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政治学を学ぶ/教えるということ

添谷育志

 1年間のお休みから、無事復帰しました。

 新入生の皆さん,ご入学おめでとう。

 2012年度はサバティカルをいただき1年間、講義・学務から離れて英国を中心にヨーロッパ各国の政治事情や政治学研究の現状について調査・研究に専念できた。4月初めから8月初めまではロンドンに滞在し、その間パリに行ったりイングランドの各地を旅行したりして、見聞を広めることができた。2012年は様々な意味で「英国」が、世界の注目を浴びた1年だった。私の滞在中に限っても5月の「ロンドン・マラソン」に始まり、エリザベス2世の即位50周年「ダイヤモンド・ジュビリー」を経て、7月23日に開幕した「ロンドン・オリンピック」まで、大きなイヴェントの連続だった。
 私がロンドンに長期滞在するのは、1995年3月から96年1月までの10ヶ月に続き2度目の経験である。約20年振りのロンドンで感じたことを、いくつか紹介したい。
 その時も今回もノーザンラインの「ゴルダーズグリーン」駅近くに住んだ。今回の滞在で感じた大きな変化は、この近辺まで「多民族化」の波が押し寄せていることである。「ゴルダーズグリーン」近辺は、かつては「JJタウン」と呼ばれ、ユダヤ人と日本人が多く住む地域として知られていたが、今や東欧からの移民やアラブ系の人々の数が格段に増加した印象を受けた。住む人の変化に呼応して、食文化も変化している。ただしそれはエスニック料理店が増加したということではなく、いわば食文化の「グローバル・スタンダード」としてのイタリアン・レストランやカフェの増加として表れている。日本料理、とくに寿司もそうした「グローバル・スタンダード」の一部となっている。前回には存在しなかった日本料理店が、「ゴルダーズグリーン」近辺だけでも3軒もあり、日本人以外の客でにぎわっていた。
 異民族間の諍いを直接目にする機会はなかったが、5月にポーランドとウクライナで開催されたUEFA(Union of European Football Associations)チャンピオンズ・リーグの会場では「Unite Against Racism」、「Respect Diversity」というスローガンが、ピッチの周囲の電光掲示板に点滅していた。もちろんこれはオランダ人による黒人蔑視に対するUEFAの姿勢を示そうという意図でなされたものである。寛容という理念の発祥の地であるオランダにおけるテオ・ファン・ゴッホ殺害事件に端を発する、移民排斥の動きがその背後にあるのは疑いもない事実である。その後に起こったイングランド代表チームの一員であるジョン・テリーの人種差別発言をめぐる騒動からもうかがえるように、エスニック・マイノリティーの問題はオランダだけではなく英国はもちろんヨーロッパ諸国の底流に伏在しているようだ。 この問題にどのように対処するかは、ヨーロッパ諸国に課せられた大きな課題である。英国は大英帝国の負の遺産としてのこの課題に率先して取り組むべきであるが、適切なモデルを提示するにはいたっていない。それどころか「ダイヤモンド・ジュビリー」の際にハロッズの正面に備えられたスピーカーから「英国国歌」が大音声で流され、オリンピックチーム名が「Team GB」(北アイルランドはどこに行った?)であることに見られるように、ブリテン中心主義へと収斂しようとしているように思われる。オリンピック開会式のセレモニーは産業革命から現代までの英国社会の変貌を描いているが、そこに決定的に欠如していたのは対外的関係への視点だった。
 ところで2012年は、私が政治学研究者を目指すきっかけとなった故サー・バーナード・クリックの『政治を擁護して(In Defence of Politics)』という本が出版されてから50周年目に当たる。それを記念して、かつてクリックが教鞭を執ったシェフィールド大学の政治学教授マシュー・フリンダーズ(Matthew Frinders)によるDefending Politics: Why Democracy Matters in the Twenty-first Century(Oxford: Oxford University Press, 2012)が出版された。両者を比較すると、この50年間に政治を取り巻く状況がどのように変化したかがよく理解できる。1962年に出版された『政治を擁護して』では、クリックが擁護しようとした「政治」に対する最大の敵は「イデオロギー」だった。それに対してフリンダーズにとっての最大の敵は「市場」である。この変化の含意については、私が担当する『政治学原論』や『現代政治理論』で詳しく論ずる予定である。
 
