2013年度エッセイ

白金通信「カウンセリング」およびポートヘボンお知らせより

新入生の皆さんへ

 4月にはいって、約2週間がたちました。入学式や健康診断、オリエンテーションなどの行事が終わったと思ったら、ただちに授業が始まったので、大学生活というのはずいぶんあわただしいものだと思った方もいるのではないでしょうか。あっという間の2週間と感じていますか、それともむしろ長い時間と感じていますか。感じ方は人それぞれ、大学生活のスタートの仕方や様子も違うことと思います。
 たとえば、うまく波に乗れなかったなと感じている人もいるかもしれません。いろいろな行事やサークル選びなどのなかで思うようにふるまえず、周りに比べて遅れをとってしまったと感じて、不安や焦りを抱えている人も案外いるのではないでしょうか。
また、大学受験でかならずしも自分の思い通りの結果が出ずに今の時期を迎えている人もいるかもしれません。授業に出ていても、様々な考えがよぎって、このままでいいのか自問自答している人もいると思います。
あるいは、入学する前から体調やこころの健康について心配ごとを抱えていて、これからの大学生活をうまく過ごしていけるか不安に思っている人もいることでしょう。
 いずれにしても、大学生活は高校生活までとはずいぶん様子が違ったところがあります。自分で考え、自分で決めて行動していくことが求められる場面がとても多いです。今までの自分のやり方ではなかなかうまくいかないと思うことがあるでしょうし、もともと苦手だと思える領域や弱い領域に負荷がかかりやすく、バランスが崩れたような感覚に陥ることもあるかもしれません。
 こういったとき、学生相談センターを利用してみてはいかがでしょうか。学生相談センターでは臨床心理士の資格を持つカウンセラーが学生生活の中で生じるさまざまな問題について相談を受けています。ここで挙げた例だけではなく、いろいろな相談が寄せられています。自分の悩みについて話すことにはもしかしたら抵抗もあるかもしれません。しかし不安はけっしてネガティブなものではなく、その人の成長のきっかけになるようなポジティブな力も持っているものです。あまり自分で抱え込まずに、気軽に利用してください。
 ご利用の際は、電話か一度来室して面接の日時を予約することをおすすめします。そのほうが確実に時間を確保できるからです。もちろん直接来ていただいてもカウンセラーの時間が空いている場合は対応できます。
 今回は特に新入生に向けてメッセージを発信しましたが、もちろん2年生以上の方もどうぞ利用してください。年次を重ねるにつれて出てくる新たな課題というのもあるでしょう。どんなことでも一度いらしてみてください。。
(ポートヘボン「お知らせ」(4月)より転載)。

 

 

「本当のほんとう?」

 ゴールデンウィークも終わり、新たな学年を迎えたあと、いよいよ本格的に歩みを進めて行くのは、この時期からなのかもしれません。4月のスタート時には新たな環境に慣れるために夢中であったけれど、ゴールデンウィークでその緊張を一旦ときほぐし、からだにもこころにもたまっていた疲れを癒された方も多いでしょう。しかしその反動から、休み明けには、4月の時以上に気合いが必要になるかもしれません。
 大学には、高校までのような決まったクラスがあるわけでも、担任の先生がいるわけでもありません。何を目指し、何を大事にし、何をしなければならないか…。そういうことを、自分が主体となって選びとっていかなくてはなりません。勉強、進路、サークル、友達づきあい、アルバイトなど、あらゆることにおいて、そういうことが突きつけられるようになります。判断に迷うことも、まったく考えが浮かばず途方にくれてしまうこともあるでしょう。そもそも、なぜか元気がでない、とか、気力がわかない、とか、体がいうことをきかない、とかいうこともあるかもしれません。
 さあ、そうなるといよいよ困ったなあ、という状況になってしまうわけですが…、今回はここから少し視点を変えて、言葉というものにだまされてしまうこともある私たち、ということを取り上げてみたいと思います。
 やらなければいけない、ということだけはわかっているけれど、それは本当は何のためなのか? 自分の本心は本当はどこにあるのか? などなど… 私たちはよく、“本当”という言葉を気軽に使います。でも、その意味をよくよく、それこそ“本当”に考えてみると、“本当”に迷子になりそうなぐらいわからなくなった、という経験のある方は結構おられるのではないでしょうか? たとえば「本当は何がしたいのか?」と聞かれると、私たちはつい“本当”にしたいことがどこかにきっとあるはずだ、と思ったり、“本当”にやりたいことがまだ見つからない、と思ったりします。でもいったい、誰が、いつ、何をもってそれを“本当”とみなすのでしょうか。そもそも“本当”とは、誰かがみなしたり判定したりすることのできるものなのでしょうか? “本当”とは何ものなのでしょう? 
 私たちはものを考える時、口には出さなくても言葉を用いて考えています。実はそこには意外な落とし穴や、面白い引っかけがあるのです。“本当”にやりたいことを必死になって探したけれど、とうとう見つからず、がっかりして、目の前にある“本当”にやりたかったのではない仕事を仕方なく始めた。苦しい事もたくさんあったが、とにかく生きるためだ、と自分に言い聞かせながら必死に働いた。でもその人が一生を終える時、振り返ってみると、自分がやってきたことこそが、実は“本当”に自分を満たしてくれていたのだ、と気づく…、そういうこともあるかもしれません。これは、青い鳥を求めて旅に出たけれど、実は青い鳥は初めから家にいた、というお話になんとなく似ています。
 しかしここでもう一つ考えたいのは、青い鳥は初めから家にいる、などとわかったつもりになって初めから何も求めずにいたならば、物語はそもそも始まりもしなかったのではないか、ということです。“本当”なんてわからないのだけれど、とにかく“本当”があるはず、と信じて何かを始めるからこそ、その人の内的な世界に初めてエンジンがかかり、人生が“本当”に動き始める…、そういうことがあるのではないでしょうか。
 このように、私たちが実感していることと言葉で言い表せることとの間には、複雑で微妙な深い関係があります。具体的な事ではないからうまく話せないけれど、何かわからないけど、気持ちがモヤモヤする…。そういう時も、学生相談センターの窓をノックしてみてください。カウンセラーは、一緒にそのモヤモヤにお付き合いしたいと思っています。
 (ポートヘボン「お知らせ」(5月)より転載) 





