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No.16 菅野忠先生の在外便り その一
「オクスフォードを歩くのに道を選んではいけない」
菅野忠 記
イギリスの夏は短い。
七月最後の日曜日に最高気温が三十度を超え、それより一週前の週に良い天気が続いて二十七度前後になったのが夏らしい日である。この時期は、各地の公園は言わずもがな、イングランド南部の海岸まで甲羅干に出かける人たちが目立った。海は冷たくて泳いでいられない。八月に入ってからは、特にスコットランドやイングランド東北のヨークシャー地方で、大雨が降って洪水になったりするほど天候が不順で、日が暮れるのが早くなるのと相俟って、すでに秋の訪れを感じさせる。とは言え、イングランドは日本で言えば樺太と同じ緯度にあるので未だ夜九時過ぎまで明るい。
四月にオクスフォードに来てはや四ヶ月近くを過ごした。特別研究休暇の三分の一をすでに費やしてしまった勘定になる。毎年夏にオクスフォードに滞在しているので、今回は特に見たところはない。しかし明学大の学生諸君は(日本の)夏にイギリスに来る機会が多いだろうから、こちらのことについて思いつくままにお話しよう。
「オクスフォードを歩くのに道を選んではいけない」。独歩国木田哲夫の『武蔵野』に倣ってそう言っておこう。オクスフォード市の面積は、ほぼ山手線の内側を埋め尽くすほどの広さで、千代田、文京、港、新宿の四区を併せたくらいのものである。だから市内を歩き尽くすのは大変な脚力を必要とするが、コレッジの集中する市の中心部は千代田区より狭いので、自転車も自動車も無い人でも中心部なら歩き尽くすのは不可能なことではない。ただし見所は各地に点在し、相当の日数を要することも間違いない。見所は各地に点在するので、どこを歩いても日本の風景に馴れ親しんだ目には新鮮な驚きを感じられる。という訳で「オクスフォードを歩くのに道を選んではいけない」のである。
本の縁が青い例の『○○の歩き方』(間違いや個人的感想、古いネタが多いので僕はあまり好きじゃ無いし、これを手に持って歩いているのは日本人か韓国人だけなので直ぐに見破られて悪い奴のカモになり易い)など持たずに、あちこちを気ままに経巡(へめぐ)って自分の気に入った場所を見つけるほうが良いだろう。もっとも迷子にならないように300円程で買える『Oxford
A to Z』程度の簡単な市内地図を持っていた方が良い。後日同じ所を訪ねるためにも必要だから。酒好きな成人学生諸君はこの他に『パブガイド』を書店で手に入れた方が更に楽しめるだろう。日本の辛口のラガーとは一味違う甘口のエールやビターを嗜んでみてはいかがだろうか。もっともパブガイドなんかいらないほど至る所にパブがある。
オクスフォード市の中心部から北北西に一マイルほど行った所にPort Meadowと呼ばれる中央区ほどの広大な草地がある。ここの西側にテムズ川が南北に流れている。ロンドンのテムズ川と違い、ここでは川幅も狭く水深も浅い。牛が歩いて渉れるほどの浅瀬なので「牛の浅瀬つまりOxford」と呼ばれるのである。因みに中国語では「牛津」と書く。鴨や白鳥の親子も居たりしてとてものどかな所である。いろいろな色に彩られたコレッジの石造りの建物を見るのも楽しいが、牛や馬が閑かに草を食み、鳥が戯れるこの広大な草地も気分を落ち着かせてくれる。Port
Meadowの北の端にTrout Innと言う孔雀が放し飼いにされたパブ兼宿屋があり、昼はおいしいイギリス料理を食べさせてくれる。歩き疲れたらバスに乗って市の中心部に帰ることも出来る。
これよりはずっと狭いが、それでも日本の普通の公園よりずっと広い草地が市の中心部から南南東に半マイルほど下ったところにある。ここは『ハリーポターと賢者の石』の映画撮影に使われたChrist
Churchと、それから皇太子浩宮徳仁親王殿下の二年滞在されたMertonの各コレッジの前に広がっている。ここはChrist Church
Meadowと呼ばれ南の端にテムズ川がこんどは東西に流れている。このあたりのテムズ川には各コレッジの艇庫が並び、コレッジ対抗のボートレースがある頃には大いに賑わう。
この他に、歩いていくにはかなりの脚力を必要とするが(一マイル以上ある)、オクスフォード東部の住宅地Headingtonに行く途中にSouth
