1998年度エッセイ

横浜学生相談センターへようこそ

4年勤めた病院での心理の仕事を辞め、大学でのカウンセリングを始めて、4ヶ月がたちました。最初は学生の皆さんの健康なエネルギーに圧倒されていましたが、やっとこの環境にも慣れてきました。オリエンテーションで各学科をまわったので、新入生の方は、お目にかかった方も多いと思います。
横浜の相談センターは図書館向かいの2号館にあります。情報センターにおりる階段のところに掲示板があり、事務の安田さんがわかりやすい地図を貼りだしてくれています。 センターへの入り口はちょっと目立たないのでポスターを張り出してみました。
通りかかったら見てみてください。静かな環境であることはいいのですが、気軽にはいりにくいという学生も多いみたいです。(事務所は人がいないこともあるので、まずはドアを開けてみてください。ベルがなるようになっているので、スタッフがお迎えいたします。)
さすがに春休みにセンターを訪れる学生は少なかったのですが、新学期とともに毎日のように新しい学生が姿を見せるようになりました。4月に相談センターを利用した学生の数は74人。ご家族も5人が利用されています。のべ74回の面接が行われ、25回の電話相談もありました。内容は事務的な問い合わせから、大学での適応の問題、将来に対する不安、友人やサークルでの人間関係などさまざまです。相談は1回で終了となることもあるし、継続したカウンセリングを選択することもできます。
医療が必要と思われる人には、健康センターと連携する場合もあります。
オリエンテーションで心理テストの宣伝をしたところ、去年の倍以上、22人の学生が心理テスト希望で来所しています。こころの問題に興味があるけれど、ひとりで来る勇気がないという人は、ぜひお友達と一緒に来てみてください。
こういう方には、まずはエゴグラムやYGテストという自分の性格や行動パターンがわかる簡単なテストをして、カウンセラーが結果をひとりひとりにフィードバックすることにしています。こうしたことを通じて、自分を考えるきっかけになったり、相談センターを身近に感じてもらえたらいいと思います。
面接室は2つあり1つは箱庭療法ができるように人形や小物が用意されています。箱庭療法とは、白い砂の上に思いのままに風景を作ることで、自分の心の中を表現していきます。もうひとつはシンプルな部屋でゆったりと面接できるようになっています。
その奥にはお茶を飲んだり、くつろげるちょっとしたスペースがあり、立ち寄った学生が持参したテープをかけたり、昼食をとったりというように利用されています。こちらも4月にはのべ88人の人が利用しました。
見学も受け付けていますので、お気軽にのぞいてほしいと思います。
(白金通信1998年5月号「カウンセリング・ルーム」より転載)



気分はとってもコバルトブルー

私は明学に通う18歳の女子学生、仮に名前はA子としておくわ。季節はもう7月、前記テストが迫ってて、本当ならば勉強にいそしんでいなければならないのに、私の心は梅雨前線通過中。毎日じめじめしてて何も手につかないの。悩めるうらわかき乙女でいるのもとってもつらいのよね。いつも友達に電話で愚痴をこぼしてきたけれど、最近テスト勉強でいそがしくてみんなかまってくれなくなってしまったわ。事情はよ−くわかるけど、誰か私の話を聞いてくれるひとっていないのかしら?
そんなブル−な日々をすごしていた私はある日ふとしたきっかけで、「学生相談センタ−」という存在を知ったの。健康相談所なら健康診断で行ったことあるけど、どうもそことは違うみたい。いったいどういう場所なのかしら。悩みを相談する所みたいだけど、私みたいなしがないうら若き乙女が相談に行っても話を聞いてもらえるのかしら。とっても深刻な悩み事でなくちゃ、いけないんじゃないのかしら?だって私、毎日憂うつだけど、具体的な問題が何かって自分でも実はよくわからないの。「気のせい」と言われればそんな感じもするし、人に頼らないで「自分で何とか」努力しなくちゃいけないとも思ったりもするのよね。世の中にはもっと大変な人もいるんだもの。そもそも何話せばいいのかしら?例えば「戸塚駅から大学まで遠すぎるから憂うつなんです」なんて正直なこと話したら「わがままです」て説教されるかも知れないじゃない。でもどうしましょう。だからといってこのままの私では何も解決されることはないのよね。すご−く勇気がいるけど、センタ−にちょっといってみようかしら。
というわけで、とうとう私は学生相談センタ−がある横浜校舎2号館前まで来てしまったわ。情報センタ−のコンピュ−タ−実習室には時々行ったことはあるけど、そのとなりが学生相談センタ−なんて知らなかったわ。入り口も薄暗くてなんだかおばけがでてきそう。ちょっと重い紫の扉をおそるおそる開けてみたら、出てきたのはおばけじゃなくて人間の受付だったわ。最初に「相談申し込みカ−ド」に記入するよう言われたの。カ−ドには名前のほかに相談内容を書く欄があったけど自分の気持ちなんて整理がついてないから書けるわけないじゃない。だからとりあえず「気分はとってもコバルトブル−」って一言書いたけど。だんだん心臓がどきどきしてきたわ。カウンセラ−に相談することなんていままで経験したことないんだもの緊張して当然よね。ではいってきます*「相談センタ−」という所は何やら深刻な悩みがないと相談できないと思われていることが多いです。でもA子さんのように何となくもやもやした状態でも、気持ちの整理に相談センタ−を気軽に利用してくれればいいなと思います。紹介が遅れましたが私は受付の安田でございます。
(白金通信1998年7月号「カウンセリング・ルーム」より転載)