「イメージの力」                    

 今まさに梅雨の真っ最中、うっとうしい毎日ですが皆さん各々の課題に向かって励んでいらっしゃることと思います。中には無気力になったり不安になったりしてエネルギーの低下に苦しんでいらっしゃる方もいるかもしれませんね。そういう方は今は無理をしないで心身の疲れを癒して自然の回復力に任せましょう。とは言っても、エネルギーが内界に向かっている状態ですから、内界に目を向けてみるチャンスかもしれません。うまく行けば内界のイメージが回復力を高め、生き返ったような気分を味わうことが出来るでしょう。カウンセリングのなかでイメージやその表現を扱う技法には夢や箱庭や描画などがあります。「自由で保護された空間」でカウンセラーと共に内界のイメージに注目してみるのもよいと思います。
 ここでは誰でも見ている夢について少しだけお話しようと思います。皆さん、「トイレの夢」や「遅れる夢」を見たことがありませんか。私もバリエーションはいろいろありますが何回か見ています。トイレは排泄行為の場所です。自分の思いや気持ちを他人になかなか言えない時によくトイレができない夢を見ることがありますが、こころに溜まった思いを発散するのにもこころのトイレが必要なのですね。また、試験に遅れる、待ち合わせの時間に遅れる、バスに乗り遅れるなどの夢は、見ても不思議なことに実際には遅れていないことが多いですよね。このような夢をみた人は絶対に遅れないようにするために充分な準備をしているのです。遅れてしまう人は遅れる夢を見ないようです。
 この二つの夢はほんの一例ですが、自分から自分へのメッセージとして受け取れます。それでは「攻撃される夢」や「脅威的な何者かに追いかけられる夢」はどうでしょうか。怖くて不安をかき立てる夢を見る人は現実生活上で何らかの困難を感じているのかもしれません。でも夢は「今までの自分のあり方ではこの先やっていけないよ、怖がらずに無意識と対峙しなさい」と言っているのです。そうすると意識を補償する作用のある無意識のイメージは段々友好的になって意識のあり方を変えてくれます。 
 無意識には「影」という「生きてこなかった半面」があります。このような影との関係の変化も夢ではよく見られます。影に対しては概して罪悪感があるので、それが意識生活に戻ろうとすると私たちは不安に襲われます。でも、バランスの取れた生活を営むには影を意識に統合することが必要なのです。例えば、嫌だけど気になる人がいるとすると、その人自身の問題もあるかもしれませんが、自分の排除してきた影のイメージをその人に投げかけている場合もあるのです。夢のイメージからそのことに気づいて、そういう面もあっていいのだと意識が変わると、その人に対する見方が変わり関係も改善されるというものです。
 内面のイメージは影の他にもありますが、すべて現実の意識を補償する作用があります。上手に付き合って夢のある創造的な現実生活を送りたいものです。
(ポートヘボン「お知らせ」(6月)より転載) 