Parkと呼ばれる傾斜地があり、この丘の上に登ると市中心部の尖塔群を望むことが出来、写真家の恰好の題材となっている。住宅地だけあって、この近辺にはB&B(民宿みたいなもの)が多い。
ただ草原の広がる公園よりは建物の方が性に合っていると仰る諸君は、やはりコレッジを見て廻りたいだろう。オクスフォードには大小合わせて四十五のコレッジがある。全部のコレッジが内部を公開している訳ではないが、一部は午後を中心に建物と庭園などを見て廻ることが出来る。無料のところもあるし有料のところもある。Christ
Churchは有料だが、ハリーポターが初めてホグワーツの魔法学校に行った時に帽子が組分けを行なった大食堂は実はここのHallであり、学生が家に帰された夏休みは毎日ここを見学できる(学期中も使われていないときは入れる)。実際ここは学生の朝昼晩の食事に毎日利用されている。僕は(弟宮の文仁親王殿下が滞在された)St
John'sしか経験が無いが、朝昼晩全部Hallで食事を済ますと五ポンドつまり千円で御釣りが来る。勿論補助があるのでこんなに安いのだから、学外の人は入れない。
蛇足ながら、徳仁および文仁両親王殿下が住まわれたのは、コレッジこそ違え、何れも南北に長く伸びた建物の南端で最上階の南に面した窓がある部屋である。端っこで内側からも遠く、最上階で外部からも侵入しにくいという警備上の問題も勿論だが、「天子は南面す」と言う故事に忠実に倣ったと思われる。たとえ異国であっても、そこはまさに行宮(あんぐう)なのだから。
コレッジは学生の勉強と生活の場なので、実際そこの学生にならない限り実態は良く判らないのが正直な感想だ。今は男女共学で女子は男子の半分程の比率である。コレッジの宿舎は特に男女を分けておらず、個室ながら同じ階に男女が住んでいることさえある。僕の知る限り学生は恋仲になることが結構あり、例の産児制限用品の自動販売機に宿舎内で出くわしてドッキリさせられたこともある。
コレッジの他にUniversity Departmentsとして多くの建物が市内に点在する。僕が滞在する固体物理学教室を含め、自然科学系は市中心部の東北に固まっている。泥棒が多いのでUniversity
Departmentsや大学図書館の建物の出入りは厳しく制限されており、外部から訪れた人たちは公開された大学博物館に行くのが無難だろう。
大学博物館だけでも五つある。いずれもその所蔵品の豊富さには圧倒されるばかりで、一見の価値のあるもの揃いである。午後しか開いていない博物館ばかりなので、全部を一日で見て廻るなど止めた方が良いのは勿論である。
Ashmolean Museumは東西の絵画、彫刻、調度品に満ち溢れ、エジプト、ラテン、ギリシャの古代収蔵物はかなりの水準のものがある。ここを見学するだけで一日が終わる。Music
Facultyに併設されたBate Collection of Musical Instrumentsは、小さいながら夥しい数の楽器が収蔵され、楽器の歴史的発展を辿ることが出来る。フルートが歴史的に見て木管楽器であることも一目で判る。Museum
of the History of Scienceも小さいけれどここ二世紀の間の著しい科学の発展の歴史を学ぶことが出来る。ここに展示される精巧な測定器や光学機器が開発されなかったら、科学の発展はもっとずっと緩慢なものになっていただろう。展示とはほとんど関係ないけれど、インターネットがリアルタイムに情報を流し、世界中に携帯電話が鳴り響くことなど、僕が学生だった三十年前にはほとんどSFの世界の話だった。
University Museum of Natural Historyも見逃してはならない。象や鯨そしてオクスフォード近郊で採掘された恐竜などの動物骨格標本を始めとし、色とりどりの鉱物標本が所狭しと並べられ、吹抜けの一階を見下ろす二階の回廊には昆虫や鳥の標本が目白押しに展示されている。文系の諸君も、目に見えない原子やそれ以下の素粒子を扱う化学や物理学と違い、日頃経験する世界である生物学や地学の展示なら興味が湧くのではないだろうか。化学を専門とする僕としては、目に見えない世界の出来事を人間の智慧を恃んで解明する、化学や物理学にも関心を持って欲しいと思うけれど。
