2008年度入学式式辞

学長 大西晴樹

  明治学院大学に入学された新入生の皆さんに対して教職員を代表して心より歓迎の気持ちを表したいと思います。入学おめでとうございます。また、長きにわたってお子様を大切に育てられ、この日を迎えられた保証人の皆様にもお慶び申し上げます。

  さて、私どもの明治学院大学は、遠くその淵源を1863(文久3)年、アメリカ人宣教医師ヘボン夫妻によって横浜において開かれた英学塾ヘボン塾に求めることができます。ヘボン夫妻は、幕末維新の物情騒然とした日本へプロテスタント・キリスト教を伝えたいというミッションを抱いて、日米修好通商条約によって日本が約300年間の眠りから覚めた年の翌年の1859年に横浜に上陸しました。夫ジェームスはニューヨークで開業医として成功していたのですが、大西洋周りで70日かけて極東の島国にまでやってきたのです。

  ヘボン夫妻の日本における働きは、おもに三つに分けることができます。一つは医療奉仕です。プリンストン大学でおもに古典を学んだあと、家族は牧師になると思っていたのですが、ジェームスは医師を志し、ペンシルヴァニア大学医学部で学び、脳卒中の研究で医学博士を取得しました。日本では、トラホームが当時多かったものですから、おもに眼科の治療にすぐれ、外科内科の施療までしました。とりわけ、歌舞伎の名女形澤村田之助の脱疽による足の切断手術によって世に知られ、錦絵にまでなりました。施療所の医療費はヘボン博士がニューヨークで蓄財した分が充てられ、すべて無料であり、連日押すな押すなの評判で、刺客を恐れた神奈川奉行から一時中止させられたこともありました。貧富、身分の上下(武士・町人)の区別なく医療奉仕が行われ、「ヘボンさんでも、草津の湯でも恋の病はなおらせぬ」と庶民に慕われました。山田風太郎は、その時代小説『明治十手架』のなかで、当時の日本人の発想を遙かに超えたヘボン博士のヒューマニズムを讃え「人間には祖国以上の世界がある」と表現しています。現代でいえば、フランスに本部を置く第三世界への医療奉仕NGO「国境なき医師団」のまさに先駆であったのです。公立大学ですが、ヘボン博士の貢献を記念して、横浜市立大学の医学部には、「ヘボン・ホール」という立派な建物が建てられています。

  二つ目の働きは、日本で最初の本格的な和英・英和辞典『和英語林集成』の編集・出版、ならびに聖書の翻訳です。ヘボン博士は医療活動の際に、通訳をつけずに患者と対話することで日本語を覚えていきました。かつてプリンストン大学の学生であった頃、19世紀は進歩主義の時代でしたので、学生の中には化学実験に興味をもって古典などを軽視する風潮があり、ヘボン博士もそれに同調し、古典語を疎かにしそうな時期がありました。そのときアシュベル・グリーン新総長は、ヘボン青年にこう諭したといわれています。「古典の知識なくしてはいかなる研究の根本にも達し得られるものでない。化学その他の学名や文学の作品の多くはラテン語ではないか。古典に精通し、それを活用しえるだけの知識なくしてはどの方面にも秀でることができない」。そこで古典の学習を捨てなかったことが、辞典の編集や聖書の翻訳に役立ったといえましょう。このエピソードは、ここにいる新入生の皆さんに、いかなる専門であれ、創造的な仕事したければ語学を大切にしなければならないということを教えてくれています。『和英語林集成』は1867(慶応3)年に出版されました。ヘボン博士の貢献により、日本には明治維新前にすでに立派な辞典が備えられていたのです。日本の近代化が他のアジア諸国に比べてはやかった理由の一端です。印刷技術に関して、日本はまだ木版印刷でしたので、ヘボン夫妻は上海にある宣教師の印刷所まで行って活版印刷をして、出版しました。『和英語林集成』は、1906(明治39)年までに11版を数え、やがて丸善が版権を買収し、ヘボン博士はその代金を明治学院に寄付しました。現在、海外旅行に必要なパスポートのローマ字は、辞典の編集に使われたヘボン式ローマ字なのです。

  また聖書の翻訳は1880(明治13)年和訳聖書『新約全書』に結実しました。聖書翻訳は命がけの事業でした。1587年のバテレン追放令から1873(明治6)年キリシタン禁制の高札の撤去までの約300年間、明治に入っても日本ではキリスト教が禁制でした。また生麦事件に象徴されるように、尊皇攘夷が荒れ狂っていた時代ですから、身辺にはスパイが潜入し、クララ夫人は日本人に棍棒で肩を叩かれるという事件もありました。しかし ヘボン博士はそのことについて何も公表していません。ただ決意をこう述べています。聖書翻訳は、「絶対に秘密にやらなければならないし、これに従事するものは命がけでやらなければならないのです。しかも出版しても少なからず危険を冒して秘密にこれを受け取って、読まなければなりません」。自らのミッションに対するヘボン博士の強い意志を窺わせる言葉です。