友達関係 ーコミュニケーションとしての視点ー

Q 仲の良い友達に自分の意見が分かってもらえず、逆に心外なことを言われてショックで落ち込んでいます。それ以来、その友達とはギクシャクした感じだし、他の友達には表面的に合わせてしまうようになりました。どうしたら友達と上手く関われるのか分からなくて悩んでます。(学生からの架空相談)

A 自分の思いが伝わらないと、もどかしかったりイライラしたり、受け入れられないと寂しくなるし、相手の思いに合わせ過ぎてもむなしくなるものです。友達関係、つまり人間関係は難しいものです。そこで、人間関係をコミュニケーションから考えてみると分かりやすくなるのではないでしょうか。コミュニケーションとは伝え合うことです。相手を理解し、自分を伝えることを行なうことです。

「誤解やズレはつきもの」
 自分が伝えた事は相手の受け取り方で変わります。伝えたことは相手に多様なイメージや状況を思い起こさせ、様々な感情を起こし、相手のその時の状態も加わって受け取られるので、誤解やズレは当たり前と思っていた方が現実的かもしれません。それを調整したり、分かり合おうとしていくことで理解や関係性が生まれてくるのではないでしょうか。
「関係を積み重ねる」
 今回の場合「あんな心外なことを言わないで欲しかった」と思っているかもしれません。しかし、過去に戻る事はできないので、友達との関係を積み重ねてみようと試みてはいかがでしょうか。関係を積み重ねるとは、相手に言われたことが心外であると伝えることです。相手は驚くかもしれませんし、そんなつもりはなかったと言うかもしれません。また、謝るかもしれません。いくつかのやり取りを行っていく中で、二人の関係は変わっていくでしょう。あなたにとって心外なことはどんなことだったのか、相手はどんな思いでそれを言ったのかなどが分かってくると、関係が深まっていく可能性もでてくるのではないでしょうか。

(白金通信2013年7月号「カウンセリング」より転載)




「夏から秋へ 気持ちの切り替え」

  夏休みも終わりが近づき、そろそろ秋学期が始まりますね。夏バテという言葉があるように、夏は暑さで体力を消耗しやすい季節といわれます。普段と同じように過ごしているつもりでも、夏の暑さに身体が適応しようと頑張っているので、知らないうちにいつも以上に疲れが溜まりやすいようです。夏から秋に季節が変わっていくときに「なんだかだるい」「あんまりやる気がおきない」と普段感じないような感覚になることがあったとしたら、それは夏の疲れから来ているかも知れません。
気持ちの面でも、夏の明るい雰囲気から秋の穏やかな気候に変化していくときには、なんだかもの悲しく感じたことがないでしょうか。人はまわりが変化すると悲しい気持ちになりやすい生き物とも言われます。夏休みが終わってしまう残念な気持ちに折り合いをつけながら、また授業に取り組んでいくモードに切り替えていくときには気持ちのエネルギーを結構使っていることがあります。そういった意味で秋は沈んだ気持ちやちょっと憂鬱な気持ちが出やすい時期であり、それをどう持ち直していくのかがテーマになる季節でもあります。この時期に自分の気持ちを調整していくことが秋学期を楽しく過ごす秘訣の一つになるかもしれません。
中には憂鬱な気持ちになっている自分が嫌で、無理に明るく過ごそうとする方も少なくないのですが、無理に明るく過ごすとそのリバウンドで憂鬱さがより深くなることもあります。それより季節の変わり目で身体や気持ちの負担から憂鬱になるのは自然なことなんだと受け入れ、自分をいたわってあげる方が回復も早いようです。ゆっくりと過ごせる時間を持って、自分の中にある自己回復力に委ねてみるのも良いでしょう。「憂鬱さ」というのは、人が火に近づいたときに「熱い!」と感じるのと同じように、人間のセンサーとしての役割でもあります。熱いと感じるのは嫌なことですが、もし熱いと感じないともっと火に近づいてやけどしてしまいますね。熱いと感じることでやけどになることを防いでくれています。憂鬱さもうれしくない感情だと思いますが、それが続くときは「気持ちの負担がちょっと重たくなってきてるよ」という身体と心からのメッセージです。そして「何か気持ちに負担がかかっていないかな、気持ちのバランスを整える時期かも」と考えて過ごしていると、憂鬱さが消えやすくなるでしょう。
なかなか憂鬱さが消えないなと思ったときには、一人で抱え込まずに誰かに相談してみる方がよいでしょう。憂鬱さを解消する手がかりや方法が見つかりやすくなると思います。「友達や親に重たい話をするのは気が引ける」「専門家からのアドバイスを聞いてみたい」と思うときは、学生相談センターを利用してみてはいかがでしょうか。お気軽に利用してください。
(ポートヘボン「お知らせ」(9月)より転載) 