展示は勿論真面目でまともなものばかりだが、時にはイギリス人御得意の冗談も展示されている。化石展示の一角に、Pyrocene(pyroはギリシャ語の火purに由来し焼物つまりセラミックスエレクトロニクス全盛の現代を象徴させたらしい)と称し、四千八百万年前に栄えていたと言う人類に良く似た骨格標本と、それと同時に発掘されたとされる、現人類がついこの間まで頼りにしていたプリント基板や缶殻のプルタブまがいの化石等が並べられている。勿論粗忽者が早合点して、やはりイギリスの生んだ、例のピルトダウン人の頭部化石のように本物だと信じ込まないように、ちゃんとこれは作り物であることが小さく書かれている。今や古典となったチャールトン・ヘストン主演の『猿の惑星』(今春話の筋を若干変え再映画化された)や今夏ガイ・ピアス主演で再映画化された『タイムマシン』のように、愚かな現人類の将来は、抗争を繰り返した挙句、原始時代の昔に戻ってしまうらしいが、逆にずっと以前に現代文明に匹敵する文化を誇って滅び去った類人生物がいたと想像するのも面白いではないか。この人類はhomo
insolitus(孤独でないヒト)と名付けられ、その後四千七百万年前から一千万年前にかけて徐々に変貌を遂げ、新人類mutaceous(変化したヒト)になったとされる。このmutaceousの化石にはなんと背中に羽根が生えている。ヒトは天使にでもなったのだろうか。それとも悪魔だろうか。
この他に他所ではほとんど見られないものとしてdodo鳥の標本がある。『不思議の国のアリス』の作者Lewis Carrollの正体はChrist
Churchの数学教師だったCharles (Carroll) Lutwidge (Lewis) Dodgsonであることは良く知られているが、この物語に登場する巨大な鳥dodoの標本がここに飾られている。dodo
(学名Raphus cucullatus) は、イギリス植民地だったインド洋上の島Mauritiusにだけ棲息していた実在の鳥で、既に十七世紀に人間によって滅ぼされてしまった。dodoは飛べず大人しいので容易に人間の餌食になり、愚か者を表すポルトガル語doudoに因んで英語でdodoと呼ばれることになった。人間の持ち込んだペットの犬や猫が卵を食べてしまったのが絶滅の原因と考えられている。Dodgson先生もこの博物館でdodoの標本を見たのだろう。
「さてどん尻に控えしは」と言うわけではないが、最後にPitt Rivers Museum を御紹介しよう。これは現人類の産み出して来たありとあらゆるものを蒐めた博物館で、University
Museum of Natural Historyの一階奥に入口がある。狭い入口を通り抜けて鍵の手に曲がると、そこに吹抜けになった巨大な空間が突如広がり、暗さに慣れると夥しい種類と数の人工物を見出すことが出来る。ここは文化人類学の宝庫なのだ。教養に乏しい僕にはその価値が測り兼ねるが、日本ではほとんど見かけない根付のコレクションを見つけたときは些か衝撃を受けた。そういえば浮世絵の名品の実物のほとんどはロンドンの大英博物館で見たのを思い出す。明治初期の日本は西欧に学び近代化に走る余り、日本独自の文化を弊履の如く捨て去り、数多の文物が外国に流出してしまったのだ。今でも時々現れるが、日本語をローマ字標記にしようという動きは、明治初期に既に森有礼が唱え戦後間もなくにも一時盛んになった。動乱期直後は自国の文化を軽く見る傾向が強まるようだ。あまり国粋主義も偏狭で戴けないものだが。
さて筆が滑って随分書き連ねてきたが、この辺で次の機会に譲ろう。もっともその機会が巡って来るかどうか頗る怪しいが。
追記 最近Port Meadowで婦女暴行事件が発生し、こののどかな動物の楽園も女性にとっては必ずしも安全な場所ではないことがわかった。容疑者の顔写真(モンタージュか?)がテレビで報道され、目撃者探しの看板が
Port MeadowのFootpathの入口に掲げられた。Port Meadowは広大で所々に潅木の林もあり、誰にも目撃されず凶行に及ぶことが可能だ。忌まわしい事件も潅木林の一つで起こったらしい。悲しいことだけど女性の一人歩きは剣呑だ。二人以上居たとしても、常に周囲に注意を怠らず、不審な人物の接触を避けなければならない。

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