明治学院とキリスト教について

明治学院は日本における多くの私立学校の一つですが、キリスト教的な理想と価値に基づいた高等教育を提供する学校という意味では、限られたミッションスクールの一つということができます。
開国間もない日本にキリスト教の伝道を志してやってきた宣教師達を中心に明治学院は創立されました。宣教師達が開いた私塾を統合する形で、本学の前身である「東京一致神学校」が設立されたのは1877年6月といわれています。(神学校、とはキリスト教を学ぶための学校、あるいはキリスト教を広める人=牧師を育成する学校です。)
やがて、東京一致神学校は神学に限らず、若者に幅広い知識を教授する学校として歩き出すことを決意します。神学校創立より10年後の1887年、3つの神学校が集まって「明治学院」という私立学校が創立されました。明治学院はその創立の根本に「キリスト教を社会に広める人を養成する学校」という使命を持っていたということもできるかもしれません。学院創立案の第1項には、設立の目的が以下のように書かれています。
「青年に完全なキリスト教教育を施し、特に、教会の宣教にあたらしむる様訓練すること」
牧師を養成する神学校から普通教育を行う「明治学院」に姿を変えても、学院の担う使命は変わらなかった様子がうかがえます。
やがて、日本が戦争に突入すると、歴史上明らかなようにキリスト教主義を唱える学校は、その主義ゆえに様々な困難に遭遇します。キリスト教主義の学校の中には校名を変えさせられた学校も少なくありませんでした。
敗戦後の1949年、学院は新制大学の「明治学院大学」として次々に学部を開設し、現在に至るのです。

「ミッションスクール」とは、その名の通り、[mission] −使命− を持った学校です。
では、一体、何の使命なのでしょう。 明治学院は、ヘボン博士を中心とした宣教師達の「日本にキリスト教を広めたい。ひろめなければならない」という使命感のもとに創立されました。当時祖国アメリカで医師としての名声を博していたヘボン博士が、全てを捨てて日本にやってきたのは、自分自身の名誉や欲のためではありませんでした。
学院は、創立者が生命を懸けた使命を受継ぎ、これからも多くの学生達を社会へ送り出していきます。

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