発達障害とその支援



Q.私はコミュニケーションやスケジュール管理が苦手で、診断を受けているわけではありませんが、発達障害の傾向があるように思います。現在3年生で、今後の就職活動がとても不安です。(架空相談)



A.インターネットなどの情報から自分自身やお子さんが発達障害ではないかという認識をもち、来談されるケースが増えています。


少なくない発達障害に
関する相談
 コミュニケーションやスケジュール管理の問題の他にも、興味や関心が偏っている、こだわりが強い、曖昧な状況や抽象的な課題が苦手、二つのことを同時進行できない、忘れ物が多い、整理整頓ができない、といった発達障害に起因すると思われる特性によって、生活、人間関係、修学などに困難が生じている、というのがよく寄せられる相談内容です。
 学生相談センターでは個々の学生の皆さんの特性についてアセスメントを行いながら、現実面、心理面の支援を行っています。外部支援機関の紹介もしています。
就職活動に臨むにあたって
 
就職活動で生じがちなのは以下のような問題です。
 ①社会経験が少なく、職業、企業の情報や仕事に関連する自分の特性への理解が不足している。
 ②就職活動のスケジュール管理ができず、混乱や失策が生じる。
 ③ 自己PR、志望動機、将来の展望が書けない、言えない。
 ④採用面接で極度に緊張し、態度が不自然になったり、質問への応答ができなくなる。
 漠然とした不安の中で一人で悩んでいるよりも、できるだけ早めに専門の支援機関に相談しながら、これらの問題とその対処について具体的に検討し、備えましょう。
また生活リズムの乱れや心身の不調があれば、やはり早めに医療機関などを受診して、対処しておく必要があります。
 ぜひ学生相談センターを利用してみてください。保護者の方のご相談もお受けしています。

(白金通信2013年10月号「カウンセリング」より転載)






シッポの赤いネコのお話(その4)-「ココロに眼がありメガネもかける?」の巻-

大きな木の下で舞い散る落ち葉を眺めながら、ミュウは物思いにふけっていました。長い間、自分は周りから浮いていると感じてきたミュウですが、それでもスズメのピーという友達がいたし、去年は勇気を出して聖歌隊に入り、初めて仲間ができました。ネコ友のいない寂しさからようやく少しは解放されましたが、ミュウにはまだまだ分からないことがたくさんありました。「どうしてみんなはボクと違っていつも幸せそうなんだろう…。ボクはみんなと何が違うんだろう…。いったいボクって何者なんだろう…」。フカフカな枯れ葉のベッドとミュウには珍しくちょっぴり哲学的な疑問……。瞼は段々と重くなっていきました。

 突然誰かの気配を感じて振り返ると、聖歌隊を指揮した老猫が自分を見つめていました。ミュウの顔にはいつのまにか灰色のメガネがかかっています。なんだか世界がくすんで見えて変だなぁと思っていると、老猫が低いけれど良く通る声で言いました。「どうだい?そのメガネは。キミは今までそのメガネで自分や世界を見ていたんだよ。その灰色はキミの心の色さ。そんな色のメガネをかけて自分と周りを比べていても、本当のことは何も分からないよ。皆のことも友達のことも自分のこともね。」
 そう言われてわけもわからずメガネをはずしてみると、驚いたことに老猫の後ろ足が片方折れ曲がっているのが見えました。「このネコも辛い思いをしたことがあるのかなぁ…」。そんなふうに思いながら顔を覗き込むと、瞳の奥には優しく力強い光が見え隠れしています。聖歌隊の練習で叱られてばかりいたミュウは、またビックリしました。前はただ近寄りがたい怖い存在としか思っていなかったのです。低く響いて怖かった声にもぬくもりが感じられ、老猫にも本当は優しいところがあるのかもしれないと思うと、ボクは今まで何を見ていたんだろう…と想いを巡らし始めました。
 ふと気づくと、ミュウの隣には彼と同じくらいの大きさのピーが枯れ葉をつついています。「あれ、ピー、そのキズどうしたの?」 前は小さすぎて気づかなかったピーの体には醜い傷痕があるのです。ビックリしているミュウに、「あぁこれかい?」と物憂げに体を起こしながら、ピーは語り始めました。それによると、昔はのろまで飛び立つのが遅れ、ネコに引っかかれたというのです。自分の仲間がピーを傷つけたことのショックと、その傷痕のせいで周りのスズメたちから怖がられ、ピーも一羽ぼっちだったと聞いて、ミュウはオロオロするばかり。彼が自分と同じように心の傷を抱えていることもすぐには受けとめられなかったし、猫に傷つけられたのに同じ猫の自分と友達になってくれたのかと思うと、混乱して目がまわりそうでした。その上、二人が(この場合は一羽と一匹ですね)友達になったきっかけは、真冬の朝、傷の治りきらないピーが痛みと寒さで死にそうになりながら軒下でうずくまっていたときに、幼いミュウがやってきて無邪気にピーを包み込み、暖めてくれたからだというのです。ミュウにとってそれは思ってもみないことでした。もっともピーは凍えて動けなかったので、今度こそ食べられてしまうと観念していたそうですが。