今の自分を責めなくても

学生相談センターに来る人の相談は、実に様々な相談があります。カウンセリングへの入り口は、一人ひとり異なりますが、私は相談に来る方たちが自分と向き合っていく中でいくつか類似したところがあることに、気づきました。
まずひとつめは、たいていの人が、大学生ともなると大人なのだから自立していなければならないと考え、自分のことを自立できていないと責めることです。確かに、年齢的には大人なので、経済的、精神的に自立して親に迷惑をかけないようにしようとか自分の悩みは自分で解決しようとするのは、なかなか偉いなとは思います。しかし、どこまで、なにをもってして自立と言えるのでしょう。どんなことがあっても、誰も頼らないというのが自立なのでしょうか。
自立というのは、次第にできてくるもので、大学生になったからといってすぐにできるものではありません。その途中にはうまくいかないことや自分の力でやり遂げるとか多くの経験を経て、少しずつ自信もついてできてくるものだと思います。恐らく、みなさんは今その途中の段階のように思います。もしかすると本当の自立は、これから社会に出て、その後のこともかもしれません。
もうひとつ気づいたことは、自分の中に起きてくる気持ちに罪悪感を持ってしまうことです。たとえば周りの人との関係で、相手を嫌ってしまったり、イライラや不満などを持ってしまったり、羨ましく思ったりすると、そういう気持ちになってしまう自分がいけないんだと思い、その気持ちにフタをしようとしてしまうことです。
怒りや悲しみ、憎しみなどといった気持ちは、それを感じること自体が不快なので、なるべく感じたくないものではあります。しかし、これらの気持ちも、人間にとっては必要不可欠な感情です。もともと不快な感情というのは、生物が危険を察知して、生命を維持するために必要なものでした。自分の気持ちにフタをし続けていくと、自分に無理をさせてしまうことになり、心や体が病気になってしまうこともあります。
自分の気持ちをそのままにかんじることと外に感情を出すこととは別なことだと思います。また表現の仕方によって、相手への伝わり方も違うと思います。
このようにみなさんくらいの年代だと、正義感の強さのせいか理想の自己像があるせいか、できない自分を責めたり、ネガティヴなものを排除しようとする傾向にあるようです。けれどもできないことは悪いことではないし、起きてくる気持ちは自然なものです。
今の自分を良し悪しで評価したりせず、そのまま受け入れていってあげることも自分が変化していくことにつながっていくはずです。
(白金通信1998年10月号「カウンセリング・ルーム」より転載)



