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ヘボン辞書『和英語林集成』の特徴

(1)近代西欧世界にもたらされた初めての本格的日本語辞書

西欧各国は第二次大航海時代を終わり、極東の日本では1854年の日米和親条約締結に始まり、各国とも和親条約を結ばせ日本を開国させました。しかし、本格的な日本語の辞書は1603年にイエスズ会が長崎で作成した『日葡辞書』であり、翻訳する動きがフランスで始まり『日仏辞書』として完成しますが、それは250年以上前の辞書からの翻訳でした。また、長崎のオランダ商館から『蘭語訳撰』などの文献から日本人と全く会う事もなく作られたW.H.Medhurstの『英和・和英語彙』1830年などがありますが、不十分なものでした。
この様な時代に、近代的な日本語辞書として初版と同じ1867年初めて登場するのが、にロンドンのトリュブナー社から出版される『和英語林集成』ロンドン版です。ここに『和英語林集成』の世界史的意味があります。優れた編纂であり世界と日本を結びつけた辞書といえましょう。

(2)日本初の和英辞典

日本最初の和英辞典は1867年(慶応3)に出版された『和英語林集成』(通称ヘボン辞書)です。和英に英和のINDEXが付いています。この辞書はヘボンの手により1872年(明治5)の二版が、1886年(明治19)には三版まで改版されました。また、ロンドン・ニューヨーク・上海などでも発行され、縮約版は小型で便利であり明治末まで使われています。
ヘボン式ローマ字はこの辞書の日本語表記法です。ヘボン博士はこの辞書の言葉のほとんどを各層の日本人から直接聞き書きしたため、 幕末から明治の言葉を集めた貴重な国語辞典としても、現在も研究者が絶えません。
ヘボン辞書は幕末から明治の日本人の英語学習が最も盛んな時代に、なんと29年間もの間、他の辞書を寄せ付けずに使われたことは、驚きです。
ヘボン辞書をこえる日本人による辞書は1896年(明治29)に三省堂発行のブリンクリー・南条・岩崎共編『和英大辞典』といえよう。

(3)生きた日本人の言葉を記録した辞書

ヘボンが参考にできた先行辞書は初版の前書にもあるように、イエスズ会の『日葡辞書』とW.H.Medhurstの『英和・和英語彙』という状態であり、辞書編纂には不十分であり、結局は「生きた教師」により日常生活の言葉を中心に、俗語や方言なども収集された。このため初版は幕末の、再版は明治維新時代の、三版は明治維新以降の日本語を伝えており、その時代の言葉を映した貴重な辞書であり、国語辞典としての性格もあわせ持っている。三版では古事記・万葉集などの古語や廃語も補った。
このため、日本語の研究者には今も欠かせぬ辞典となっている。

(4)日本人の発音を忠実に聞き記録

特に初版はヘボンが出会った幕末の各階層の日本人による直接耳で聞き取った日本語発音を忠実に記録している。へボンは初版の序でHis principal dependence, however, has been upon the living teacher.と書いたように、「生きた教師」により日本語を集録している。
ヘボンの耳は正確で、我々日本人が同音と思っているが実は異なって発音される別の音を正確に聞き取り記している。そのため、新橋はshimbashiと書かれている。

(5)日本とその文化を理解し、伝えようとしている。

ヘボンがボランテイアの宣教医であったたため、この辞書は「聖書翻訳のため」と喧伝されることが多い。しかしそれは極めて偏った見方である。
確かにヘボンはミッションへの代表者にその手紙の中で、「わたしは辞書の編集を着々とつづけております。あるいはこれをたいしたことではないと思われるかもしれませんが、この国の宣教事業のために、現在わたしのなし得る最善の仕事だと思っております」と書き、辞書編集への理解を求めているが、それに留まるものではない。
同じ手紙に、「単なる商業上の語彙にしたくありません。」とも書き、「この辞書の完成の暁には、日本人ならびに外国人にとっても最大の恩恵となるでしょう。なぜならば、これを望んでいるのは外国人ばかりでなく、日本人も等しく求めているからです。わたしは自分の企てたこの大きい事業と、重い責任を考えて自ら戦慄を感じる次第です。(1864年11月28日)」と書き記している。
辞書の語彙を見てみると、聖書翻訳のための語彙にはとてもとどまらない。さらに三版の編集にあたっては古事記・万葉集などの古語や廃語も収録しているところから見ると、単に「聖書翻訳のため」と言い切ることはヘボンの辞書編纂の真意ではないだろう。
まさに、外国人も日本人も等しく求める辞書であったから、30年もの長きに渡って他書を寄せ付けなかったことは驚愕である。

