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堅物ノススメ

菅野 忠

 法学部御入学おめでとう。君は,これからの4年間をどう過ごそうかあれこれ思いを廻らせ,湧き上がる期待に胸を膨らませ,あるいは拭い切れない不安に苛まれていることだろう。しかし4年は長いようで短いものだ。学生だったころ,僕が友人と互いにいつも挨拶代わりに交わしていたのは「やらなくちゃならんことが多過ぎる」という言葉だった。学生のやりたいことは山程ある。サークル,恋,バイト,旅行そして勉強等々。いわゆる五月病に罹っている余裕など何処にもない。寸暇を惜しみ,寝食を忘れ,片端(かたっぱじ)から済ましてもなかなか消化し切れない程,やりたいことはある。そして,ついにやり残してしまう。君が今は亡き瘋癲居士車寅次郎氏の常々仰っておられた様に「後悔多き人生を送る」ことの無い様に希うのみだ。
 さて君は標題に書いた堅物を知ってるかな。堅物? そう言えば赤穂浪士九人は白金校舎にほど近い三田(現在の芝五丁目)の水野監物の屋敷で腹を切ったっけ? いや違う。それは「けんもつ」だ。今で言う出納官だ。堅物は「かたぶつ」と読む。のっけからふざけたことをぬかす奴だと御思いでしょうが,当人は頗る真面目なのです。堅物とはそう云う者なのだ。
 堅物に成ったら何か良いことあるかって? いや余り良いことばかり無いな。堅物は他人に嫌われることが多い。堅いは硬いに通ずる。つまり堅物とは硬派のことだ。硬派の反対が軟派。つまり自分の意見を確りと持たず,すぐに主張が腰砕けになる奴のことさ。まあ皆な喧嘩口論せず,上手く渡世をして行こうと言う連中だな。耳障りの無いことを言って他人を口説こうとするのも軟派と言うな。
 軟派,良く言えば協調性の有る人間と云うのが,企業の人事担当者の間での,明学生の通り相場なんだそうだ。そんな失礼なことが『大学ランキング』なるものに以前書いてあった。でも,そんなこと言われっ放しで良いのかい。言われた通りただ前に進むことしかしない将棋の駒の歩や香だって,敵地で引っ繰り返れば縦横無尽に働く金に化けるじゃないか。君だってどんな可能性を秘めているか判らないぞ。
 さて君は晴れて法学部の学生になった。法律家は堅物なのかな。何か言われたら直ぐに自分の意見や主張を引っ込める様じゃ法律家は勤まらない。そう,法律家が軟派じゃ困るのだ。原理原則を振り翳して立ち向かう堅物でなくてはいけない。終戦直後,闇の食物を購う事を拒んで餓死した判事も居るくらいだ。
 いや法律家だけじゃない。本来大学は,堅物の集まる社会なのだ。それが大学の大衆化に伴って軟派も増えて来た。軟派自体咎め立てすることでは無いが,大学教師がやっている,学問と言うのは,妥協を許さない自己主張が必要なもので,堅物の典型と言える。学生は,その学問をまさに学び(まね4 4 び,模倣し)問う(新しいものを生み出す)過程を教師から伝授され,自らの勉強(強いて勉めるのだから楽じゃない)を通して本当の力をつけて行くのだから,まったく堅物の成り方を教わりに来たようなものだ。それなのに楽勝科目ばかり撰んで軟派な生活を目指そうなんて,どう言う了見なのかね。とは言え楽勝科目を生んでいる教師側に大半の責めはあるが。
 と言う訳で君も,一度は堅物になってみよう(あるいは堅物を演じてみよう)。一度堅物をやったことがあれば,軟派がどんなものか判りそうなものじゃないか。では堅物の君に会えることを楽しみに待っている。