ぼくが本音を語るとき

この4月9日に二人目を出産したが、その産休中に思ったことを一つ二つ。出産による母親不在の六日間、四歳目前の長男は託児所と父親、祖父母の間でそれなりに新しい事態を理解し、前向きに”いい子”に過ごした。そして私の退院後産まれたばかりの弟の帰宅を心より喜んだのであったが、母親の目にはどうしても「何かすっきりしない」印象が残った。どうやら時々母親の顔色を窺うような、懐疑的な表情を見せるのである。気になりながらも様子を見守っていると、ゴールデンウィーク明けのある夕方のこと。私が台所に立っている時、「ママ、ぼくね、ぼくね・・・・。」と脚元に擦り寄ってきた。一番忙しい時間ではあったが、このタイミングを逃してはならないとの思いから本腰を入れて話しを聴いた。すると「ぼくがパパと病院にお見舞いに行った日、みんなでお家に帰れると思ったのに、パパと二人きりで帰ることになっちゃったから淋しかったの。またママが入院しちゃったら困る」ということを繰り返しつつ、ワーっと一時間泣きついてきた。この結果、当然その日の夕飯は宅配になってしまった。しかし、それからというもの、これまで一ヶ月間も続いていた夜泣きがぴたりと止まった。いつもの表情も戻った。その後も何度か同じ事を言いにきたが、泣き続けることはもはやなく、次第に話題からも消えていった。  人は三歳にしてすでに本音を隠して我慢をする。そして安心して気を緩めることができるような状況では、本音をもらして甘えることもできるものである。 「こどものときはちゃんと話していたというのに/今は忘れてしまった言葉があるという/赤ちゃんのときはみんなママにむかって/ほんとうの気持ちをうたいかけている」  これはこの春、長男と毎朝聞いていた、子供向けの番組でよく流れた「コーラス」の歌詞である。今はウィコット派の精神分析家である、かつてのフォークミュージシャン、北山修氏の作詞であるとわかればなるほどとうなづける。  人は社会に適応するために、ある時本音を語らないことを学ぶ。しかし社会とうまく折り合ううちに、今度は本音を語れないことで自分自身に適応できなくて苦しむことにもなる。また、人は深く恐れているとき、困惑しているとき、安心できないでいるときにも、本音を語れなくなることがある。しかし、時をおいてもいずれそれをもらすことができて、それを相手に聴いてもらえると、以外に難なく肩の荷を下ろせるものである。そして自ずと自分らしさを取り戻すことができる。  ほんの些細なことにでも私たちはよくつまずく。そして些細なことから自分らしさを取り戻す。学生相談センターはこのようなこともお手伝いできる窓口でありたいと思っている。
(白金通信1998年11月号「カウンセリング・ルーム」より転載)



育ての親と生みの親

帰宅が遅めになったある日のことです。それはモーゼの「十戒」であるとすぐに分かる映像で、居間のテレビ画面に足が釘付けになりました。ナイル河に流されていたモーゼを拾い育てたパロの娘である養母と、レビ人の母親が激しく言い争う場面でした。育ての親と生みの親はどちらがモーゼにとって大切な存在であるかを互いに主張して譲りません。そこにモーゼが登場したので、どちらを選択するのかと重い課題の答が待っていました。モーゼは養母が王位に引き留めるのをふりすてて、生みの親とその家族に戻りました。
自尊心の確立と親からの自立をめざす学生との面接では、表現は違うものの「受け入れて欲しい」と訴える場面に遭遇することがしばしばあります。それは養母の役割に近いものと感じていたので、モーゼはこの課題をどう受け止め、二人の親をどう受け入れていくのか映画の展開に関心が深まりました。
モーゼはヤーウェの神の命を受けてエジプトに奴隷として迫害されていたイスラエルの民を救出し、カナンの地に向かいます。イスラエルの民がエジプトを脱出する時に、養母は自分も連れて行ってほしいと頼みますが、人々は信仰する神が違うと反対します。その時モーゼは「この人は私を育ててくれた」と養母を援護し育ての母の願を受け入れてエジプトを脱出しました。群集とは異質なエジプト王家の装束をした養母を輿に乗せて脱出する映像から、育ての親と生みの親と、そのどちらも受け入れたモーゼの包容力と決断に感動しました。
生みの親は人の命をこの世に産み出す唯一無二の母親です。一方、育ての親はこの誕生から始まる関わりによって作られていく働きとしての親であり、産んだ母親ではなくてもいいといえます。しかし多くの場合、生みの親は子の誕生の瞬時に完全な育ての親であることを期待されがちであり、親もまた完全であるべきと思い込みがちです。母親の育児ノイローゼや児童虐待の発症は生みの親に向けられる誤った認識によるものと言えるでしょう。
青年期の自立の時が近づく頃になると、人はこれまでの成長過程での傷つきや欠乏感、不満足感や欠損部分に気づき、親に対して反抗をし始めます。  この時に至っては、育ての親の機能は家族を越えてさまざまな師、先輩、友人や本、音楽、絵画、自然等にも広がります。育ての親の機能が多岐に広がることは豊かな人間形成を期待できることでもあります。
が、まず人は人に出会うことを欠かすことはできません。人は人によって人になるのであって、人から受け止められる体験をすることで、自分自身や他人の存在を受け入れることができるようになるのです。
青年期にはこうした基本的人間関係を再確認することを欠かすことはできません。センターでの出会いを自分自身が大きく飛躍するための選択肢の一つとして活用してください。
(白金通信1998年12月号「カウンセリング・ルーム」より転載)



今年の「願い」は何ですか?