(6)ヘボン式ローマ字の案出

『和英語林集成』の日本語表記がヘボン式ローマ字である。
ヘボン式ローマ字の出現以前の日本語は漢字・かな・片仮名の三つの表記法であった。ここに第四の表記法としてローマ字が現われ、現在は巷に満ち溢れ、日本語表現を豊かにしてくれている。このヘボン式ローマ字は、初版から徐々に変化し、三版で確立する。

(7)品詞の記載がなされ、用例も多い。

『日葡辞書』も『英和・和英語彙』も品詞の表示はない。ヘボン辞書は序章(Introduction)の最後にABBREVATIONSのページを設けている。見出し語は終止形ではなく連用形で記され、活用形と品詞がつけられている。もちろん日本語の品詞とはいえその表示は英文典によることになり、目的語をとるかとらないかで他動詞と自動詞の区分をしている。 またヘボン辞書には豊富な用例がつけられていることも特徴である。

(8)和英辞典であるが日本語辞書である。

現在の和英辞典は主として英語を理解することを目的としているが、ヘボン辞書は日本語を理解することを目的としている。
松村明氏は『和英語林集成』の復刻の解説(1966北辰)で「本書は本質的には日本語辞典・国語辞典なのであり」と述べておられる。現代の国語辞典も『新潮現代国語辞典』には、語彙の変遷や用例の理解のために、ヘボン辞書の語彙や用例が多数掲載され、小学館『日本国語大辞典』には5825語掲載されている。

(9)和英辞典としているが英和辞典でもある。

初版にはPART2として、約1万語の英和がついている。これは上海で組版・印刷時に編纂したため、英文表題では「English-Japanese Index」としている。更に版を重ねる毎に見出し語数を増やしてPart2を充実し、再版では英文表題は「和英・英和辞典」となり、第3版では、日本語表題も「和英・英和語林集成」となった。

(10)日本語を初めて横組みとした辞書

「野馬臺(やまたい)が欧文ならば蟹が這ひ 浮萍」という句が、石井研堂『明治事物起源』の「和英辞書の始」という項目に記されている。
『和英語林集成』の印刷が上海の美華書院で印刷されたたためという説もあるが、実際にヘボンの辞書手稿を見ると、(アーカイブ参照)、日本語は横書きされている。。
ヘボンは辞書の印刷にあたり、幕府開成所に印刷できないかと打診したが、「浩澣の故を以て、目処たたず」(明治事物起源)やむなく、当時ヘボンの属するミッションが経営する上海のAmerican Presbyterian Mission Press(美華書院)まで出向いて印刷し、横浜で出版することとなった。(1867年)
辞書の編纂にあたりヘボンを手伝い、上海に同行してヘボン辞書のカナ文字活字の原稿を書いた岸田吟香は、やはり美華書院から『英和對訳袖珍辞書』の四版ともいえる『和譯英語聯珠』を1873年出版しているが、これも日本語は縦書きである。
ヘボン辞書から2年後にフルベッキの紹介により『和譯英辭書(薩摩辞書)』が美華書院から発行されているが、これも日本語は縦書きである。
このため、ヘボン辞書の日本語横書きは,美華書院印刷によるものではなく、ヘボン自身の手によると考えられる。
日本語を初めて横書きで書いた印刷物は、同じ美華書院から1863年に発行された、S.R.ブラウンの『日本語会話集』"Colloqual Japanese" であろう。日本語をカタカナ活字で横書きにしている。

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