2002年度エッセイ

白金通信「カウンセリングRoom」より


「学生相談センター」という選択

四月最初の第一歩はいかがでしたか?ここは学生相談センターから「こころ」に関する話題を発信するコラム欄です。今年度はセンターの紹介から第一歩を踏み出したいと思います。
大学生活では、授業を始めとする生活設計を自分が主体となって決める機会が増えてきます。今まで以上に個性や創造性を発揮することができるのです。手放しで喜べそうなこのこと、実はちょっとやっかいなことでもあるのです。自分主体であるがゆえに、とっかかりが掴めないとか、小さなきっかけで絶望感に襲われやすいというマモノが潜んでいるからです。このマモノちゃん、別名「どうしたらいいかわからない」「無気力」「自信がない・・・」など。
こんなマモノちゃんに見つめられたらどうしますか?友達や家族、先生など信頼できる人に相談。自問自答。本からヒントを探る・・。その選択肢に「学生相談センターで一緒に考える」を加えてほしいのです。
センターは、心理学を学んだカウンセラーが皆さんの抱える悩みについて一緒に考え、解決への糸口を模索する機関です。「自分のことがもっとよく知りたい」と自己理解を深めるための利用もできます。また、心に関することだけでなく大学生活全般に関する情報提供などにもできる範囲でお答えしたいと考えています。つまり、アナタが『大学生活を円滑に過ごすための相談窓口』なのです。
(じゃ話せばパッと解決するんだ)と思ったアナタ。残念ながら手品師はおりません。あくまでも「一緒に考える」場なのです。
(だったら結局決めるのは自分だし、相談しても仕方がない)・・・そうでしょうか。自分のことだからこそマモノちゃんがどこからやってきたのかわかりづらかったり、どう対処してよいか途方に暮れてしまうのではないでしょうか。誰かと分かり合うことで考えられることがあるはずです。日常生活から離れた第三者であるセンターなら、ゆったりと自分の内から湧き出てくる感情に向き合えるという利点もあると思います。
(でも相談するタイミングがよくわからない)(すごい相談じゃなきゃダメ?)と心配なアナタには重要な情報を。センター利用者の半数以上が一,二回の具体的な情報提供やアドバイスで終了となります。ニッチもサッチもいかなくなる前に、気軽に利用できるのですよ。まずは来室か電話で連絡をください。受付が少しお話を聞き、必要に応じてカウンセラーとの予約を取ります。センターで相談できるかどうか一緒に考えるのも一つの方法です。「困ったときは誰かと相談しながら、きちんと対応できる」。これって意外とすごいことだと思いませんか?
センターだけでなく学内には様々な窓口があり、皆さんをいろいろな角度からサポートしてくれます。上手に利用して実りある大学生活を過ごしてください。
★おまけ★ マモノちゃんは悪党ではありません。時々、磨けばキラキラひかる宝石の原石でもあったりもするらしいですよ。
(白金通信2002年4月号「カウンセリング・ルーム」より転載)



