「ともに課題を担う大学」を目指して

学長 大西晴樹

  1891年の11月、いまから117年も前のことですが、日本人最初の明治学院総理となった井深梶之助先生はその就任式において明治学院の教育の基本方針として「パンにあらで寧ろ修養(カルチュール)、忠君愛国のみに偏せずして上帝を敬畏するを以って知恵の本と為す」べきことを宣言しました。

  この演説は、教養教育センターの紀要の名前「カルチュール」に示されているように、明治学院大学において、よく繰り返される有名なフレーズです。この時期は資本主義の興隆と国家主義の台頭の時代ですから、井深先生は、明治学院の教育の根本を、物質主義でも国家主義でもなく、「上帝」すなわち、キリスト教の神を敬い、恐れることを通じて研究と教育に励むことであると教えられたのです。実際、1891年という年は、前年に天皇に対する忠誠を国民道徳及び教育の指導理念の根本とする教育勅語が発布され、1月には第一高等中学校において始業式に一高教員の内村鑑三が教育勅語に少ししか頭を下げなかったばかりに、退職に追い込まれるという有名な不敬事件が起こった年です。じつに勇気ある就任の弁でした。

  井深先生は当時38歳。以後30年にわたって明治学院の存亡をかけた困難な時代に総理をつとめられました。ご存じのとおり井深先生は、会津の武士の出です。戊辰戦争のさいには白虎隊に年少のために加わることができず、自害することなく生きながらえ、洋学を志して横浜に来て、アメリカ人宣教師S・R・ブラウンに出会い、その人格的感化のもとに1873年、19歳の時にキリスト教に改宗しました。その頃の井深青年は薩長への報復を心の支えとして生きていたのです。賊軍となった会津藩の出身であることからいつか薩長への復讐を果たしたい、その手段としての英学の勉強だったのです。それが、新約聖書のマタイによる福音書5章43節-45節『「隣人を愛し、敵を憎め」と言われていたことは、あなた方の聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ』というイエスの言葉を聞いたときに目から鱗が落ちたのです。会津の侍井深梶之助は、キリストの愛を知ったそのときから、自らを縛ってきた古い生き方を捨て、キリスト教の新しい倫理を身にまといました。

 

  私は、敗戦後の貧しい時期をわずかしか知らず、日本が高度経済成長を経て豊かになりかけた時期に青春を送りました。バプテスト教会ですが、プロテスタント・キリスト教に入信したのは1979年、いまから29年前のことです。北海道から東京の大学に入学し、その後大学院に進み西洋近代史の研究をしていた私にとって最初キリスト教は研究テーマであっても、信仰の対象ではありませんでした。大学院では、研究を重ね論文を書くことが厳しく要求されます。あるとき、指導教授が牧師さんたちの研修会の講師をするというので、かばん持ちでのこのこついて行ってから教会にいく機会が与えられ、3年ほど教会に通っているうちにキリスト者になりました。今日は現在の牧師である小河義伸先生もいらしていますが、その教会は、「ともに生きる」(Mitleben)ということを教会の課題としてとして掲げており、普段は研究という自分自身の関心や、それに励むことのできる生活環境作りだけに専念しようとしていた私にとって、教会員と「ともに礼拝に参加し」「ともに奉仕活動をし」「ともに苦しみ」「ともに喜ぶ」ことは、「敵を愛し迫害する者のために祈れ」という聖書の言葉が井深先生に与えたのと同じくらいの強烈なインパクトを持つものでした。研究職という専門職を志しながら私は「ともに生きる」ことの大切さゆえに、自分の罪を告白し、神の前に赦しを乞うたのです。

  今日の日本は大衆消費社会が爛熟期を迎え、「ともに生きる」ということが切実な課題になっているように思われます。とりわけ、都市化・情報化・グローバル化は利便な生活を提供しながらも、「オタク」や「引きこもり」という言葉に象徴されるように、年齢や性別、社会環境や考え方の異なる「隣人」とのコミュニケーション関係を上手に構築することのできない若者を多く産み出しております。また経済や交通、情報手段の発達によってグローバル化が進展したとはいえ、言語・民族・宗教・文化の異なる「外国人」への理解や、「外国」との平和構築は、むしろ困難になってきたように思われます。さらに、資源枯渇問題や地球温暖化問題にみられるように、私たち人類の生存と持続的成長を可能とする「環境」の破壊は、「自然」との共生の困難さを訴えています。これらの諸課題は私たち人類への課題であると同時に、すぐれて21世紀の明治学院大学に負わされた研究・教育の課題でもあるのです。

  いま大学は、1991年に始まった大学設置基準の大綱化以降、18歳人口の長期的な減少傾向とあいまって大学間競争が激化し、大変厳しい環境の中に置かれています。自由化の波は、カリキュラムのみならず、国立大学の独立法人化、株式会社立の大学、外国の大学の認可というように設置主体の自由化へと行き着き、新設学部学科の設置認可に関しては定員増が伴わない場合は届出制という自己責任制へと向かいました。反面、このような自由競争の原則には社会的説明責任が伴うということから、本学では、2009年度に向けて現在準備が進められていますが、文部科学省が認定した認証評価機関による7年毎(法務職研究科は5年毎、2007年度に日弁連による評価を申請し、適合認定を取得)の適合認定の取得と、学部学科・大学院の教育理念の構築、それに即したFD(授業改善)が義務づけられました。さらに国際レヴェルでの教育標準化の波、たとえばOECDの学習到達度調査(PISA)は、いまや大学教育課程にも及ぼうとしています。

  このような自由と責任の時代に第12代学長に就任するにあたって、私は、キリスト教に基づく人格教育という本学の「建学の精神」に立ち返り、「ともに生きる」という姿勢で現代の研究・教育の課題に雄雄しく立ち向かっていかなければならないと考えています。前任者である大塩武学長は、「他者への貢献」(Do for others)という「教育理念」を明確にして、大学を社会に知らしめる仕組みを構築しました。いまこそ、明治学院大学の教職員が一丸となって協力しあうことが必要です。教員は学生や職員とともに、また職員は教員や学生とともに、互いの苦しみ、喜びを分かち合う、かけがえのない明治学院大学の「同労者」(copartner)であることを訴えて、就任の挨拶に代えさせていただきます。