| No.27 「手のチーズ(演奏つき)」〜小宮靖毅先生の在外便り その一〜
小宮毅 記午後六時頃の劇場前広場にはチームの旗やタオル("えりまき"と言い表されていた)を手にした大勢の人が集まり、劇場のバルコニーに立つ男の煽りに応えて歓声を挙げた。 この男が「そう、この日をずっと待っていた、ついに昇格だ!!」と始めると、群集は、 "Nie mehr 2.!" と応える。「もう二部リーグはゴメンだ!」というほどの意味である。 初老の夫婦が着ているシャツの背中には「昇格するだけじゃないもんね」とでも訳すのだろうか、8月からのトーナメントでも優勝を目指す意気込みが表されていた。それが、もはや東京では見られないかもしれないペアルックであったことは特筆されてよいだろう。
【撮影(二枚とも):小宮】
騒ぎを後にし、ある店に入り、"Handkäse mit Musik"という料理を見つけた。「ハントケーゼ・ミット・ムジーク」と発音する。
そこまで聞いてしまうと、あまりの「ありきたりさ」具合に期待を裏切られた気分になってしまったが、同時に女中さんは「この品は、好きな人は好きだけど…」と警告してくれた。おかげで私は緊張感を取り戻すことができた。
「手のチーズ、"音楽"ドレッシングがけ」 ということになる。事態はあまり好転していない。さしあたり「音楽」は名前としてゆるせるとしても、「手のチーズ」は依然として不穏である。 しばらくして出されたのは、白く半透明の切り餅のような(脂身のような)塊に、生玉葱のみじん切りを添えた「音楽」がかかっている一品だった。有難いことに二切れもある。 塊は軟らかく、噛み締めると「音楽」と生玉葱の刺戟でようやく和らぐ"臭み"が口いっぱいにひろがる。求肥よりは硬く、"ゆべし"よりは幾分軟らかい(と言ってもわかる人は少なそうだ)。とても乳製品とは思えなかった。なんとかすべてを腹におさめられたのは、辛口のワインのつまみとしては十分機能したからだ、と書いておこう。 そもそもはじめに口に含んだ時点ですでに「女中さんに感想を求められたらどう応えようか」と考え始めるに十分なほど、特徴のある一品なのである。女中さんには、「むづかしかった」と応えておいた。 ブルーチーズはもちろん、ヤギのチーズ、そしてチーズではないがベトナム料理でよくつかわれるシャンツァイ(香菜、コリアンダー)なども好む私であるだけに、と書くべきだろうか、ハントケーゼは中途半端であると断定したい。ひとつ突き抜けたものが感じられない。
どうやら乳脂肪をあまり含まない牛乳を原料としており、低脂肪、高蛋白のチーズらしい。あんな思いをした上健康によくなかったらどうしてくれようと思ったが、一応安心した。本当にチーズだったのかどうか疑ってさえいたからだ。 そして、姫ウイキョウ(Kümmel, caraway, クミン)の香りがその風味を活かすとされている。その店では皿の上に香草がまき散らしてあったが、あれはクミンであったかと腑に落ちた。だが、なぜ「手チーズ」なのかは判明しなかった。ひょっとすると単なる「手打ちうどん」のような表現かもしれない。 一方、なぜあのドレッシングをこのあたりの人々が「音楽」と呼ぶのか、その理由は次のアドレスに説明があった。ぜひ参照して欲しい。日本では、堅い、真面目という印象の強いドイツ人であるが、それに対する一つの反証ともなるだろう。 http://counde14.hp.infoseek.co.jp/essen/deutsch/khunger.html 結論めいたものは全くないのだが、「名物に旨いものなし」との言い伝えは、ここドイツでもやはり通用しそうだと思うに至った。ガイドブックをよく読んでいればあるいは常識だったのかもしれないが、知らなかったおかげで 「人生は須らく、"ネタ"集めである」と思い暮している私であるが、今日、35歳の誕生日のネタもなかなかであった。街中が誕生日をあわせて祝ってくれたような気分にもなれた。 しかし、用意のいい人は 「Handkäse mit Musik」≠「手のチーズ(演奏つき)」であることが解る旅行案内を持っているのであろう。賢い人はどこかで聞いたことがあるなどと思い出せるのであろう。そうあるべきかもしれない。私は、初日から早速うかつな35歳である。 …やはり、旅行案内は読むに価する。<K> |