ひとりで決める前に

特に新入生の皆さんには、5月は大切な時期でしょう。大学は自由度が高く、生活が本人次第。講義など学問、サークルや友達づきあいに恋愛、アルバイトや様々な社会経験…といろいろ可能性があるわけですが、そろそろ当面の生活リズムが決まってくることが多いです。大きな野望であれ小さな夢であれ、長期的な希望と近未来の目標とを考え、積極的にチャレンジしてほしいと思います。
とはいえ「何しに大学に来ているのだろう」「これが自分のやりたいことなのだろうか」という疑問を、むなしさ、ため息とともに感じる人も多いようです。もともと明学は第一志望ではない、自分には別にやってみたいことがあるという人もいれば、希望や期待を持って入学したのにやりがいを感じられないという人もいます。
また、大学になじめない、昼休みや帰り道に孤独を感じる、人と気が合わない、自分を出せないといった悩みを感じる人もいます。友達になるきっかけをなかなかつかめないこともあるでしょう。大学は決め事が少ないので、一度リズムが狂うと立て直すことが難しく、いつの間にか長い時間がたってしまうこともあります。
その他いろいろな理由で、転部や転学科、休学や再受験といった大きな方向転換を考える人がいます。
思い迷った時、調子が出ない時には、一人で決めてしまう前に、友人、家族など誰かに相談してみてはどうでしょう?学生相談センターも試してみてはどうでしょうか?
「自分は何に向いているのか」「この先どう生きていこうか」という将来につながる問いは簡単に答えのでないことがあります。もちろん未来は自分のものですし、決めるのは自分です。ただ、人と話すなかで、疑問が整理できたり新たな視点がうまれたりすることもあります。誰でも短所もあれば長所もあるでしょう。自分らしさを発揮するきっかけをしばらくいっしょに考えてみませんか。
また、誰でも人には言いたくない部分もあるでしょう。秘密は守りますし、話せる範囲で話してもらえたらと思います。
大学には学生、教職員など多くの人がいます。お互い分かり合える人と出会える可能性もあるのではと思います。相談センターが変化のひとつのきっかけになることもあります。みなさんとの対話は、私たち相談員にとってもいろいろな茂樹を与えてくれる貴重なものです。
悩みの渦中にいると、挫折や徒労、無駄な時間としか思えないこともあるかもしれません。しかし、時とともに様々な経験も糧となり、人として大きく成長する若者はやはり多いものです。みなさんの前途のご多幸を祈っています。
(白金通信2002年5月号「カウンセリングRoom」より転載)



携帯電話とメール

つい先だって新年度を迎えたと思っていたら、いつの間にかもう6月。1年生の皆さんは、そろそろ大学生活にも慣れてきましたでしょうか。授業ごとに、見られる友達の顔ぶれが異なるという大学生活は、今までとはずいぶん勝手が違うのではないでしょうか。
3年生は白金に移る人が多いので、横浜の友達との連絡や、サークル活動も今までのようにはいかなくなりましたよね。大学生活をより豊かな、満ち足りたものにするためにも、友達作りは大きな鍵を握っています。
毎年、この頃から夏休みにかけては、学生相談センターに寄せられる相談の中でも、友達関係についての悩みが、かなりの割合を占める時期です。
「親密になれない」「気の合う人がいない」からはじまって、「友達がいないから大学に足が向かない」「友達ができないのは、この大学が自分に合わないせいだ。再受験や転科がしたい」などさまざまです。皆さんの中にも、そのように思われている方がいらっしゃいましたら、私たちもいっしょに考えていければと思います。
ところで、そんな友達関係の相談の中で、ここ数年目立つのが、友達とのコミュニケーションの道具としてお馴染みの、携帯電話やメールに関することです。
ここではそうした相談について、ひとこと、ふたこと触れてみたいと思います。
かく言う私も携帯電話の愛用者です。外での待ち合わせにも便利ですし、不在がちな友人を捉まえるのにも重宝します。メールであれば、相手の時間を妨げることなく、その人の都合のよいときに読んでもらうことができます。今まで連絡しにくかった友達とも連絡が再開するなど、友人関係が拡がっていくような気がしたり…。
一方で、「携帯電話をもっていないから友達のグループに入れない」、または「携帯の番号を交換しないと友達になった気がしない」と言う人もいます。また、いつでも連絡がとれる道具であるが故に、いつでもすぐに返事が戻ってこない時などには、当惑してしまう人もいるようです。ましてやその相手が交際相手であって、いつもそんな形で相手をつなぎとめておかなければいられないというのでは、お互いに窮屈ですよね。
メールもそうです。返信するタイミングには人によってかなり温度差があるようで、それがトラブルのもとになるということも度々聞いています。
ともあれ、これらの道具に振り回されず、友達関係を育めるといいですね。
私自身はどうしても、人間関係の基本は、目の前にいる相手を大切にすることであると考えがちです。おなじ時間を共有しながら、別の空間の人物とばかり会話しているというのは、ちょっともったいない気がしてしまいます。皆さんはどうお考えですか。
(白金通信2002年6月号「カウンセリングRoom」より転載)