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新入生の皆さんは政治学科の学生として、上述したような問題について様々な角度から理解を深めていただきたい。だがそれと同時に専門分野以外にも積極的に関心を持って、幅広い教養を身に着けていただきたい。たとえば英国の作家ジョージ・オーウェルの次のような文章は、政治を考えるうえで大きな示唆を与えるだろう。

「政治においては、二つの悪のうち、より小さな方を選ぶだけのことで、時には悪魔や狂人のごとくにふるまう以外に逃れる方法のないような事態もある。たとえば戦争はやむをえないことかもしれないが、けっして正しいことでも正気の沙汰でもない。総選挙というようなことにしても、あまり愉快な光景でもなければ、ためになることでもない。そんなことに関係しなければならないのだとすれば――老齢か愚昧か偽善で武装してでもないかぎり、関係しないわけにはいかないと思う――せめて自分の一部だけでも侵されないようにしておかなければならない」〔「作家とリヴァイアサン」より〕。

文学とともに私にとっての教養の源泉は、映画というジャンルである。年間315本というのが最高記録だが、今日にいたるまでの私のベストテンを挙げれば、(1)『市民ケーン』(2)『レッベッカ』(3)『フル・モンティ』(4)『ウェールズの山』(5)『おもいでの夏』(6)『アメリカの夜』(7)『ローカル・ヒーロー』(8)『惑星ソラリス』(9)『日の名残り』(10)『ブラス!』ということになる。「私のベストテン」はその日の気分によって左右されがちである。あるときには『フェリーニのアマルコルド』が1位になったり、またあるときにはビクトール・エリセの『エル・スール』が絶対1位!と思ったりもする。日本映画が1本も入っていないのは、小津安二郎のフィルムがあればそれで十分だと思うからである。

2012年には思うように映画を観ることができなかった。以下、これまでに観たものなかで印象に残ったものを挙げておく(順不同。☆=20点/100点)。

① 『マーガレット・サッチャー-鉄の女の涙』☆☆〔メリル・ストリープの演技はさすがだが、アカデミー賞授賞式でのふんぞり返った様子が気にくわない〕。

② 『ジョニー・イングリッシュ-気休めの報酬』☆☆☆〔オリンピックの開会式にも出演していたローワン・アトキンソンの、すべてのミッションをインポッシブルにしてしまう怪演が見もの。サブタイトルは傑作!!〕。

③ 『リアルスティール』☆☆☆〔いかにもアメリカ人好みの父性愛と子供の健気さを描けば、それなりの集客力はあるということでしょう。ゼウスとアトムの死闘には感動しました〕。

④ 『チップモンクス3』☆なし〔駄作!!〕。

⑤ 『戦場の馬』☆☆☆〔人間よりも馬のほうが感情豊かなのは、どういうわけ?〕。

⑥ 『ドラゴンタトゥーの女』☆☆☆☆〔TVシリーズは文句なしの☆五つだが、映像表現の質において映画が一段落ちている。③④⑤はロンドン行きの機内で観たもの〕。

⑦ 『Albert Nobbs』、『ミッション・インポッシブル』、『サーモンフィッシング・イン・ジ・イェーメン(Salmon Fishing in the Yemen)』(以上は帰国の機内で観たが、字幕なしで評価不能)。

ロンドン滞在中にはリドリー・スコットの『プロメテウス』や、サシャ・バロン・コーエンの『ディクテーター-身元不明でニューヨーク』が評判になっていたが、どちらも観る機会を逸した。その代わりにロンドン滞在中に観たTV番組は以下の通り。

