中間報告(その1)への補足

中間報告(その1)において,

「構造的には,あくまでも揉みほぐしのほうが『主たる』活動で,会話のほうが『従属的な』活動として構成されているように見えます.」

と述べました.この「主たる」「従属的な」という言い方について,若干,補足させていただきます.この2つの区別は,あくまでも「足湯」という活動全体の構造に関するものであり,活動に参加されているボランティアや避難者の皆さんの動機に関わるものではありません.ボランティアの皆さんにとっては,コミュニケーションこそが,足湯ボランティアの最も重要な側面であると感じられているかもしれません.これは,ボランティアの皆さんの「動機」です.しかし,充実したコミュニケーションを目指すという動機にとって,足湯は,会話活動が構造上「従属的な」位置におかれているゆえに,非常に有利なものになっているように見えるのです.

足湯の場合は,例えば,会話が途切れても,「主たる」活動である手揉みが続いているかぎり,そこにおける「やりとり」そのものが途切れている感じは,あまりしません.長い沈黙があっても,手揉みが行なわれているかぎり,さほど気まずい雰囲気があるようにも見えません.

このような意味で,足湯においては,会話活動が構造的に「従属的」であるからこそ,充実したコミュニケーションが達成されやすくなっているように思えます.だからこそ,足湯が,ボランティア活動の重要なジャンルの1つとして,ここまで広まってきたのかもしれません.[2011年10月8日 西阪記]