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No.12 「エコロジー:起源とその展開」を読んで
黒田正明 記
環境という言葉が今日のようにもてはやされるようになったのは、いつ頃からであろう。有明海の水俣病や、川崎の大気汚染による喘息の流行が社会問題になった当時、これらを個別の問題と見ないで、政治と経済と自然科学が複雑に絡み合った、現代社会の一文化現象という視点から、総合的に問題の本質を把握した人はどれほどいたであろう。今日でも普通「環境」という言葉から我々が想起するものは、ダイオキシンによる土壌汚染とか、化石燃料の使用による大気汚染と地球の温暖化などの個々の地球環境問題であろう。しかし、このような現象に共通な問題、これらの問題を引き起こす人間の営みに伴う根源的な原因とその思想的背景を考えることも、個別の問題を考えることと同時に大切なことである。ここに紹介する本は、その序章にあるように「現在のエコロジー運動に合流してきたさまざまな支流の政治的精神史であり」、エコロジーの思想史である。
ほぼ、今日使われている意味合いを持つ言葉として「エコロジー」という言葉を造語したのは、ドイツの動物学者Ernst
Heckelであるといわれているが、21世紀にはいった今、本書の原書タイトル「Ecology in the 20th Century, A
History」が示すように、エコロジーの100年にわたる歩みを振り返ってみることは、エコロジーのおかれている現状を理解する上でも、また、将来の正しい発展を目指すためにも重要である。
ドイツは環境問題の先進国であるとよく言われる。たしかに、ドイツを、特に北ドイツを旅行した人は、林立する風力発電用のタワーと回転する巨大なローターの壮観さに驚くし、太陽光発電のパネルを貼った屋根をあちこちに見つけるだろう。ドイツでは、自動車道路を狭くしても自転車用道路を確保しようとする。あちこちにビオトープがある。まさにこの本の第3部のタイトルにあるように「エコロジーはドイツ病か」と思わざるを得ないほどである。従って、この本でも三分の一はドイツに関したことを取り扱っている。といっても、ドイツの環境問題対策に関してではない。エコロジー発祥の地ドイツのエコロジストたちを支配している自然観、世界観が述べられている。そして、思想としてのドイツのエコロジー運動には、ドイツ固有の問題が潜んでいることが示される。
著者は、多くの中流階級の存在と自由主義的なプロテスタント文化がエコロジー運動の文化的ルーツであると考えている。従って、残念ながら、東洋的な自然観と、環境思想やエコロジーとの関係等は取り扱われていない。この本ではエコロジーと文学、美学の関係も取り扱われているが、今、世界を(政治的に)支配しつつあるヨーロッパのエコロジーの思想を理解する上でこの問題は避けて通れないものである。
エネルギー資源問題、温暖化等の気象問題、食料問題、その他の個別の環境問題を理解するには、これらの問題の自然科学的側面、経済政策上の、または、政治戦略的側面等を多面的に調べなければならないが、それと同時に エコロジストの考え方の根底にあるalternative
という発想の本質を理解することも必要である。なぜなら、エコロジーの思想は生態学の意味を超えて、新たな政治的イデオロギーとなりつつあり、”数十年前なら分析的回答を必要としたであるようなエコロジーの思想の主張が、現在急速に(無条件的に受け入れられ)、知的装飾物である月並みな言葉になっているからである”(本文19ページ)。そしてそれを取り込むことは免罪符を買うことになりかねないとすら言いえる。とかくムードに流れやすいわが国では、この点に注意が必要である。
イギリスの現代史家によってこの本が書かれてからすでに12年も経っているが、いまでもエコロジー運動を20世紀の社会思想として理解するための手ごろな入門書である。
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