法律学科の理念
~何を学ぶか1. 真の法律家
「法律家」とは何でしょうか。裁判官、弁護士、検察官のみをそうよぶ場合もあります。しかし、この3つの職業(一般に「法曹」とよばれます)は、法律の極々限られた場面だけでの専門家です。この三者の舞台は、裁判所であり、語弊をおそれずに言えばそこに持ち込まれるのは、極めて特殊で拗れてしまった社会紛争です。社会で見過ごすことができなくなった逸脱者を犯罪者として裁いて刑罰を加えたり(刑事裁判)、当事者間では解決できなかった紛争についてそれぞれの弁護士が言い分を戦わせ国家機関である裁判官が丁半つけて、裁判で負けた方がそれでもいうこと聞かなかったら国家機関の力にものをいわせて裁判の内容を強制したりする(民事裁判)世界の住人なのです。いってみれば血まみれになりながら冷静にメスをふるう癌専門の外科医のようなものです。
我々の社会で法律が機能しているのは、裁判所だけではありません。社会生活のあらゆる局面で法律という技術が我々の社会を支えています。例えば、みなさんが食べている食品の安全性の確保、各家庭や工場などの事業所から出るゴミの処理、健康保険などの社会保障制度など、全ての行政活動は、法律に基づいて行われています。行政官(公務員)は、担当の社会問題と共に、法律の基本的な考え方、運用技術及び法律の作り方に通じた法律家でなければつとまりません。
法律家が求められている場所として、企業活動の分野があります。テレビや新聞で報じられている、銀行間の合併をめぐる法律紛争や企業と従業員の著作権帰属をめぐる民事裁判、有名企業が法令違反の決算手続・報告書開示によって経営者の退陣、グループ企業の売却など企業の存続を危うくする事態を招いて社会問題化している事例をみても、企業活動の場での法律の重要性が理解できるでしょう。法律による企業統治、企業の法令遵守(コンプライアンス)等、企業活動における法律の役割の拡大を示す理念が唱えられ、現実に企業法務の領域は拡大しています。企業内部での企業法務の専門家として企業の法務部等で活動する者はもちろん、今後一般企業で従業員として活動する者、自ら起業しようと志す者にとって、企業活動に関する法律知識は、不可欠の能力となっています。この能力を身につける者は、法律家です。
法律を必要とするのは、行政や企業活動だけではありません。働いて給料をもらう、給料で食べ物や服など生活に必要な物を買う、住む家を借りる、病気の治療を受けるといった我々個人の日常生活も「契約」という法制度によって支えられています。雇主が給料を払ってくれない、仕事中に怪我をした、買ったパソコンが欠陥品でまともに動かない、借りているアパートを引っ越すときに大家から納得のいかない多額のルームクリーニング費を請求された、医師の判断ミスできちんとした治療を受けられなかったなど、日常生活でトラブルが生じた場合、どのように対処すれば、自分や自分の周りの人間の利益を守れるのか、その技術を知ることが重要です。トラブルは契約がらみでのみ起こるわけではなく、交通事故にあって怪我をした、家の近くに高層マンションが建つ計画が持ち上がり日照阻害など生活環境が一変しそうだ、近所の空き地にゴミが大量に廃棄されているなど、自分の意志と関係なく降りかかってくる災難もあります。いずれにせよ、我々の社会のトラブルは、法律問題であり、誰にどのような権利があり、誰にどのような義務があるかを正確に把握し、これを前提に相手方と交渉することが必要になります(もちろん実際の交渉では人間心理に基づいた交渉術が重要で、闇雲に権利だ、義務だと振り回したらまとまる話もまとまらないこともあります)。社会を支える法的仕組みの基本をよく理解し、自分で調査をすることで具体的なトラブルの解決策を見つけられる人は、法律家であり、社会に必要な人間です。
真の法律家とは、その職業や地位にかかわらず、法律という技術をよく知り、よく使うことにより、その社会的責任を果たしうる人間のことをいうのでしょう。
2. 法律家に必要な能力