「Hairy Bikers(ヘアリー・バイカーズ)」〔料理番組〕、「Antique Road Trip(アンティーク・ロード・トリップ)」、「Flog It(フログ・イット)」〔アンティーク番組〕、「Gordon Behind Bars」〔料理番組〕、「The Line of Duty」〔刑事もの〕、「Network of Power」〔政治ドキュメンタリー番組〕、「The Newsroom」〔アーロン・ソーキン制作の政治ドラマ〕、「American President」〔「ホワイトハウス」の原型〕、「Blackout」〔ミステリー番組〕、「Silk」〔裁判もの〕、「Falling Skies」〔スピルバーク制作のSFもの〕、「NCIS」〔軍事組織で起こる事件を解決する、マーク・ハーモン主演のミステリー番組〕、「Law and Order」〔裁判もの〕、「レバレッジ」〔天才詐欺師の事件簿〕、「University Challenge」〔ジェレミー・パックスマン司会のクイズ番組〕、「Proms(プロムス)」〔言わずと知れた音楽番組、今回はオリンピック開幕に合わせて、いつもより早く開始。バレンボイム指揮のベートーベン交響曲全曲演奏〕、「Embarrassing Bodies」〔チャンネル4の医療番組、内容については書くのがはばかれる〕。

 帰国後は翻訳の仕事に追われほとんどTVも観る時間がなく、辛うじて『HOMELAND』や『MI-5:英国秘密諜報機関』、『NCIS~ネイビー犯罪捜査班』、『BONES』、『SHERLOCK』などを観て過ごしていた。年明けからはDVDを観たり、劇場にも足を運んだりする余裕ができた。以下は今年に入ってから観たものである。
① 『SHERLOCK』(シーズン2)☆☆☆☆☆〔第三話の「ライバッハ・ヒーロー」が最高傑作。それまで真実と思われていたものが、ちょっとした疑念をきっかけにして、マスメディアによってその疑念が増幅され、瞬く間に虚偽へと変化させられてゆくメカニズムを見事に描いている。今年の夏に放映されるシーズン3が楽しみである〕。

② 『ヘルプ-こころをつなぐストーリー』☆☆☆☆〔素直に感動しました。メイドが幼子に語りかける「You are kind, you are smart, you are important」は、親が子供に与える最高の言葉!!やはりアメリカにはもう一度革命が必要なようだ〕。

③ 『裏切りのサーカス』☆☆☆☆〔ジョン・ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の映画化。シャーロックを演じているベネディクト・カンバーバッチがスマーリーの助手として好演している。難を言えば、コリン・ファースが演じている「モグラ」がスパイになった理由を、「西側世界の堕落」としている点がいまひとつ説得力に欠ける〕。

④ 『アヴェンジャーズ』☆なし〔愚作!!〕。

⑤ 『レ・ミゼラブル』☆☆☆☆〔今年初めて劇場で観た。ジャベール警部が自殺直前にWho am I?と自問する場面は、様々な意味で示唆的である。『シャーロック・ホームズ』といい、『フランケンシュタイン』といい、『ジキルとハイド』といい、19世紀中葉から二重人格や自我崩壊といったテーマが、大衆文芸の世界にも浸透してゆく。ジャベール警部のWho am I?という問いは、善悪二元論で成り立っていた彼の精神世界の崩壊を暗示している。本作もそのような視点から観ることができよう。それにしても『英国王のスピーチ』で後のクイーンマザーを演じたヘレナ・ボナム・カーター(アスキスのひ孫)の芸域の広さには感嘆した〕。

⑥ 『プロメテウス』★〔失望の一語に尽きる。もっと思索的・内省的な内容を期待した私がバカだったようです・・・〕。

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 4月からの講義では映画の話などを織り交ぜながら、楽しい講義をしたいと思っています。皆さんが悔いのない大学生活を送るうえで、必要な相談にはいつでも応えるつもりですので、気軽に話しかけてください。