No.22「ベルリンとニューヨーク」〜平川幸彦先生の在外便り その六〜

平川幸彦 記


 昨年の9月中旬に、私は主な在外研究先だったベルリンから帰国した。今回は、一時滞在したニューヨークと比べたベルリンの印象を、ニューヨークからベルリンに戻った直後の日記をもとに、記してみたい。

 昨年5月中旬、ニューヨークの滞在を終えて、ベルリンに戻ってきて、まず感じたのは、町が静かなこと。
特に、私が再び通うことになったベルリン自由大学法学部周辺は、静寂が満ちていた。研究室の窓を開けると、学生のたわいのないおしゃべりと小鳥のさえずりが聞こえてくる。リスが木に上る姿も間近に見えるから、どことなく山荘にいる趣があり、ほっとする。何となく懐かしい気分になる。ベルリンは、あの雑然として騒がしいニューヨークと比べると、地方都市なのかもしれない。

 けれどもベルリンは学問をする場としては、非常に魅力的な町である。毎朝、静寂の中を学生と一緒に大学に向かって歩いていると、「学問は冷静な思考の積み重ねである」とか「学問の本質」とかを、自然と考えてしまう。また大学に行く途中に「Faraday Weg Physiker und Chemiker 1791 - 1867」と、あのイギリスの偉大な物理学者で化学者のファラデーの名の付いた通りを通るときなどは、厳粛な気持ちになる。ファラデー先生に、「学問をする環境と態度は、いつも時代も変わらない」と、お説教をされているような気分になり、身がひきしまる。小心者の私は、「ドイツは、やはり堅実な国だ」と再確認すると同時に、朝から反省モードとなってしまう。

 私が大学で接する学生は、相変わらず、素朴で人懐こい。ドイツの学生は、アメリカのロースクールの学生と比べて、年齢が低いせいか、多感で、結構、青春を楽しんでいるように見える。昨年6月に日本と韓国でサッカーワールドカップが開催されたときは、大勢の学生が大教室に集まり、大スクリーンの前でドイツチームの応援をして、大騒ぎだった。外面的には、一見、ドイツの大学に、これといって大きな問題はないように思われる。

 しかしドイツの大学の現状は、そんなに楽観的なものではない。まず第1に、財政的に苦しい。ドイツの大学は少数の私立大学を除いてすべて州立大学で、日本流に言うと公立大学であるが、近年、ドイツの経済は、はかばかしくなく、州の財政は苦しくなっている。また国も1990年の東西ドイツの統合後、旧東ドイツの復興事業で財政難に陥っている。失業者がドイツ全体で300万人を突破する状況では、大学は国の補助金を当てにすることもできない。にもかかわらず、公立大学の授業料は無料だから、大学への風当たりは、当然、強くなる。

 ベルリン市は、1990年の東西ドイツ統合前、ベルリン全体が東西ドイツ国家に分属しており、総合大学が西ベルリン側に2つ、東ベルリン側に1つあった。東西ドイツ統合以後も、この3つの総合大学は統合されることなく3つとも存続したし、さらにベルリンには、現在、単科大学が8つと芸術大学が3つあるから、納税者から「大学を統合せよ」との声が根強い。私がお世話になったベルリン自由大学では、昨年、大学病院の存続が危ぶまれる事態に陥ってしまった。

 現在のドイツ政府は、若者から支持が厚い社会民主党と緑の党の連立政権である。しかしその政権をしても、学生や国民に負担をかけることなく、大学の財政状況を改善することは難しいだろう。

 また大学の抱えるもう一つの大きな問題は、大学の社会的な地位が低下していることだろうと思う。社会はコンピューターの発達と普及により、高度な情報化社会に変質している。法律学について見ると、判例の展開は速く、理論も法律学以外の隣接諸科学の成果を取り込んで、複雑になっている。学説も迅速かつ的確な対応を求められるようになったし、法学教育も改革の時期なのかもしれない。特に実業界からは、ドイツの大学制度は、経済や社会の発展についていけないと批判されている。大学の資金不足だけではなく、学生のEC法に関する勉強不足、法律以外の知識の不足、大学卒業時の年齢の高さ、また長い年月をかけて教授資格論文を書く教員養成制度にも問題があると指摘されている。このような状況を考えると、ドイツの法学部が、アメリカのロースクールよりも学問や教育のレベルが高いかどうかは、何とも言えないという気がする。

 「ドイツの法学部も、今は大きな曲がり角なのかな」などと考えながら、大学へ向かって歩いていると、前述のFaraday Wegから急に出てきた中年の男性とぶつかりそうになった。私はびっくりして、思わず 「おっと、ファラデーさん!」と小声で言ってしまったが、男性は怪訝な顔をして「Verzeihung(失礼)」と言って通り過ぎて行った。

 何だか、ファラデー先生に、「物事は落ち着いて、よく考えてみなさい」と、叱られたような気分だった。学問をめぐる状況が、時代とともに変化しても、確かに学問の本質が変わるわけではない。やはり一番大切なことは、地道に学問をすることのようだ。 特にベルリンには静かで落ち着いた自然環境があるのだから- - -。

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