 さて、ミュウにすれば誰かの役に立つ力が自分にもあるかもしれないとはにわかに信じられませんでしたし、ピーがどんなふうに生きてきたかなんてこれまで考えたことすらありませんでした。励ましたり慰めてくれるピーに甘えるばかりで、彼は生まれつき強くて賢いしっかり者なんだと思っていたのです。反対に、自分が何をやってもうまくいかないのはシッポのせいだと思いこみ、ボクは運が悪いんだとばかりにひねくれていただけでした。でも、ピーにも弱いところや出来ないことがあるし、彼もいろんなことを乗り越えて今があると知ったのです。ミュウはまた考え込んでしまいました……。

何かが脇腹をつつくのを感じたミュウがゆっくりと頭を起こすと、柔らかい羽毛に包まれたいつものピーが自分を見上げていました。「キズは大丈夫?」と寝ぼけまなこで尋ねるミュウに「何の話だい?」と笑っています。それでもミュウは、胸の奥深くで何か温かいものが流れるのを確かに感じていました。それが何なのかはまだ気づいていませんが、きっと夢の中で、自分も素敵な猫に成長できるかもしれないという期待感や聖歌隊で感じた一体感とはまた違った形で仲間とつながることのできる可能性に触れることができたのでしょう。夢うつつに眠い目をこすりながら、「そういえばボク、色のついてないネコ用のメガネがほしいんだけど…」なんて呑気に言ってるミュウの、ネコ実現に向けた自分探しの旅はどうやら始まったばかりのようですけどね。
(ポートヘボン「お知らせ」(11月)より転載)



進路や将来について悩んでいます



Q.十二月に入って気分が晴れません。進路のことを決めないといけないのはわかっていますが、自分が何をしたいのか定まりません。今年が終わると思うと焦ります。どうしたらよいか教えて下さい。(架空相談)



A.十二月は来年以降のことを考える場面が増えるので、進路に対してもプレッシャーが強くなるのかもしれません。でも進路について悩むことは自分を知る貴重な経験です。焦らずじっくり考えていきましょう。

 進路についてどう考えますか

 
進路を決めるということは、ある意味何かを選んで何かを諦めるということだと思います。たとえば卒業を選ぶことは、学生としての立場と自由を終了することです。一般的に大学生活は四年です。しかし人によっては四年で卒業するのに時間が足りない場合もあるでしょう。もしもそのような場合は、何故自分が大学卒業に踏み切れないかを逆にじっくり考えてみたらいいかと思います。大学生として何がしたいのか、卒業して社会に出る前に何をしなければいけないのか、大学生のどういうところが諦められないのか等です。もしかしたらあなたの中にまだ気づいていない大事な考えや価値観があるかもしれません。

 あなたにとって大事なものは何ですか

 
大学を卒業したいと思うのなら、学生としての自由を終了してどんな自由を獲得したいか、そのためにどんな我慢ならできるのかを考えてみて下さい。進路を選ぶことは、自分が大切だと思うものや価値観を具体化していくことだと思います。時間だったり、家族や友人だったり、趣味だったり、経験だったり、収入だったり、まさに人様々だと思います。それを考えるのも進路を見つける方法のひとつかと思います。そうやって選んだ大事なものをあなたなりに一生懸命育てていくことが、あなたの進路につながっていくことと思います。
(白金通信2013年12月号「カウンセリング」より転載)