2016年度エッセイ

白金通信「カウンセリング」およびポートヘボンお知らせより

 

「大学生活の過ごし方がわかりません」

  Q入学したばかりですが、どうしていいかわからないことが多いです。もともとやりたいことがあったというより、周りにすすめられて入学したので大学で何をすればいいかわかりません。(架空相談)

  A.大学では中学や高校までとは違ったやり方を求められます。例えば授業の時間割にしても、自分で単位取得の仕組みを理解して履修を組み立てる必要があります。ほぼ自動的に一週間のスケジュールが決まっていた高校までとはだいぶ様子が違います。また、学科によって程度の差はありますが、担任の先生がおり、クラスがあって固定した同じメンバーでずっと過ごすということはありません。 
主体的なあり方  
いままでは「受け身」でいても何とかなったことが、これからは難しくなることがあるかもしれません。授業の課題や試験にしても、大学ではレポートや論述式の問題に取り組む機会が増えてきます。友達づくりでも、中学や高校ではクラスの中で月日が経つうちに自然となんとなく関係が出来てくることがありますが、大学では必ずしも同じようにはいきません。 学業にしても対人関係にしても、自分で考えたり、自分から行動したりする「主体性」が大学生活においてはいろいろなところで必要になります。これは大きな変化で、今回の相談者だけでなく多くの方が入学時に体験するとまどいです。とりわけ今まで両親や先生など周囲の人の考えにそって生活してきた方にとっては急に放り出されたように感じるかもしれません。そもそも自分で決めるとか判断するということが苦手な人もなかにはいるでしょう。大学にはいったからといって、急に主体的にはなれないのも当然です。  
試行錯誤
自分で考えて、自分から行動を起こすときに出てきやすい心配は、失敗したらどうしようという気持ちではないでしょうか。確かに失敗は誰もしたくないものです。しかしまったく失敗をしない人生というのも考えにくいです。大切なのは失敗のあとのリカバーにあるのではないでしょうか。何かを試みて間違えたと思ったら修正を加えるやり方、試行錯誤をするには大学時代はいい時期かもしれません。ただし無理や焦りは禁物です。不安な気持ちから、一挙に解決しようとして無理な動き方をしてもうまくいかないことがあります。今、目標ややりたいことが特にないのであれば、身近なところを見渡して、自分のペースに即してできることは何かを考えていけるといいでしょう。主体性も試行錯誤を通じて育っていくと思います。

(白金通信2015年4月号「カウンセリング」より転載)



「本との出会い」

  今学期もあと一ヶ月を残すところに来ましたが、皆さん、お元気ですか?
勉強の方はテストやレポートがあるし、サークルはシーズン真っ只中で忙しいし、アルバイトも休めない・・・、とにかくあわただしい毎日ですね。湿度も高く疲れが出やすい頃です。どうか、睡眠時間と栄養補給をし体調管理に気をつけていただきたいと思います。
 忙しい中、どなたも「普通の本」を読む時間など、取れないものでしょう。かくいう私も本を読む習慣が中々定着しません(笑)。ですがこの原稿を書くにあたり、読書をしてみました。。。すると、本は素晴らしい!と心が動いた出会いがありました。今日はそれをご紹介したいと思います。
 一冊目は、「臆病な僕でも勇者になれた七つの教え(旺季志ずか著)」という本です。
 物語は、主人公の小学6年生の少年二人と中学3年生の女の子が「失われた聖櫃(アーク)」を探す冒険ファンタジー小説です。冒険の過程で様々なことに出会って、泣いたり笑ったり、怖いことがあったり、悩むこともあったりしながら冒険を終えて、主人公が成長していくお話です。確かに、ファンタジー小説で小学生と中学生のお話です。でも本を読みながら、私は大人でもこういうことがあるし、「大学生活」という冒険をしている皆さんにも共感できる本のような気がしました。
 この本を読んで、一番私が思ったことはというと・・・どんなに毎日が辛かったり、嫌なことが沢山あったり、不安だったり、怖かったりという日々でも、休み休み、少しずつでよいから、自分の人生を造っていく、ということなのだろうということでした。その鍵というのが、自分にとっての「ワクワク」感を見つけること、ワクワクと感じた気持を信じること、ワクワクする感覚を持続させることなのだろうと思いました。考えるに、自分がワクワクすることは、誰でも持つことが許されます。願わくば、それが周りにも喜びをもたらすものだったり、賛同してくれる人や応援してくれる人がいたら、なおワクワク感を継続しやすい気もします。反対にワクワクを続けることは、けっこうエネルギーを消耗して疲れるものです。また、何かを我慢しなければならなかったりもします。この物語では、主人公の少年にもう一人の少年がいて一緒に冒険ができたことはとても幸運なことでした。誰か一人、ワクワクに共感してくれる人がいることは大きいなと感じました。
 そして、もう一冊は「あのひとは蜘蛛を潰せない(彩瀬まる著)」という本です。偶然の積み重ねでこの本と出会いましたが、出会えたことに感動しました。
 この本は、先の冒険小説から180度違って、有りえる日常を、作者ならではの感性で描いています。ある女性と男性の恋愛小説ですが、主人公の女性は、男性との恋愛を通して今まではじっくり考えてこられなかった「自分」について色々気づきます。その中で「自分の考えや思いを言葉に出せない」のは「傷付くことが怖いから」であることを意識します。小説は、主人公が仕事や恋愛や母との関係の中でその怖さに向き合い、時にすごく苦しい思いもし、試行錯誤しながら怖さから回復していく物語です。主人公が変わっていくにはそうした全ての出来事があったから、「伝えたい大事な話」がやっと言えた経験が生まれたと思います。彼女が諦めていた「怖いから言わない」という心のテーマにやっと本気になれたので変わることができたんだなと思います。
 本を読んだ私の感想ですが・・・自分の思いが怖くて言えない人、言えないことを悩んでいるけれど解決策が見つからない人、結構いらっしゃいます。何とかしたいと思っているけど上手くいかない。多くの人達に共通してあるのが「諦め」ではないかと思います。 私はこの本を読んで、「怖いから言わない」自分が、どうしたら「怖くても言える」ように変われるか、を考えました。あれこれ考えましたが、結局思ったことは、自分のことをダメだと思わないようにする、と決めることだと思いました。人は、本音では自分で自分をダメと思いたくない。でも色々な諸事情でダメと思ってしまう、それは本当によくあることです。この本の主人公はメゲたり落ち込んだりしても、諦めずにダメと思わない自分を作りました。
 皆さんにお勧めしたいのは、大学生のうちに、どうしたら「怖いと思う気持ちが緩和するか」を考え、悩んで欲しいということです。もしよかったら、学生相談に来てそういう話しをして欲しいと思います。怖いという気持を意識したり、人に話すのは辛いし、「怖い」ことです。でも大学生のうちに、どうにか怖さを緩和できる方法を見つけて欲しいと思います。もし、今の自分は100%に近くダメなところばかりだと思うのなら、どうにかして、1%は「よし」と思えるところを見つけ出して欲しいと思います。 
 1%が無理ならば0・5%でもよいのです。 学生相談でも考えることができますので、よかったら一度話しにいらして下さい。