初めて出会う大人との交渉

大学に入学すると、各種サービスはとたんに組織的になります。高等学校までは担任の先生に言えば、校内の問題のほとんどが適切なインフォメーションが受けられたと思います。
対して大学は広大な空間です。まずは自分で問題を整理して、次に適切な窓口に申し出てサービスを受けることになります。
この大学教育の「自分の抱えている問題はどういう問題なのかを自分で整理すること」を前提としたシステムは、高等教育とは全く違う体制ですから、初めはかなりとまどった人も多いと思います。
入学直後のオリエンテーションでも各窓口は案内情報を多量に出していますが、あまりにも大量過ぎて、整理し理解するのに時間が必要となり、苛立ちにつながることもあります。
しかし、よく考えてみると、問題の整理は、自分が「大人として大人を相手に交渉する」ためにはとても大切なことといえるのではないでしょうか。大学は社会へと続く教育機関ですから、「ひとり立ち」を強く求められます。
大学入学と共に与えられる、あのあふれるばかりの情報も、適切に窓口にもってきていただきたいという願いのあらわれです。
大学での窓口での応対は、単純で事務的な話もありますが、その多くはかなりお互いに話し合う時間を必要とする事項です。
学生相談センターでの話はもちろんのこと、奨学金を受ける、留学する、就職活動をする、資格を取得する、ボランティアをする、健康の不安を解消する、すべて、結構な相談時間を要するものです。戸塚まつりや白金祭を行うには、これでもかこれでもか、というまで話し合うこともあります。
そして、大学での問題は総合的です。成績評価さえ良ければそれで自動的に次につながり進路が開けるというものでもありません。自分がどう生きるのか、自分は何者なのか、常に自分が問われ、自分を育てられることを求められる空間でもあります。
私たち事務職員もそのような場で日々たくさんの学生のみなさんと接しています。それは基本的にみなさんの「ひとり立ち」を応援し、援助するものです。
それは私たちの仕事の専門性もさながら、私たち自身のものの考え方や他人を受け入れられる幅が問われる場でもあります。
若い学生たちが、日々変わって育っていく、「彼もしっかりしてきたよね」「あいつも頑張っているよなあ」皆さんが去った後、そんあ会話がふと交わされるのが私たちの仕事の喜びでもあります。
(白金通信2002年7月号「カウンセリングRoom」より転載)



こころの「部屋」をもつことの大切さ

今年度は「現代大学生の人間関係」をテーマにお話しているところですが、今回は「人間関係からのひきこもり」についてです。
学生相談センターにも「子どもが自宅に閉じこもってしまい大学にいけなくなってしまった」という保護者からの相談がしばしば寄せられます。またきちんと大学に通っていて一見活動的に見えても、内面的には人との情緒的な交流からひきこもり、深い空虚感に悩んだ末に自ら相談に訪れる場合もあります。
このような若者たちに共通している特徴として、こころの中に自分が安心してくつろげる場所がどこにももてないでいるということがあるように思います。彼らは人目を気にせず素のままの自分でいることが許されるような自分の「部屋」をこころの中にもてないでいるのです。
満員電車の中でも、ゼミや仕事の最中でも、私たちはこころの中にある自分の「部屋」に入って、自由にいろいろなことを思い巡らしながら、くつろぐことができます。
そういえば私は小学生の頃、授業中によくこの「部屋」にこもってボーッとしては先生からゲンコツをもらっていました。
確かにあまりに自分のこころの「部屋」に閉じこもり過ぎるのも考えものですが、一人になって素の自分でいることができるような「部屋」を自分のこころの中にもつことがまったくできなくなってしまうと、人は現実に外界からひきこもることでしか自分自身のプライベートな世界を維持することができなくなってしまうように思えます。
ところでこうした「ひきこもり」の問題が生じる若者の中に、いつも周囲の評価を気にして、それに応えることのみが生きる価値となっているような、いわゆる優等生タイプの人たちがいます。
彼らはそれまでの優等生的な生き方が行き詰ってしまったときに「ひきこもり」という選択肢を選ぶことがあります。彼らにとっては家庭はおろか自分のこころの中までも教室の延長のようになっていることが少なくありません。
このようなとき彼らを無理やり外の世界に引っ張り出そうとすると逆効果となります。まずは侵入的にならないように気をつけながらコミュニケーションを取りつつ、本人が自分の抱えている問題についてゆっくり考えることができるようなゆとりの時間と空間を用意してあげることが必要でしょう。
こころの中に自分の「部屋」をもてない現代の若者は一見明るく振舞っていても実はとてもデリケートです。その姿は高度成長期を競争、競争で生き抜いてきて彼らの親世代の鏡像であるのかもしれません。
特に卒業、就職を控えた4年生は外の厳しい世界にさらされて思いのほかこころを傷めていることがあります。親御さんへのお願いなのですが、この夏休み、彼らの傷つきに十分に気をつけて、どうぞいたわってあげてください。
(白金通信2002年8月号「カウンセリングRoom」より転載)