あけましておめでとうございます。 1999年をどのような願いをもって迎えられましたか。20世紀も終わりに近づくと、歴史の大きな流れを意識せざるをえませんね。不景気とはいえ、もののあふれる豊かなこの時代に、生きるうえでの新しい価値観を求めて私たちのこころは揺れ動いています。将来への展望の決して明るくない社会情勢ですが、みなさんは新しい年にご自分なりの希望を描き、ご自分なりに目標をたてて、その達成に願いをこめていらっしやることと思います。考えてみますと、「願う気持ち」は私たちが将来に向けて良いイメージを投げかけ、将来へ希望を持って生きて行こうとする時に、よく抱くこころの動きですね。そこには、自分には計り知れない何かとても大きな力に身をゆだねる意味も含まれていると思いますが、そういう気持ちが持てるからこそ、たとえ困難な状況にあったとしても、その困難を乗り越えて行く力がわいてくるのだと思います。そして、努力もして行けるのだと思います。
こうしたことはカウンセリングの場でも行われていることで、カウンセリングでは過去の出来事を聞くだけではなく、その人が今どんな欲求を持って将来を生きようとしているかを聞き、それによってどんな困難にぶつかっているのかという、将来に向かう自分について話題にすることが多くなります。人間のこころや行動は環境や遺伝の他に、生きる目標や価値観によっても変化するものなのです。例えば、困難な事態に対してもよいイメージを描くことができれば自信をもって対処できますし、反対に悪いイメージをもつと不安が増してうまく対処できなくなります。このように、その人の抱くイメージが物事の成否に影響を与えてしまうのです。良いイメージを抱ける人ほどさまざまなチャンスに恵まれ、それをつかまえることができると言えるでしよう。ですから私は希望を持つということ、良いイメージを持つということを大切にしています。
けれどもそうは言っても、因っていたり、悩んでいる時には、不安がつのって悪い方へ悪い方へと物事を考えがちですよね。そうすることでますますその状況から抜け出すことが難しくしなってしまいます。私もそういう体験をしたことがありますが、その時には自分の気持ちを人に聞いてもらいたい、絵や音楽で表現したいという欲求が強くなり、それができた時には随分気持ちが楽になりました。きっとそのままひとりで悶々としていたら体調までも悪くしていたことでしよう。
ですから、みなさんにお勧めします。困ったり、悩んだりしている時には早めに学生相談センターに出向いて、試しにカウンセリングを受けてみてください。きっとこころにゆとりができて良いイメージを持てるようになり、生きやすくなると思います。
(白金通信1999年1月号「カウンセリング・ルーム」より転載)