  三つ目の働きは、いうまでもなく明治学院大学の淵源である英学塾ヘボン塾の開設です。 結婚前クララは学校の先生をしていたので、アメリカにおいてきた息子のことを思いつつ、日本人青年に英語の教育を始めました。初期の塾生には、のちに英国大使・外務大臣として日英同盟の締結に尽力した林董、三井物産の創始者であり、日本経済新聞の前身を創刊した益田孝、日露戦争のさいに外国資金を調達し、日本銀行総裁・大蔵大臣・総理大臣としてインフレ抑制に貢献し、そして2.26事件のさいに軍部の凶弾に斃れた高橋是清ら近代日本の屋台骨となった錚々たる人物がいます。まだ日本の高等教育機関が確立されていない時期にヘボン塾は大きな役割をはたしたのです。ヘボン塾女子部は1872年にフェリス・アカデミーとして独立し、現在のフェリス女学院大学となっています。宣教師の私塾として横浜の外国人居住地に始まった「クララ夫人の学校」が、今日の明治学院大学までに成長した理由には、塾生の多くがヘボン夫妻の人格に触れ、ヘボン塾における英語の教授法がしっかりしていたことが挙げられます。また塾生の多くが旧幕臣であり、薩長の藩閥政治に対抗して英語を拠り所に新しい日本を作ろうとしたともいえましょう。明治学院大学は、このような伝統を継承する大学なのです。

  さて、さきほど読んでいただいた聖書の箇所「だから、ひとにしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」(Do for others what you want them to do for you)は、新約聖書マタイによる福音第7章12節の箇所であります。キリスト教による人格教育を建学の精神として受け継いできました明治学院大学では、もうロゴマーク等でお気づきのことと思いますが、先ほど述べました創始者ヘボン博士の生涯を貫く理想そのままに「他者への貢献」“Do for Others”を教育理念として掲げております。

  この聖書の箇所には、「愛」「他者とのコミュニケーションの大切さ」「ミッションの実現」という、三つの大切な教えが含まれています。キリスト教の教えのなかで、もっとも大切なものは、無償の「愛」(アガペー)です。この聖書の箇所の前節である11節には「あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない」と述べられています。「だから・・・人にしなさい」というのです。「人にしなさい」という場合、愛がなければ人は動きません。お金や権力によって人を動かすことはできますが、愛がなければその関係は長続きしません。聖書には、神の愛を受けた人間に向かって「何々しなさい」という教えを述べているのです。

  これを人生にたとえますと、皆さんはこれまで保証人の方から大きな愛を受けて育ってきました。しかし、これから過ごす大学の4年間は、人生のなかで、いわゆる「親ばなれ」をなし、独立した人格として自分の足で歩むための準備期間に当たります。そして、独立した人格として、今度は人を愛する立場に置かれるのです。たとえば、友を作り、ゼミやサークルの後輩の面倒をみて、やがて社会人として働く。ある人は生涯の伴侶となる恋人と出会うかも知れません。愛されるだけの受身の立場から、人を愛することができる立場へと変わるのです。「他者への貢献」には、人に愛されるだけではなく、人を愛するようになるという、いわば「大人」になるための大切な教えが込められています。

  二番目は「他者とのコミュニケーションの大切」さです。この聖書の箇所には「ひとにしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」と述べられています。 「人様だけには迷惑をかけないように」ということは日本でもよく言われます。「あなたにとっていやなことは誰にもするな」ということは、世界中でほとんどの国の格言になっています。しかし、この聖書の箇所は、そのような否定的な言い回しではなく、他者への積極的な働きかけが奨励されているのです。ただし、この教えをなす場合、注意しなければいけないのは、自分で勝手に思い込んでしまって、自分の行為を他者はどう受け取るだろうかという配慮を怠ることです。そこに他者とのコミュニケーションの難しさ、大切さがあります。私の専門は経済史ですが、経済学の父であるアダム・スミスは、市場社会のなかに、人間の「利己心」と同時に「共感」(sympathy)の倫理が潜んでいることを解明しました。そして「他者への貢献」をなす場合、他者がどれほど「共感」してくれているのかは、現在「外部評価」、そして「企業の社会的責任」(CSR)という言葉がますます重みをもってきているように、「他者への貢献」のポイントなのです。

  最後になりましたが、最も大切なことを新入生の皆さんにお話したいと思います。皆さんは厳しい受験勉強を終えられて、晴れて大学に入学したわけであります。本当はもっと別の大学に行きたかったという人も、明治学院大学に入れてよかったという人も、今日同じスタートラインにたった訳であります。こんどはもっと大きな視点で大学に入学されたことの意味を考えてみましょう。「高校時代はほぼ全員が同じ勉強をしてきた3年間」。「大学は、それぞれが異なる学問をする4年間」。どちらが将来の皆さんの人生に大きな意味をもつのかを皆さんに考えてもらいたいのです。そして、これからの4年間の勉学を支えるものとして、“Do for Others”の目的語=“What”をもつことの重要さを強調したいのです。ロゴでは省略されてしまいますが、「他者への貢献」には当然、目的語としてのWhat が伴います。明治学院の創始者ヘボン博士には、先ほど話しましたように「キリスト教を日本に伝えたい」という強いミッションがありました。皆さんには、ヘボン博士同様、自分は何をもって「他者への貢献」を果たしたいのか。自分は将来こういう職業に就きたいという夢を抱き、その夢の実現を学生時代に追い求めて欲しいのです。はじめは夢でいいから、まだ夢としかいえませんが、学生時代にそのような目標を持ち、それを地道に追いかけていくことは、今後の人生に大きな力をあたえてくれるはずです。

  明治学院大学は、新入生の皆さんが各自それぞれの、夢や目標を追い求め、勉学に励むのにふさわしい環境を提供しつづける所存です。4年後の卒業式に、今度は卒業生として再びこのチャペルでお会いできることをお祈りし、式辞とさせていただきます。


明治学院大学の教育理念 Do for others