vol.07 奥深いコトバの森へ!

私たちのコミュニケーションに欠かせない言葉をあらゆる角度から考えるのが言語学。知野由紀子さんは、まだ研究されて間もないこの分野に踏み込んだ、若き研究者のタマゴです。留学して初めて勉強が楽しいと思い、言葉の世界が広がったという彼女。そのきっかけは、留学にありました。

知野由紀子

ホストファミリーとして米国からの留学生を受け入れたり、ウィスコンシン州に長期留学したりと、高校時代より英語が身近な環境で暮らす。明学では英文学科で社会言語学、留学先のカリフォルニア大学サンタクルーズ校では統語論という2つのアプローチで言語学を学び、人生で初めて勉強の楽しさに開眼。未来の言語学者として第一歩を踏み出している。

進路はさておき留学決定!

英文学科で留学というと、やはり英語のブラッシュアップのためですか?

英語を身につけたい気持ちもありましたが、日本ではできないことをやりたかったんです。私は高校3年の時、ウィスコンシン州に留学していたのですが、英語がうまく使えず、会話にならない自分にもどかしい思いをしました。その時は部活動をやることでなんとかコミュニケーションがとれるようになったものの、高校生ですから、学校とホームステイ先の往復だけで1年間が過ぎてしまって。だから、次に留学するなら地域の人とつながりが持てる活動をするとか、ホームステイじゃない滞在にするとか、前回できなかったことをしたいと思っていましたね。
カリフォルニア大学サンタクルーズ校(UCSC)を選んだのは、西海岸でも南の方に行きたかったからです。気候は温暖ですし、日本人が少ないですし。留学は3年の9月から4年の5月まででしたが、出発前にこの先就職するか、進学するかは決めていませんでした。それよりも、行かなかったらまだ時間があると思ってダラダラしてしまうことが怖かったですね。性格的にも、私は後がなくなって切羽詰まらないと頑張らない方。そこで先のことはともかく、留学することにしたんです。

留学でやりたかったこと

高校時代の留学ではできなかったこととして、何をしましたか?

まず、ホームステイではなくアパートに住むことにしました。キャンパス内にはインターナショナルリビングセンターという、留学生だけが入れる宿舎もあったのですが、いろんな留学生と交流しやすくなるメリットがある一方、値段が高くて。
そこで結局、住まいはUCSCの2歳上の卒業生とのシェアハウスにしました。彼女は最初に私が日本人だからか「家の中では靴を履く?それとも脱ぐ?」と尋ねてくれて、「脱ぐ」というルールを決めた後はノータッチな感じでしたね。トラブルもなく快適でしたよ。
また、授業が自由に選べるのも大学ならでは。特にゴスペルのクラスはかなり楽しかったです。これに参加することでいろんな国の留学生の友人ができましたし、学期末にはコンサートもあって、みんなで歌う気持ちよさを体感しました。
それから授業とは別に、日本語クラスのティーチングアシスタントもしていました。外国人にとって日本語の発音はそう難しくないようですが、漢字が大変みたいですね。私がアシスタントをしていたクラスは敬語について学んでいて、みんな苦戦していました。

地域とつながるボランティア

地域との交流は、どんな形で実現しましたか?

ホームレスの人たちのために、教会で地域の人と一緒に食事を作り、一緒に食べるというボランティアをしました。ここでは料理も覚えたんですよ。バジルとドライトマトをバターとこしょうで炒めて、ゆでたパスタに絡めるというものなんですが、これが簡単でおいしくて。家でも何度か作っていますね。
ちなみにホームレスに食事を提供する時は、病気の方もいるため、味付けに塩はほとんど使わず、塩分は食べる人が調整します。また、11月のThanksgiving Dayにはパイを焼いてふるまったり、時々近所のスターバックスコーヒーがパンをくれたりと、食事はけっこうバリエーションが豊富。集まるホームレスはだいたい200人くらいでしょうか。このあたりは気候がいいし、治安も悪くないので住みやすいのかもしれません。
それから、陽気な人が多いことにも驚きました。街で出会ったら「お、どうも」って感じで挨拶もしますし(笑)、年齢層も幅広くて、社会のルールに反発する形として、自ら進んでホームレスになっているという人も。このボランティアをやってみて、ホームレスに対する先入観はなくなりましたね。ちなみにこの活動は授業として単位がもらえるということもあり、その点でも本当に有意義でした。

数学的なコトバの世界

現地では何を専攻しましたか?

