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論理的に「考える力」を身につけよう

大野 武

 法学部の卒業生には、社会から大きな期待がかけられています。なぜなら、法律学を学んだ者は、法的知識を用いて論理的に考えることにより問題を解決することができるようになるからです。この能力は社会的に大変有用なものであります。この点について事例を用いて少し具体的に考えてみたいと思います。

〔事例〕
 リフォーム会社の営業マンが、「家屋の屋根の診断を無料で行います」と言って、1人暮らしのおばあさん宅を訪問してきました。営業マンが屋根に登って点検をすると、「すぐに工事をしないと、地震でもきたら大変なことになるよ」と告げてきた。おばあさんは、もしいま地震でもきたら大変だと考え、営業マンに言われるがまま屋根の修理の契約を締結しました。その後、今度は床下診断士という者が訪問してきて、今回も床下診断士に言われるがまま床下の補強工事の契約を締結してしまいました。こうして、この種の営業マンが何度も訪問しては契約をしていった結果、おばあさんが支払った代金の総額は1000万円にも及んでいました。  このとき、あなたはおばあさんのためにどのようなことをしてあげることができるでしょうか。

〔取り組み方〕
 新入生の皆さんができることは、現段階では、おばあさんを慰めてあげるか、消費者センターへの相談に付添ってあげるというところだろうと思います。これはこれで大変重要なことですが、これだけでは本質的な解決になりません。おばあさんが真に望んでいることは、契約を解消してお金を返してもらうことだからです。ここで皆さんは、自分の力でできることの限界を感じるだろうと思います。でも、ここからが出発点です。このとき皆さんは「なぜこのような悪質な取引が横行しているのだろうか」、「なぜ弱い人間がねらわれたりするのだろうか」などの疑問を持つはずです。こうした疑問には大切に耳を傾けるべきです。そうすれば次に、そのようなことが起きる仕組みが知りたくなるでしょうし、さらには、どうすればこうした被害は防げるのだろうかという解決策を考えたくなるでしょう。でも、どうやって考えたらよいのだろうか。考えたくても知識が足りなくて考えることができない…。人の役に立つためにはやはり知識が必要だと実感できれば、あなたはすでに学問の入口に立っているだろうと思います。こうした「なぜ」という疑問を持つことこそがまさに学問の出発点だろうと思います。

 それでは次に、どのように学習していけば、こうした知識を身につけられるようになるでしょうか。一番まずいやり方は、法律の専門用語や六法全書の条文をひたすら暗記するという方法です。確かに、六法全書を開いてみれば、それらしい条文を見つけることはできます。例えば、民法96条1項は「詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。」と書かれています。この条文を使えば、本件事例は簡単に解決できそうです。本件事例では詐欺のケースのように見えますので、単純に条文を当てはめれば、契約を解消できてお金が返ってきそうです。そうだとすれば、条文さえ覚えれば、法律学はマスターできるということになります。しかし、条文の暗記だけでは絶対に法律学をマスターすることはできません。なぜなら、条文→暗記というプロセスだけでは法の意味を一切考えていないからです。実を言えば、先の事例を民法96条1項の規定で解決することはかなり困難です。条文の意味を正しく理解していれば、それほど簡単な問題ではないことがわかるはずです。「詐欺」とか「強迫」とかはどのようなものだろうか、「意思表示」とは何のことだろうか、「取り消す」とはどのような意味を持っているのだろうか、などそれぞれの意味を知らなければ、この条文は理解することはできません。条文の知識を習得するためには、その意味を理解する必要があります。ここでは、条文→「何だろう」という疑問?→調べてみて納得!→暗記というプロセスを経る必要があるのです。

 このように見てみますと、法律学は「考える」学問だということがわかるだろうと思います。常に「なぜだろう」「何だろう」という疑問を持つ姿勢こそが重要だろうと思います。このような姿勢で学習していったとき、皆さんも4年後には物事を論理的に考えられるようになっているはずです。そして、この事例も、さまざまな法的知識を適用することによって、合理的な解決策を導いていけるようになっているはずです。本件事例は、皆さん自身がいつか自分の力で解決してみて下さい。皆さんの4年間での成長を期待しております。