職場での人間関係

今回は大学卒業後の職場の人間関係について予想されることを一緒に考えてみましょう。就職を間近に控えて、心配になって学生相談を訪れる人も少なくないからです。また、実際に就職してから、行き詰まりを感じて相談に来る人もあります。
その心配のひとつに、職場の雰囲気に合うとか合わないといったフィーリングの問題があるようです。受容的なのか、競争原理が強く働いて厳しい雰囲気なのか、無気力無関心が漂う職場なのか。仕事をする場としての気持ち以前に目標達成をするために緊張したところなのか。
そして実際には直接関わる上司と仲間の一人二人が気になります。願わくば、人間的にも成熟し、仕事のできる上司と仲間に恵まれながら、いい仕事をする喜び、適度な達成感を味わえる職場に巡り合いたいものです。
しかし現実はなかなかそうはいきません。でも希望して就いた職場です。石の上にも三年、まずはなんとか新しい人間関係の経験として、忍耐してみて欲しいところです。
忍耐とは言っても、自分の気持ちを言わず語らずのままでは、苦しくなりすぎます。いよいよ辞職を決断してしまう前に、本音を聞いてくれそうな人を見つけて話せるといいですね。その人が見つからないときにはつぶやきでもいいから、言ってみることです。言わずとも行動で分かって欲しいという考え方もありますが、新しい職場はまったくの他人、言われてはじめて分かるという一面があります。自分では無言で辛抱しているつもりでも、他人には何を考えているのか分からない人と見えることもあるのです。もし本音を言葉にすることができれば、何より心の浄化作用(カタルシス)がおこるので、心が少し軽くなるはずです。
ところで人に自分の気持ちを言えるためには自分で自分の本音をしっかり受け止めておく習慣が必要です。謙遜しているというより本当に自己評価が低い場合は、発言する勇気も持てません。何かの機会に今の自分を受け入れる体験をしておくといいでしょう。
また、他人の評価が気になってこんなことを言ったら馬鹿にされると思って言わない人もいるでしょうか。ときには馬鹿にされることがあるくらいの人の方が気楽に付き合えて、親しみがわくということだってあるかもしれません。
この大学には学生相談というカウンセリングの場があって、ありのままのあなたの気持ちを汲み取りながら、ともにあなたらしい自己実現の方向を探して行くセンターがあります。生まれる言葉を待ちながら、ただ黙っていっしょにいることもあります。箱庭やコラージュや絵や音楽で気持ちを表現してもいいのです。いま、できることから始めて、将来の職場の人間関係に備えませんか。
(白金通信2002年10月号「カウンセリングRoom」より転載)



