No.15 「BSEに関する酪農家の賠償請求について ― 新聞記事を通して民法の問題を考えよう ―」

2000年7月15日

福田清明 記


  2002年7月13日の朝日新聞夕刊14頁に「BSE損害、国家賠償請求へ 北海道の酪農家ら提訴準備」と題した記事が掲載された。その概要は、次の通りである。


 「北海道の酪農家らでつくる『BSE損害補償を求める会』は、牛海綿状脳症(BSE)が発生して牛が売れなくなるなどの損害が出たのは、国が適切な防止策をとらなかったためだとして、国家賠償請求訴訟を札幌地裁に起こす方針を7月12日に固めた。参加を呼びかけた上で原告団を結成し、9月には提訴したいとしている。請求額は数億円になる見込みだ。BSEの発生にからみ生産者が国家賠償訴訟に踏み切るのは初めてである。『BSE損害補償を求める会』の主張によれば、農水省が英国に調査員を派遣した1990年末に国内のBSE発生の可能性や肉骨粉の危険性について予見が可能だったにもかかわらず、十分な検討をせず対策をとらなかった結果、BSEの発生と社会的混乱を招き、こうしてBSEが発生したことによって、農家は高齢の乳牛が出荷できなくなったり枝肉の売値が下がったりして損害を受けたので、その賠償責任は国あるという。」


 この新聞記事――ここではたいへん限定された情報しか与えられていないが――から、問題となっている訴訟がどのようなものであるかを予想してみよう。新聞記事では区別して使われないことが多いが、「被告」と「被告人」とはどのように違うのか、「請求の趣旨」、「請求原因」というは民事訴訟法で出てくる語であるが、どのような意味であるかは、皆さんが持っているCD−ROMに入っている『有斐閣 法律学小事典』で調べて頂きたい。

* 原告になる者と被告になる者は、原告は北海道の酪農家達(「BSE損害補償を求める会」のメンバー)で、被告は国(農水省)である。
* 請求の趣旨は、「被告は原告に対して数億円を支払えとの判決を求める」というものとなろう。
* 請求原因は、記事の概要をもとに大雑把な形にすれば次のようになろう。「農水省が英国に調査員を派遣した1990年末に日本国内のBSE発生の可能性や肉骨粉の危険性について予見が可能だったにもかかわらず、十分な検討をせず対策をとらなかった結果、2001年9月以降のBSEの発生と社会的混乱を招き、こうしてBSEが発生したことによって、原告酪農家は高齢の乳牛が出荷できなくなったり枝肉の売値が下がったりして損害を受けた。よって、原告は被告に対して、国家賠償法第1条第1項に基づき、損害賠償金として金数億円の支払いを求める」

 損害賠償金の支払いをもとめる請求権が国家賠償法1条第1項で理由付けられるか否かが裁判での審理される。国家賠償法第1条はつぎの通りである。
「第一条  国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
   前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。」


 厚生労働省がBSEの発生を防止するための肉骨粉対策などの規制を行わなかったという公務員の不作為によって、原告酪農家達が、畜産物の売り上げの減少により損害を蒙ったと原告が主張している本件において、その損害賠償請求を基礎付ける国家賠償法第1条第1項の条文から次のことが問題となるであろう。
@「公権力の行使」にあたる公務員の不作為があるか。
Aその公務員が「その職務を行うについて」つまり職務行為について不作為をしたのか。
Bその公務員の不作為が違法か(不作為の違法性)。
C被告に損害が発生しているか。
Dその公務員の不作為と損害の発生の因果関係があるか。
Eその公務員の不作為が故意または過失によるものか。


 公務員の不作為に基づき国家賠償請求が認められうるので(厚生大臣の薬事法上の権限不行使などで賠償が認められた判例があるし、昨年5月のライ予防法に関する熊本地裁判決では立法不作為について賠償が認められた)、とくに本事件の特殊性とはいえない。本事件の特徴は、Dではなからろうか。原告酪農家の損害は、売り上げ減少という形で確かに発生しているが、それは、原告酪農家の飼育している牛がBSEに感染したために、その牛自体またはその牛肉自体が売れなくなったまたは非常に低価格でしか売れなくったための損害ではなない。BSEが日本でも発見されたことによって、消費者が牛肉一般を買い控えるようになったために、たとえBSEに感染していない牛の肉であっても、売れなくなたことによる損害なのである。そうなると、厚生労働省の公務員の不作為とまだ数件しか発見されていないBSE感染牛との間に因果関係が認められるとしても、直ちに、BSEに感染していない牛およびその肉の所有者(原告酪農家)の損害との間にも因果関係があるとはいえない。ここに、「法的な因果関係」の問題がある。公務員の不作為と原告酪農家の売り上げ減少による損害発生との間には、消費者の買い控えという独自な判断が介在している。消費者という第三者の判断を中間項として、公務員の不作為と牛肉の買い控えるによる酪農家の損害発生の間の因果関係の存在を証明することも難しい面がある。本当に、消費者の判断に影響を与えたのが、BSEであって、他の要因(季節的な売り上げの落ち込み、消費者の嗜好の変化、魅力的な他の種類の食料の登場等々)ではないと証明しければならないからである。証明の問題が片付き、両者の間に、たとえ自然科学的な意味での因果関係があるといえても、損害賠償責任の要件の一つとしての因果関係を、自動的に認めるわけにはいかないのである。例えば、BSEが日本で発見されて以来、アメリカ合衆国またはオーストラリアといった外国から輸入牛肉も買い控えられ、日本の輸入業者が減収ということを考えてみよう。この場合に、輸入業者の国に対する国家賠償請求は認められるべきであると直ちにいえるであろうか(国による買い取りによる補償措置を国内産の牛肉に限られていたことを想起して頂きたい)。どのような解決基準が判例および学説で提唱されているかを調べ、各自で答えを出してみて欲しい。「これしかない」という唯一の解答が今までないことだけは確かである。

 ここで取り上げられた問題は、抽象的に言えば、因果関係、特に、不法行為における因果関係の問題として「不法行為法」という講義でも扱われる(さらに細かく言えば「成立要件として因果関係」の問題である)。恐らく講義でも具体例を挙げて説明すると思うが、学生諸君も講義で学習したことは、なるべく自分で具体例を考えながら自分の言葉で考え直して欲しい。また新聞記事を読んだら、それを抽象的な法規でいえば何条の問題で、いかなる要件または効果に該当する問題かについて、思い巡らし、できれば教科書などで調べて頂きたい。法律の勉強は、抽象(法規)と具象(具体的事例または事件)との間を行きつ戻りつしながら深化するものである。学生諸君の法律学習についての健闘を祈る。

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