以上みてきた法律家にはどのような能力が必要なのでしょうか。法律は、道徳、慣習、宗教上の規範などと同様、社会のルール(社会規範)の一つですが、ルールの実現に国家が国家権力を持って強制する点に最大の特徴があります。例えば、刑法で犯罪とされていること(例えば殺人)を行えば国家機関としての検察によって起訴され、刑事裁判によって有罪が確定すれば刑罰(死刑、懲役)が課せられます。また、個人の間で紛争が生じれば民法その他の民事法のルールに従って裁判所が紛争解決策を判決という形式で示し、判決に従わない場合には、民事執行手続きにより国家機関である裁判所の執行官が判決の実現に手を貸してくれます。最終的に強制力によって支えられたルールであるがゆえに、法律は「技術」であり、「力」なのです。
法律家は、もちろんこの力を備えた技術を正確に身につけることが要求されます。そのためには、理論的に構築された、法律の基本的概念・法体系・基本的法律の内容について知識の獲得が必要になります。しかし、それだけでは、法律家にはなれません。法律は、社会のルールであり、個別の社会問題を解決することを目的として作られています。社会問題とそこにおける各当事者の状況と利害を知らずして問題解決策が示せるはずもありません。もし、社会問題の理解を欠いたまま法律の技術を振り回すならば、その技術は、害悪です。
社会問題は多種多様に存在し、個別の紛争ごとの特殊性もあり、一人の法律家が全ての社会問題について正確な認識を持つことは不可能です。そこで個々の法律家には、そのおかれた立場と各自の信念に基づいて当面の社会問題に真摯に取り組む姿勢、社会全体についての認識、柔軟な思考力が必要となってきます。
真の法律家に必要な能力、それは、上記の正確な法律に関する技術と社会認識能力といっていいでしょう。この法律家の力は、自らの道を拓くだけでなく、必要とする人に適切な助力を提供すること、ひいては目前の社会問題を解決することを可能にするといっても過言ではありません。後は、この力を使う者が何のために力を必要とするのか、何を目的に生きるのかにかかっているのだと思います。技術の功罪は、結局それを用いる者の人格と倫理性の高さに依存し、法律も例外ではありません。
3. 明治学院大学法律学科がめざすもの
我々法律学科がめざすもの、それは、真の法律家の養成です。そのために、法律学科では、法律の基本科目である憲法、民法、刑法の徹底的習得を可能とするプログラム(少人数クラスの入門科目、必修科目)の上に、法律基本科目→発展科目を学習する段階的カリキュラムをとっています。このカリキュラムにより、法律の基本的知識をその対象とする社会現象・背景など共に身につけることができます。
本学法学部の最大の特徴として、現代的な法律分野である、消費者法分野、環境法分野、企業活動法分野の法律を系統的・段階的に学べる点があります。これらの法分野を学ぶ意義は、社会で必要とされている法分野の知識・思考方法を身につけられる点だけではなく、基本的法分野で学んだ知識が現実の問題でどのように使われるか、限界がどこにあるのかを知ることで、各自の基本的法分野の理解に深みを与える点にもあります。
基本法分野の徹底した理解と各自の進路と指向にあわせた自由な科目選択(基本科目の定着科目中心、特定分野の発展科目への重点化など)の組み合わせにより、各自の責任に基づいて多様な分野で活躍できる法律家を輩出したいと我々は考えています。
4. 進路について
2004 年度より新しい法曹養成制度がはじまり、今後裁判官、弁護士、検察官をめざす者は、法科大学院に進学・修了後、新司法試験に合格し、1年の司法修習を受けなければなりません。法科大学院は、原則3年制(主に法学部卒業生を対象とした法学既習者に2年での終了を認める場合がある)であり、数多くの法律科目、実務科目を履修した上で、司法試験に備える必要があります。そのため、法律の基本的考え方や社会的機能などについて学び、じっくり思考力を鍛えて、真の法律家としての実力をつける場所は、法学部以外にありません。法律学科のカリキュラムは、法科大学院進学志望者のために、法律基本科目の知識の定着・実力の向上を目的とした講義・演習を用意しています。
司法書士、行政書士といった法律分野の資格取得志望者、公務員志望者向けにカリキュラム選択上どのような科目を学んでおくべきかを学科として指導するとともに、課外講座・受験情報提供を展開する組織として国家試験対策室を設け、低廉な受講料で大学の教室を使い、本学及び他大学教員、受験指導経験豊富な実務家を機能的に配置し、学習レベル・目的に応じた講座を展開しています。