サークルやゼミでの人間関係

いよいよ白金祭、普段は静かなキャンパスが活気に満ちたお祭り海上に変身する時ですね。サークルやゼミの仲間と一致協力して、自分たちの出し物を成功させた時の喜びは、青春の1コマとしていつまでもこころに残ることでしょう。
一つのことを目指して協力して共同作業をすることで、他の人を信頼しお互いに一体感を持つことができます。ですから、サークルやゼミはそういう体験を通して、自分の気持ちを話せるようになったり、相手の気持ちを理解できるようになる大切な場なのですね。
時には意見の衝突や利害関係から争いに巻き込まれたり、集団の圧力に負けそうになったりすることもありますが、係の仕事や先輩後輩とのつきあいも体験して、人間関係能力をより高めることができれば、大手を振って社会に巣立って行けるでしょう。
さて、ゼミやサークルではリーダーや係を決めて、さまざまな企画の運営に当たっていますね。リーダーになる人は苦労も多いと思いますが、グループ成員の感情や声なき声を汲み取って、度量のあるリーダーシップを発揮してもらいたいものです。
独善的、権威的振る舞いから免れるために、自分の支配欲求を自覚しておくことも大切ですね。一方、グループ成員は自分の都合ばかり主張しないで、みんなで気持ちよく協力する意識が問われます。
集団には暗黙の行動基準が立てられて、個人の行動や考えが規制されることがあります。みんなと同じようにしなければ、シカトされる不安に駆られるかもしれません。それが集団の圧力となってしまうと、自分の身を守るのも大変です。
学生相談センターにはそのような相談も持ち込まれます。サークルを辞めたくても辞められない。授業に出たくても出られない、飲み会が苦手でも、無理して出なければ対人関係が悪くなってしまうなど、なかなか「個人の自由」とのバランスが難しいのです。そのことに気づいて、お互いの立場や考え方を尊重しましょう。
また、言いにくくても、「イエス、ノー」と自分の意思表示をはっきりさせていくことも必要ですね。特に主体性の乏しい、受身の性格の人は、勇気をもって自己主張する練習をしましょう。
相談の内容にはその他に、自分を出しすぎて相手を傷つけたのではないかという心配、相手を気遣い過ぎて自己矛盾に陥った苦しみ、経験不足で自信がないための対人不安などがあります。
長期化して無気力にならないうちに対処しましょう。話すだけでも気持ちは随分楽になるものです。これをきっかけに、自分の性格などの自己理解を深めていくのもいいですね。
グループに馴染めない辛さを感じた時には、相談センターの扉を開くのも一つの方法だということを覚えていてください。
サークルやゼミで実りある青春を!
(白金通信2002年11月号「カウンセリングRoom」より転載)



充実した学生生活のために

横浜、白金の両キャンパスの一角にある学生相談センターには、さまざまな学生の皆s何がやって来ます。
友人関係の悩みを抱えてカウンセラーにアドバイスを求める人、自信を無くし生きる意味を模索している人、家族からの自立と依存の間で葛藤している学生、ちょっとお茶を飲みに立ち寄るだけの人やコミック本を読みに来る人もいて、本当に千差万別です。
ご家族からの相談もあります。どれ一つとして同じ相談事はありません。人の数だけ、学生の数だけ、悩みの数と種類があるのでしょう。
でも、共通していえることもあります。それはどの相談事も、皆さんの世代である青年期に特有のものだということです。
学業の問題にしても、友人関係の悩みにしても、こんなことで悩んでいるのは自分だけだなどと考える必要はありません。その意味では似たような相談事が多いということができます青年期特有のものであるということは、誰もが通る道であり、それを通過して成長していくものだということです。
「みんな悩んで大きくなった」というテレビCMのコピーがずいぶん前に(私が青年期の頃に)流行りましたが、本当にそのとおりだとわが道を振り返りながら思ったものです。
学生相談センターのカウンセラーは、学生の皆さんの悩みや問題に付き合いながら、皆さんがそれを自ら解決する力をつけて行くことをお手伝いします。あーしなさい、こーしなさいと「命令」することはありません。あくまでも自分で決め、自分で解決するのです。だからこそ、その過程で成長することができるのです。
大学は単に知識や技術を学ぶ場ではなく、人としての成長の場、人格形成の場でもあります。それを実現するのは大学としての役割であり責任でもあります。
そしてその責任は、もちろん教員も共に担っています。
大学の教員は、教室で授業をするだけではありません。皆さんの人間的成長を支援するという役割があり、責任があります。
学生の皆さんには、教員をもっと身近な存在として感じていただきたいと思います。もっとコミュニケーションを持っていただきたいのです。専門の分野に関する質問などはもちろんのこと、自分の学業や進路についても、先生方を相談相手として活用してください。
相談センターのカウンセラーは、相談者である学生自身の了解なしには学科やゼミの先生に相談内容を伝えるということはありません。だからこそ、皆さん自身がその両方をうまく活用していただきたいのです。
学生の皆さんが、学業と人としての成長の両面で、充実した大学生活を過ごしていただくことを、全ての教職員は願っています。
(白金通信2002年12月号「カウンセリングRoom」より転載)