(ポートヘボン「お知らせ」(6月)より転載)



 

「「落ち込める」という心の能力について」

 今回は「落ち込む」ことについて少し考えてみたいと思います。一般に落ち込むことはよくないことと考えられています。しかし精神分析では「落ち込む」あるいは「落ち込める」ということは、ある心の成長が達成されていないと難しいと考えられています。ですから「落ち込む」ということよりも「落ち込めない」ことの方が問題ということになります。    これは赤ん坊は落ち込まない、落ち込めないということを考えてみるとわかると思います。赤ん坊は、空腹、寒さ、暑さ、濡れたオムツの気持ち悪さなどを体験しているとき、泣きわめくといった行動で表現します。精神分析では、このような辛く、不快な体験をしている赤ん坊は、外側にいる何か悪い存在、怖ろしい存在から攻撃を受けており、そしてそれに対して泣きわめくことで自分もまた攻撃し返している、といった幻想を抱いていると考えられています。つまりそういうときの赤ん坊はとても被害的、迫害的、攻撃的な状態にあって、これは自分の心の中で「つらい」とか「嫌だ」とか感じて、「落ち込む」つまり抑うつ的になるというのとはずいぶん違っています。幼い2~3歳の子どもに対するプレイ(遊び)を用いた精神分析による治療の中から、このような赤ん坊や幼い子どもの心の世界が理解されてきました。  このようにつらいとき、不快なときに、外側の世界にその原因を転嫁して被害的、迫害的になったり、さらにはその外側の悪い、怖ろしい存在を万能的に攻撃、排除して勝利したと考えるのではなくて、自分自身の心の中に傷つき、悲しみ、怒りなどを納め、自分自身の心の中でそのことについて考え、振り返り、そしてやがては癒されていく、ということができるところまで心の機能が成長し、達していないと実は人は「落ち込む」といことはできないわけです。大人になっても赤ん坊的な心性が強い人は「落ちこむ」ということができず、その代わりに他責的で、被害的で、なおかつ万能的でという安定しない特性が強くなります。あるいは「落ち込む」ということが否認され、回避されて、ハイテンションで過活動な状態と、消耗、疲労、やる気が出ない、空虚、絶望といった状態を行き来するいわゆる躁うつの気分の波の問題が生じる場合もあります。  したがってカウンセリングでは、外側に排出されたり、否認・回避されたりしている辛さ、落ち込みを今一度自分の心の中に置いてみて味わったり、考えたり、消化していくための作業を行なうことがテーマとなる場合が多いのです。

(ポートヘボン「お知らせ」(7月)より転載)