明学と同じく、言語学を専攻していましたが、少しジャンルは違います。
実は言語学には大きく二つ分かれていて、言葉を構造的に捉える理系的な言語学と、言葉と社会がどうつながり、どんな風に作用し合っているかを探る、文系的な言語学があるんです。前者は理論を重視する統語論と呼ばれるもので、後者は生きた言葉を重視する社会言語学などですね。
で、もともと私が明学で学んでいたのは社会言語学でした。ところがUCSCにはそれがなく、統語論の研究で有名な先生方が揃っていたんです。そこで選択肢がなく、統語論の授業をとったのですが、これが結果的には考えや興味の幅が広げることとなりました。
というのも社会言語学の場合、発言の裏付けはいるものの、論じ方次第で何とでも解釈できるんですよ。ところが統語論はもっと理論的で、単語の羅列である文章を樹形図にして書き表す、ということをやるんです。それは数学の証明問題にも似ていて、実際、数学の得意な人は統語論も得意でした。
授業は週2~3回で、ディスカッションを合わせると週4回くらい。そこで毎日ひたすら統語論をやっていたら、最後にはこっちの方が面白いなと思うようになっていました。

ついに目覚めた向学心!

留学を終えた後、進路についてはどう考えていましたか?

留学から戻る頃には、進学することにほぼ決めていました。理由は、純粋にここまで自分から勉強したいと思ったのが初めてだったからです。今までは、テストでとりあえず点数を取らなきゃいけないのでやっていた感じでしたが、留学中は「もっと知りたい」って気持ちが湧いてきて、この思いを無駄にしたくないと思ったんです。それに、言語学自体は学問としてまだ半世紀ほどの歴史しかないので、自分が新たな分野を開拓する余地もあり、それがこれからのやりがいにつながりそうだなあ、とも思いました。
そもそも言葉って、無意識に使っていながら自分を表現するのに一番身近な存在で、それぞれに特有の言葉を知ることで、相手への理解が深まるのが面白いところ。例えば英語の場合、男性より女性の方が形容詞をよく使いますし、色彩を表現する言葉の幅も広いと言われています。また、日本語では語尾に男女の違いが出ることが多く、50代以上の女性は「なのよ」「だわ」をよく使うと言われていますが、実際に会話を聞いてみると、自然に連発されていて、「やっぱり!」と思ったりしますよね。

言語学者の果てなき夢は?

これから留学の経験をどう活かしていきますか?

今後は2年間、大学院に進学して言語学を学びます。できればその後、博士号を取得して研究職に携わるか、大学で教える仕事に就けたらいいですね。
特に日本にはいろんな方言がありますが、私のふるさとの秋田をはじめ、それらがだんだん話されなくなっています。そこで、言語学を学んだことを通じて、地方の言葉にも興味を持ってもらえるような取り組みができたらなあ、と思うんですよ。
言葉にはすべての言語に共通する部分と、そうでない部分があって、いろいろな言語を比較して、その差が明らかになれば、世界中のあらゆる言葉に共通する何かが見えてきます。そしてそれを見つけることは、これからの言語学が目指すところでもあります。
「人間は生まれながらにして言葉を生成する能力をもっている」とはアメリカの有名な言語学者・ノームチョムスキーの言葉ですが、それはいったい何なのか?というのが世界の言語学者が一番知りたいところ。その答えが突き止められるまで、研究は続くでしょうね。