アジア人同士はやっぱり顔が似ていますし、近しい何かを持っているはず。単なる外国というのではなく、これから協同して何かやっていく関係にあるのだと思います。
また、アルバイト先のオーナー夫妻をはじめ、フランスでいろんな人に出会ったおかげで、人生には決まったレールなんてないんだ、と思うようになりました。やっぱり親は保守的なので、その教えからひと皮剥けた感じがしますし、フランスでの1年は自分にとって新しい視点を獲得し、新しい自分を見つけられた1年だったことに間違いはありません。
今後は、日本と外国の貿易に関する仕事に携われたら、と考えていますが、もし日本で就職が決まらなければ、もう一度フランスに行ってもいいと思っています。最初留学したときは、早く日本に帰りたいと思っていたのですが、実は帰国するときは、もっとずっといたいと思って号泣しちゃったんですよ。もしすぐに行かなくても、いつかきっとまた行きますから。