海外プログラム

2016年4月8日

今日は何の国際デー?(4月7日)

今日は何の国際デー?vol.8

 日付が変わってしまいましたが、4月7日は「1994年のルワンダにおけるジェノサイドを考える国際デー(International Day of Reflection on the Genocide in Rwanda)」でした。

みなさんは1994年4月7日にアフリカのルワンダで始まった”ルワンダ・ジェノサイド”をご存じでしょうか。「ジェノサイド」とは、「大虐殺」という意味の英語です。「1994年のルワンダにおけるジェノサイドを考える国際デー」は、ルワンダ・ジェノサイドの犠牲者を追悼し、このような悲劇を忘れず、今後起きないようよびかける日です。

ルワンダ・ジェノサイドが始まった時、ルワンダの人口割合はフツ人が8割強、ツチ人が9-12%、トゥワ人が約1%でした。(鶴田,2008,p.780)フツ人とツチ人の抗争は1970年代ごろからありました。ベルギーによる植民地時代(第一次世界大戦後~1962年)、ベルギー側が少数派のツチ人を経済的にも教育的にも優遇して役人などに登用し、多数派のフツ人を支配させました。このことをきっかけに独立後もフツ人とツチ人の間の差別意識が残り、エスカレートしていったためです。

1994年4月6日、ルワンダのフツ人であるハビャリマナ大統領とブルンジのシプリアン・ンタリャミラ大統領の搭乗する飛行機が撃墜され、翌日4月7日から一般に「ルワンダ・ジェノサイド」と呼ばれる悲劇が約100日間続きました。(セバレンジ,ムラネ,2015,p.313)なぜなら事件が起こり、ルワンダのラジオでは「犯人はツチ人だ」、そしてツチ人の排除を促す煽りと共に報道されたからです。(http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/works/works_8_m.html)

第二次世界大戦後の国際政治の課題の一つとして、第二次世界大戦時のユダヤ人収容所であるアウシュビッツなどで起きたような大量虐殺を起こさないことがあがっていましたが、50年も経たないうちにルワンダ・ジェノサイドでは約3ヶ月で80万もの人(※100万人とも言われています)が虐殺されました。短期間にこれだけ多くの人が虐殺された事例は、世界史上例を見ないそうです。(戸田,2008,p.43)

驚くことに一説によると、フツ人とツチ人もとは同じ民族なのだそうです。ルワンダがベルギーに植民地支配されていた時、ベルギー当局は、現地の住民をフツ人とツチ人に分けました。外見の違いから、平らな鼻と厚い唇、四角い顎をフツ人、薄めの肌に細い鼻、薄い唇に尖った顎をツチ人に分け、人種が記されたIDカードまで発行し、教育の一貫として小学生にまで人種差別の思想を植え付け、少数派のツチを経済的にも教育的にも優遇して役人などに登用しました。それまではフツ人もツチ人も、同じ言葉を喋り、同じ宗教を信じ、結婚もしていたのです!(http://www.y-history.net/appendix/wh1703-105.htm)

この残酷なルワンダ・ジェノサイドを受け、国連は「ルワンダ国際刑事裁判所」を設置しました。「ルワンダ国際刑事裁判所」はルワンダ・ジェノサイドの犯罪の実行者に加え、実行を命じた者や扇動した者等も訴追しました。2011年9月には被起訴者は92名にまでのぼりました。2015年12月14日に最後の判決を下し、31日付で活動を終了しました。
(www.unic.or.jp)
(http://www.mofa-irc.go.jp/link/kikan_ictr.html)


上の写真をみてください。最初の2人の写真がツチ人、下の写真がフツ人の女性だそうです。ルワンダの人々にはすぐに違いがわかるのかもしれませんが、すぐに判断できるほどの大きな違いは特にないと私は思いました。みなさんはどう思いますか?(http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/works/works_8_m.html)

もとは同じ民族が対立し、大量虐殺にまで発展するなんて恐ろしいと思いました。今回このブログを書くにあたってインターネットや本で調べている際、残酷な画像が多く見受けられました。それほどルワンダで起きたことは恐ろしい悲劇であったことが分かります。それにも関わらず、日本ではあまり知られていません。この日をきっかけにもっと多くの人がこの事実を知り、二度とこのような悲劇が起こらないことを望みます。

次回は4月22日「国際マザーアースデー」についてお伝えします。私たちが暮らす地球の環境を守るために1人ひとりが行動を起こす日です。この日をきっかけに地球の環境のために自分に何ができるか考えてみませんか?

次回もよろしくお願いします!
国際学科2年 山本美帆

参考文献
国連広報センター www.unic.or.jp
(2016年4月7日取得)

外務省国連機関人事センター http://www.mofa-irc.go.jp/link/kikan_ictr.html (2016年4月7日取得)

世界史の窓
http://www.y-history.net/appendix/wh1703-105.html (2016年4月5日取得)

ジョセフ・セバレンジ、ラウラ・アン・ムラネ(2015)『ルワンダ・ジェノサイド 生存者の証言-憎しみから赦しと和解へ』立教大学出版会

鶴田綾(2008.11)「ルワンダにおける民族対立の国際的構造:1959年-62年」
https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/16366/8/hogaku0070301190.pdf (2016年4月4日取得)

戸田真紀子(2008)『アフリカと政治 紛争と貧困とジェンダー―わたしたちがアフリカを学ぶ理由【改訂版】』御茶ノ水書房

不思議館~大殺戮と大飢饉の恐怖~「ルワンダの大虐殺~恐怖が現実になる瞬間、3か月間で100万人が殺された!~」
http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/works/works_8_m.html (2016年4月4日取得)