生まれ変わるために

昨年末、記憶をなくした主人公が過去と再会するという設定のドラマが話題をよんでいました。誰にでも消したい思い出くらいあるだろうし、記憶喪失にはならないまでも、生きるためには忘れることも大事なことです。そう言えばカウンセリングが敬遠される理由の一つに、昔のことを思い出したくないという気持ちがあるようです。それには、過去や性格は今更変えられないという諦めもあるのでしょう。ただ、上手に忘れることができないと、人はかえって苦しむような気がします。例えば、辛いことを忘れたいからと心を閉ざし、楽しかった想い出さえ葬ってしまったら?それでは単なるぬけがらにすぎないかも。ならば過去を変え、生まれ変わるしかないのでは?でも…、どうやって?
ドラマの主人公たちは昔の自分と出会うことで傷つく不安を抱え、過去がなくても生きていけるか自問しながらも、それらを取り戻し、受け入れ、新しい自分として生き直し始めます。ドラマだから簡単にできすぎているけれど、カウンセリングの中でもそんなふうに生まれ変わっていく人たちの姿に触れることがあります。新しい命の誕生の流れ、生まれゆく瞬間を垣間見せてもらえることは、我々カウンセラーの喜びでもあります。
ある女性は、苦しみの末に生まれ変わった自分を点線から実線になったと表現し、世界に色がついたと語っていました。親に愛されている実感がなく、長い間、不安と抑うつ感の中で生きてきた人でした。
生まれ変わりの努力を続けていた頃、彼女は本当によく泣きました。それこそ毎回泣き続け大抵は激しく泣きじゃくっていました。辛い過去を思い出しての、悲しみと傷つきに満ちた苦い涙ではありましたが、可愛がられた体験のあったことも少しずつ思い出し、驚きや安堵の涙も混じるようになりました。どちらにしても、私にはそれらがまるで、赤ちゃんが泣き声とともに生まれてくるときの姿に似ているように感じられました。まさしく、魂の復活のための二度目の産声だったのかもしれません。泣くということはとても根源的な営みですが、新たなる心の命を生み出すときにも必要なことなのでしょう。
確かに歴史の真実は一つです。けれど見る人や眺める角度によっては異なったものに見えるのも事実でしよう。個人の歴史も同じこと。どんな想いで受け止めてきたか、そして今またどんな気持ちで振り返るかによって、全く違って感じられるはず。
過去に縛られている人、過去を捨てたいと思う人、どちらも不幸かもしれません。そのどちらでもなく、上手に忘れながらも様々な過去を生きてきた自分としてさらなる道を歩めたらと思います。そのためには、色々な自分に対し恐々でいいから心の扉を開くこと。そして、他者の中でできるだけたくさん安心して泣くことができたら…。なぜなら、誰かに見守られる中で心から涙できた人は生まれ変われるように思うから…。
(白金通信1999年2月号「カウンセリング・ルーム」より転載)



社会人になる不安

卒業を迎える頃になって、社会人になる不安がいよいよ深刻になることがあるようです。在学生の中にも、卒業してからの自分のあり方について、皆目見当がついておらず、そのことを考えるだけでも落ち込んで、ただただ気持ちだけが焦って相談に訪れる人も少なくありません。
そんな心配を抱える方とご一緒に、心育てについて話しあってきました。一人前でない、何か人と比べて足りないものがあるという自信の無さをどうしたら克服できるのでしょうか。
大学は職業訓練校や専門学校と違って、職業人としてのスキルや人間関係能力を教えてはくれないのですから、その不安は当然なのかもしれしれません。このことに早めに気づいた人は大学の勉強とは別に、就職に必要な技能を身につけるように心がけているようです。
社会に出て職業につくことは、親に学費を払ってもらっていた生活に終止符をうつことであります。そして自分の生きていく糧を得るために、働かねばならないのですから、その生活は激変することになりましょう。ここで気持ちを切り替え、ある通過点を越えることが出来るだろうかという不安がでできます。その生活が変ることの不安に対して、心理的にも何か準備が必要でしょう。
社会は矛盾に満ちている また、学ぶことを忘れた大人になりたくはない。嫌いな人とはつきあいたくない。自分の個性を殺したくない。お金のために自分を縛られたくない。お茶くみやコピー取りは大学出の私の仕事ではない。などということを理由に、せっかく就いた仕事を三カ月もしないうちに辞めてしまう若者が増えているということも、よく耳にします。
確かに、社会は良く分からないことが多く、矛盾に満ちているようです。でも、そこに仕事があるということは、なんらかの社会機構の一部として仕事が存在し、世の中に役に立とうとしている働きがあるということです。もしかすると自分がその中である働きをすることで、社会がより良いものになるかもしれません。それは何年かかけてできることでしょう。そんなふうに考えることが一人の大人としての責任なのではないかと思っています。こんなことをしているうちに、どうやら手応えを感じ、はじめて自信がついてくるようにも思います。
自己実現という心子育ては誰にも邪魔されずに、一人でしあがっていくものではないようです。それは仕事の道筋にしても、日頃の人間関係においても言えると思います。仕事が思い通りにならなくて、それがなぜなのか、悩んだり、苦しんだりすることで、仕事が出来る人間として磨かれるとでも言いましょうか。
あなたがつく職場にも、身のまわりにもそんな人生の達人がきっといらっしゃることでしょう。社会人の先輩に心を開き、礼を尽くして教えてもらうことから、心育ては始まるような気がするのです。
(白金通信1999年3月号「カウンセリング・ルーム」より転載)



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