女性同士の関係

同性の人間関係について書くことになっているのですが、締切日まで考えに考えた末、私の頭の中は何がなんだかわからなくなりました。
というのも私にとって同性(私は女なので女性との)付き合いの極意など身に付けているワケもなく、ましてや今まで円滑な人間関係を築いてなどと言える立場にありません。複数の友人達と喧嘩したり、助け合いながらどうにか見捨てられず、孤立することもなく、今日まで生きてきたといえるかもしれません。自分自身にとって一生向き合わなければいけない現在進行形のことは、文章に起こしていくのが、不適当に思えるのです。
とりあえず、これまでのしがない人生を振り返りながら一度書いた原稿は、あまりにシニカルすぎるということでセンター内で非難ゴウゴウの結果ボツになり(!)、ゼロから書き直す羽目になってしまいました。
しかし、私は「同性同士の友情は一生の宝物!」とか、「勇気を振り絞って近くの誰かに声を掛けてみましょう」と書くのも何か違和感を覚えてしまいます。偽善とか嘘などと、断定はいたしませんが、私のように特にカリスマ性もない人間が美辞麗句を並べても説得力がありませんし、自分自身もそのようなことは信じていないからです。シニカルな文章が批判されてしまいましたが、女性同士の関係を「ちょっと心が温まるお話」風に書くことは難しいように思います。
女の友人関係を一言で「浅い」とある人は言います。みんなでわいわいと楽しくお茶したり遊んだりすることも多いが、ほとんどの人とは彼氏ができただの、卒業したなどの理由で段々疎遠になってしまいがちで、女同士の友人関係など他の都合の犠牲になってしまうことが多いからだそうです。
確かに大学生にもなるとサークル、ゼミ、バイトなどでいろいろな交友関係が拡がっていろいろな友人が増えるでしょう。けれど、イベントがスケジュールぎっしり詰まって、携帯のアドレスも200件くらい登録されて、メールも一日中、じゃんじゃんやってくるのに何か空虚な感じが拭えない、という話はよく聞きます。自分の「楽しくて明るく振舞う自分」以外を見せたら相手は引いてしまうのだろうか?と恐れることもあって、表面的とりとめのない会話に終始してしまいがちです。所詮、一応友人と呼べる人はいても、どこまで自分を出していいのかわからないのが本当のところです。
そんな時、表で見せる顔とは対照的に心の内では鬱々としてしまい精神的に孤立してしまいがちです。
学生相談センターに来てみるのも一選択だと思いますが、カウンセラーも受付の結局のところ、万能の神ではないので、人付き合いの道を伝授できるわけではありませんし、超能力もお見せできそうもありません。しかし、ちょっとは気が晴れるかもしれませんので、頭の片隅に入れて置いてください。
(白金通信2003年1月号「カウンセリングRoom」より転載)



ネットを通しての出会い

「友だちになるということは、携帯の番号をやりとりするということなんですか?」というようなことを何回か尋ねられたことがあります。まるで名刺交換でもするように、最初に携帯電話の番号を交換することが、知り合いになったことを示す儀式となっていると感じるそうです。
同じ趣味や志向を持つ知り合いをみつけたいと思ったときに、インターネットは強力な武器になります。一部の人にしか知られていない歌手や俳優や漫画についてであっても、たいていいくつかはホームページや掲示板がネット上に見つかります。自宅に居ながらにして、好みのあう友達を、日本中いや、世界中にみつけることができます。
私も経験がありますが、ネットで出会ってしばらくやりとりしてた後、直接対面するのははじめての相手と以前からの知り合いのように、いくらでも話題の種が尽きない話ができるというのは、従来の意味での人間関係の「浅い」「深い」の遠近法が通用しない、不思議な感覚があります。
もっとも、ネット上ではうまくやれていたのに、実際に会ってみたら、トラブルになった人や、金品のやり取りでだまされてひどい目にあったという人もあるかもしれません。
また、ネット上でしか心を開く対人関係をもてないことに心の底では苦しんでいる人たち、あるいは、ネットで出会った相手との行きずりの異性関係しかできない人たちがいることも事実です。
結局、ネットを通そうが通すまいが、自分にとって大事な人間関係を深めたり、信頼関係を維持していく力というのは、社会性を磨くという点では、基本的には共通のものだと思います。
ネット空間では、相手と知り合い、近づくまでは容易かもしれません。しかし、単に連絡を絶って別な相手にリセットするのではなく、相手とちょうどいい距離を取り、継続的な関わりを育むことは、現実の人間関係以上に難しいとすら言えるかもしれません。
相手の顔色をうかがえない分、的確な理解力、誤解を与えないツボを押さえた自己表現の能力が余計に必要と思います。また、相手の心情や立場について行間から読み込む想像力や感情移入が必要な一方、それが思い込みの暴走にならないだけのバランス感覚も大事だと思います。
また、相手を目の前にしていたらとても言えないことでも言葉になってしまう危険への自覚も必要でしょう。思いつきで書いたことが文字として読み返せる形で残るために気持ちのしこりとなることもあります。
ネット空間で築いた人間関係の方が安易で表面的だと決めつけることはできないと思います。人とつながるひとつのチャンネルとして、その奥深さを探求してみてはいかがでしょうか。ただ、カウンセラーとしては、場を共にして、面と向かって語り合うことの醍醐味も同時に大事にしてほしいなとは思います。
(白金通信2003年2月号「カウンセリングRoom」より転載)



アルバイトのすすめ - 世代を越えた人間関係 -

千尋が迷い込んだ不思議な世界は働かなければ豚にされるという掟のある町。豚にされた両親を救うために働くことになり、銭湯という働き口を得た千尋は、契約に訪れノックもしないのかと一喝されたり、モタモタしていて先輩にドンくさいと言われたり…。(あなたにはどんなバイト経験があり、どんな人たちと出会いましたか?)
八百万の神が疲れを癒しに訪れる銭湯を舞台に、10歳の少女が自己確立していく姿を描いた「千と千尋の神隠し」。ご覧になった人も多いでしょう。
必死に働きながら、彼女はいろんな人と出会います。我が子は溺愛するけれど私利私欲しか考えない経営者の湯婆婆、部下には厳しいくせに上役にはへつらっている妖怪、戸惑う千尋を支えてくれる先輩もいれば、金品を介してでしかコミュニケーションのとれない客のカオナシ…(あなたのバイト先にも似たような人がいるでしょうか)。
千という名を与えられて働き始めた千尋はしかし、環境に適応しようとするあまりか自分を見失い、本当の名前が千尋であることを忘れてしまいます(気楽なだけではいられない環境の中では、自分が自分でいられなくなってしまうこともあるかもしれません)。
千尋の場合、友達の支えにより自分を取り戻すことができたのえすが、彼女自身も卑小な部分が見え隠れする人や温かい目で見守ってくれる人など人生の先達と関わる中で様々なことを体験しながら、自分は何者なのか、すなわち自分は千ではなく千尋なのだということを確かめつつ成長していくのです。
そして最後までやり通すことができて人間界に戻れる(退職する)ことになった時、どの豚が両親かを言い当てられた千尋には真実を見極める眼が育っており、お世話になりましたとしっかり挨拶する姿には成長の証が刻まれていました。
さて、千尋には自分も生き残り両親も助けねばならないという強い使命や責任感がありましたが、あなたはバイト経験を通して何を学ぼうとしているのでしょう。気の合う友人との関係を大切にしていれば何とかなる学生時代と異なり、社会には様々な価値観のみならず、本音と建前の使い分けを必要とされる独特の文化や習慣もあります。苦手な上司や先輩と折り合いをつけたり、必要なことは自己主張したりと、対人関係のスキルも問われます。
社会に巣立つ前のバイト経験が役に立つとすれば、役割体験の他、様々な世代との交流や今まで触れたことのない考え方や価値観に接する中で、自分も含めた人間観察のできることかもしれません。親だと反発しか感じないことも、バイト先のおじさんおばさんに言われれば素直に聞けるかもしれないし、親や教師とは一味違う大人から得られることもあるはずです。
春休みも残り半分。本分の学業が疎かになると困りますが、新しい自分と出会うためにもバイトを始めてみてはいかがでしょう。
(白金通信2003年3月号「カウンセリングRoom」より転載)



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